第7話 全力



 地面の下は魔染体の魔力で広い範囲で魔力の溜まりができていることが分かった。

 そのせいでギッシュはやる気をなくしてふて腐れている。


 魔染体はギッシュをみて興味をなくしたのか、俺のほうに向かってきている。

 手を上げるたびに、魔力を飛ばしてきて取り込もうとしているんだろうけど、そんな直線的な攻撃はさすがに当たりはしない。


「なあ、ギッシュ。もうお手上げかな?」

「あー……もう無理だな。ここら一帯がやつの胃袋みたいなもんだ……どーすりゃどうかなるんだよぉ……」


「じゃあさ、賭けをしよう」

「ああ? 賭けだぁ?」


「もし、ここをどうにかできたなら、この世界の事を詳しく教えて欲しいんだ」

「詳しく教えろって、何言ってんだ? この辺りの事を言ってるのか?」


「何も知らないからさ、全部な。全部!」


 俺は笑って見せる。

 さっき会ったばかりだけど、ギッシュはいいやつだ。

 臆病かもしれないけど、生きるのに精いっぱいだから臆病になる。


 俺だって、昔は臆病だった。

 常に周りを気にしていたからだったんだと思う。


 それなら、ここならどうだろう。

 ここは俺の事を誰も知らない、新しい世界だ。


 この新しい世界で、俺は魔法を使えている。

 少し前には十メートル近い巨大なニードルエレファンだって倒せた。

 それよりもっと強い変異種も。


 この魔染体は、魔法は効果がなさそうに見える。

 でも、まだ使ってもいないのに効果がないと思い込んでいる。

 このまま使わずに、取り込まれてもいいのだろうか。


 いいわけがない。

 何もしないでただ取り込まれたりしたら言い訳もできない。

 使い方を間違わなければ、何とかなるのか。

 それこそ使わなければ分からない。


 魔法を使えば、最悪な結果しか思い浮かばない。

 地面の下にある魔力の溜まり自体は問題ない。

 だけど、この魔力は魔染体の意志で飛んで来たり、取り込んで来たりする。


 ギッシュが投げたナイフが魔染体に刺さりもせずに消えた。

 地面に刺したナイフは落ちて消えた。

 真下に投げた石は、音を立てて砕けたけどどうなったかまでは分からない。

 風をまとわせて投げた石は、地面から飛び出たと同時に魔力に取り込まれてしまった。


 経緯を考えると、風をまとわせた石は魔力を纏っていることになる。

 その魔力を纏った石を取り込んだ。

 そう考えると、魔法を使う事のリスクは大きいから使ってはいけない。


 あとは考えられることはないか。


 魔染病自体おかしな話だ。

 魔力が溢れてくる……普通に考えればおかしい。


 そういえば、ギッシュは言っていた。

 同類を取り込む、と。

 魔染病が原因で魔力が溢れるなら、どうして同類を取り込む必要があるのか。


 魔力の元が同じなら同類を取り込むのはおかしい。

 この地面の下にあるような魔力の溜まりが、同類でもそれぞれ違うものってことになってしまう。


 この魔力は本当に魔染体のものなのか。

 もしかしたら、魔染体は魔力を集めているだけで、魔力自体は自分のものではないんじゃないか。

 それならもしかしたら何とか行けるかもしれない。


「何だよ、賭けになってねぇ。俺が勝ったら終わりなんだぜ」

「じゃあ、もう一つ追加するよ。もし俺が倒れて動けなくなったら、安全な所まで運んでほしいんだ」


「あー…はいはい。何でもやってやるよ、生きてたらな」

「その言葉、忘れるなよ!」


 よし、腹は決まった。

 俺の予想が正しければ、行けるはずだ。

 全力全開で一点突破あるのみ。


「は!? お、おい! 小僧、まさか……、やめておけ!」


 こんなところで、取り込まれたらファルナに合わせる顔がない。

 まあ、顔すらなくなると思うんだけどね。


「そこの魔染体! 行くぞ!」


 俺は魔染体とは逆の方向に全力でエアストームを放った。

 掌から風が勢いよくどころじゃない、突風のように噴き出される。

 風の突風が後ろの岩に当たって砕け散り、待っていたかのように大量の黒い魔力

が地面から飛び出して散った岩と突風を飲み込んだ。


 その勢いで魔染体まで直接飛んで行き、二メートル近くまで迫る。

 足に力を込めて、地面に片足を足をめり込ませて勢いを止める。

 それでもすぐには止まらずに、引きずるような跡を残して魔染体の目の前で止まった。


「うぅぅー」


 魔染体がまた両手を出して左右に振る。


 来るのを阻止しようとしているのか、それでももう目の前だ。

 リーチの差で俺の左手が先に右肩を掴んだ。

 魔染体を覆っている黒い魔力が、逃がすかとばかりに左腕に纏わりついてくる。


 魔染体に乗せた左手はがっちり黒い魔力に捕まって、どんなに力を入れても動かせない。持ち上げる事もできない。

 左腕は完全に魔染体の魔力に捕まって取り込まれそうになっている。


 だけどそれは想定内だ。これで魔染体も動けないってことになる。

 左腕の感覚が徐々に無くなっていく。


 まだだ、両腕が使えなくても、まだ使える所はある。


「我慢してくれよ! エアァァァーーーー!」


 俺は思いっきり後ろに仰け反り、額に魔力を集中させる。

 そう、ここに魔力を全部のせないと、魔染体の黒い魔力は払えない。


 ボコッボコッと地面に穴が開き、地面の下にあった魔力が俺を包み込もうとして

くるが、もう遅い。


 魔力が十分に集中した額を魔染体の頭の部分に打ち付けに行った。


「ストォォォォーーーーム!!」


 魔染体の頭にぶつかる前に、真下から大量に沸きあがる魔力がエアストームの直撃を阻止するかのように魔法と魔力同士が激しく、お互いを削るような音を上げながら火花を散らした。



 ―――ギギギギギギギィーーーー!!



 黒い魔力の奔流が目の前から俺に向かってくる。

 全力のエアストームがそれを掻き分けるように後ろに流していく。


「っくぅぅ! そっちのほうが優勢か!」


 更に黒い魔力が大量に魔染体の額から噴き出してくる。

 エアストームが押されてきて、迫ってくる魔力の全てを分けきれなくなってきている。


「これだけ至近距離で撃ってるのに、こいつにかすってもいないのかよ!」


 このままの出力だと確実に魔染体の魔力に飲み込まれる。

 使いたくなかったけど、バーストをやったら俺の頭が吹っ飛ぶのだろうか。


 正直、使いたくない。

 怖いけど、ここで使わなかったら取り込まれるだけだ。


「見つけるって約束したのに、ごめんファルナ!!」


 聞こえるわけないだろうけど、大声で謝った。

 自分から言い出しておいて情けない、と涙が出てくる。

 これで最後なんだ。


「ギッシュ! 悪い、やっぱりダメそうだ! どうにかして逃げてくれ!」

「お、おいおい! 小僧が勝手にダメになるんじゃねえぞ!」


 ギッシュが横に回り込んで、無意味なのを分かっていて持ってるナイフをひたすら魔染体に投げるけど、消えていく。


「くっそがあ! 当たれ、当たれよ!! 何にも知らねえ小僧に何度も助けられてたまるかよお!」


 ナイフが無くなったら、今度は落ちている石を必死になって投げている。

 効果がないのは分かっていても、ただひたすら投げていた。


 目の前の魔染体はエアストームの影響はまったくない。

 本体を守るように魔染体の魔力がエアストームを押し返してきている。


「これでも食らってけぇぇ! バァーーストォォォォ!!!!」 


 額に一点集中していた強力な風が、更に大きな塊となって制御のできない暴風が魔染体に直撃する。


 頭がガンガンして、全身の魔力が全て吸い取られていく。

 威力が強すぎて頭が揺れて固定できない。

 それでもこの魔法で魔染体の魔力を全部飛ばさなければいけない。


 魔力を押し返されたせいで、更に多くの魔力が地面を割るように飛び出してくる。俺と魔染体を囲った鳥かごのような形になって、必死に相手も抵抗している。


「ぐああああ! どんだけ抵抗するんだよおお!!」


 頭がガンガンする以上に、今度は額が割れそうな痛みが来る。

 これ以上は、破裂しそうな予感しかしない。


 強烈な暴風のおかげで魔染体の魔力を押し返しているが、中途半端だ。

 決め手がない状態で押したり押され返したりしてる。


 安定しない暴風のせいで魔染体の額からそれないように押し込むのが難しい。

 右に左に揺れて、意識が飛びそうになる。


 意識が朦朧としてきて、このままではダメだと思う。

 何がダメなんだ。押し返しているだろ。

 押し返しているだけではダメなんだ。


 だから、もう一度撃とう。



「……バースト」



 朦朧とした意識の中、ぶつかり合う風と魔力に変化があった。

 風が完全に魔力を押し返すと俺は立ったまま、後ろに飛ばされて魔染体と離される。


 額から放たれている制御の利かない暴風が竜をかたどる。

 風の竜はその口を大きく開けて、魔染体に向けて飛んで行く。


 押すとか押し返すとかの問題ではない。

 魔力を飲み込むように直進して、魔染体を飲み込むと纏っていた黒い魔力が剥がれていく。


 魔染体を包んでいた影が、ボロボロと落ちていく。

 ただの黒い影のような人型が、一つの美しい形を取り戻していた。



 最後に俺が見たのは、ぼやけてはっきりとは見えなかったけど、それでも分かった。



 銀色の髪をなびかせて走ってくる面影には覚えがあった。



 何かとため息をついていた、あの美しい女神。




 ……そう、あれはファルナだった。



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