epilogue『彼女は笑顔を描き現す』

だから似顔絵は、おもしろい。

 昼下がりのセノーテに、今日も椅子を置いて即席アトリエを設営した三宅と、さり気無く居座って酒を飲むウォルドーの前に異様な光景があった。


 オレンジをベースにした綺麗なドレスを見に纏う貴族令嬢が、石畳に額を付けて土下座をしているのだ。それは街行く人を、護衛をしている騎士達の視線を引き付ける。


「シャルロット様! お召し物が汚れてしまいます!」

「いいからそこで黙って見ていなさいッ!」


 高貴な彼女に相応しくない姿勢に、騎士の一人が辞めさせようと前に出るが、シャルロットが威勢でそれを抑止する。彼女は顔を上げないまま、三宅に対して土下座を続けた。


「改めてお願いしますわ。ワタクシの肖像画を、描いて頂けないかしら?」


 アレックスの死から十日経ったが、これが絵を侮辱してキャンバスを叩きつけたあのシャルロットなのだろうか。印象のギャップに三宅は立ったまま息を呑む事しか出来ない。その隣で、木箱に座るウォルドーはグビリとスキットルの酒をつまらなそうに飲む。


「どうすんのさ、ミャーケ。御貴族様がこうして頭下げてるけど」

「いや……突然頭を下げられても、困るんですけど」


 困惑している故か、そこまでされても絵の依頼を受けられない三宅。この反応を予測していたのか、シャルロットは地面を見つめたまま頼み込みを続ける。


「ワタクシは、幼き頃より兄上様から命を狙われた身——いつ死んでも後悔の無きよう、生きた証を残すべく、画家を求めておりました」

「……そう、だったんですね。ご心労をお察し致します」

「故に、ワタクシと瓜二つの肖像画を望むあまり、貴女様が完成させた独自の絵に、強く腹を立ててしまったのです。この無礼を、どうか——」


 謝罪の途中でウォルドーが、酒を一気飲みして木箱から降りた。シャルロットに歩み寄ると、酒気帯びた言葉を吐きかけながら、見下げる。


「あのさ。あんたのせいで、親友のアレックスが死んだんだけど?」

「ウォルドーさん。それを彼女に押し付けるのは、あまりにも——」

「同情するなよミャーケ。そもそも、こいつの親父であるクロードが、欲をかいて先住民の土地に手を出さなきゃ、獣人戦争だって起きなかった。兄貴のピエトロにしたって、死ななくてもいい騎士が何人も死んだしなぁ!」

「分かってます。……分かっております」


 シャルロットは肩を震わせながら、ウォルドーの怒りを受け止める。複雑な心境の三宅と周囲の人々の視線を背負いながら、彼女は言葉を形にする他無かった。


「ワタクシの一族は——多くの罪なき人を、不幸にさせました。後継者として、その償いは必ずさせて頂きますわ」

「はぁ……それで、死んだ奴が戻るのか? 謝れば済む話じゃねぇんだぞ!」

「アレックスは危険な護衛任務の中で唯一、ワタクシと対等に話して下さる騎士でしたわ。馬鹿馬鹿しい事も、そして画家であるミャーケ様の事も、楽しげに話しておりました」

「僕はね、そんな話を聞きたいんじゃ……」

「そして彼は! 奇襲されたワタクシを庇って、命を落としました。このままでは——ワタクシが、生き延びた意味がないのですッ!」


 シャルロットはどうしようもない思いを、石畳にぶつける。それを見届ける三宅は、生前アレックスが言っていた事を思い出した。こうして額を地に付けて謝罪しているのも、再度肖像画を描いて欲しいと頼むのも、全ては彼の思いを汲む為に。


「シャルロット様、顔を上げて下さい」

「おい、ミャーケ! こんな奴に……」

「いいんです、ウォルドーさん。私は謝罪して貰えれば、それで十分ですから。これ以上は、四文字で表すと落穽下石らくせいかせきになりますよ」


 三宅は口癖である難解四文字で、ウォルドーの混乱を招いて一旦冷静にさせると、シャルロットの前で腰を下ろして、顔を上げない彼女に話しかけた。


「構いませんよ。私が貴女様の似顔絵を、描かせて頂きます」

「……肖像画の報酬は、ワタクシがいくらでも出します。言い値で、構いません」

「……じゃあ。とある獣人の家に、リンゴの木を植えて貰えます?」


 シャルロットはそこで顔を上げた。真剣な眼差しで見つめてくる三宅と目が合うと、アレックスが生前言っていた冗談話が、脳内に生い茂る。そして自身がこの先何をすべきか、高貴な心に刻み込む。


「分かりましたわ。……ワタクシが、絶対に獣人の生活を豊かにします。蔓延った差別を、無くしてみせます」

「……了解しました。ではウォルドーさん、そこにある木箱をここに持ってきて下さい。彼女を座らせますから」

「な……ッなんで、こんな奴の為に僕が!」

「特別報酬……出しますよ?」


 その言葉にウォルドーの恨みが、体内に蓄積された酒と共に浄化されていく。金稼ぎに抜かりの無い男は、静かに即席アトリエにある木箱を持ち出した。


「追加で、異国の酒も頼んでくれよ?」

「はぁ……分かりましたよ。さあ、シャルロット様ここにおかけ下さい」

「……お気遣い、感謝しますわ」


 シャルロットは、質素な木箱に腰掛ける。大きなドレスは座りにくさを助長し、綺麗な髪や顔は地べたに付けたせいで、台無しになっている。しかし三宅は、あえてそのままにした。


「では、改めて描かせて頂きますね」


 三宅は真っ白なキャンバスを目の前に置くと椅子に腰掛けて、右手の指先に創造エイルクの力を込める。こうしなくても、魔法で絵を描けるが、やはり自分の手で直接触れて作業したいのだろう。


「んー……四文字で表すなら、軽裘肥馬けいきゅうひば……いえ、訂正しましょう。今回は曼理皓歯まんりこうしですね」


 街の住人や騎士達が不思議な眼差しをシャルロットに送る中、三宅は彼女の特徴に注目して描き進めていく。団子鼻、揃っていない眉毛、ロール巻きのボリュームある髪。それをデフォルメして、漫画っぽい似顔絵の下描きが出来た。


(どうせなら、顔のシワ増やしちゃおうよ)


 三宅の真後ろから、ウォルドーが酒臭い吐息で耳打ちした。三宅はキャンバス越しに覗いて、実物と似顔絵を見比べる。全然違うのに、どうしてこうものだろうか。


「……プッ……クク」


 ウォルドーの言ってる事と自身が描いているものがあまりにも愉快だったのか、三宅は口から静かに笑い出した。そこから彼女の表情は綻び、一度消し去って描き直さずにいた『自身の笑顔』を、再び心から完成させたのだ。


「本当、似顔絵を描くって楽しいですね!」

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似顔絵師は、異世界でも面影を描き現します 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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