65:ペーシャのお料理
リリムが最近、ほとんど毎日ルーゴに弁当を届けていると知ったティーミアは、リリムへの対抗心とマオステラの助言も合わせて、ルーゴの胃袋を掴む取ることにした。
となればまずは食材だと、現在ペーシャはティーミアにマオス大森林へと連れて来られている。
確かにマオス大森林は豊富な種類の山菜や木の実等が採れる食材の宝庫なので、ここを食材調達の場に選んだのは正解だろう。
ティーミアは森の幸で勝負を挑むらしい。
「それで、妖精王様は何を狙っているんでっすか?」
「そうそう、それなんだけどね、ペーシャにちょっと『探知魔法』を使って欲しいんだけど」
「お安い御用でっす」
頷いたペーシャが腕を振るって探知魔法を行使する。周囲一帯の風を自身の元に手繰り寄せて、空気に乗った匂いを嗅ぎ分けていく。
「どう?」
「私から見て右前方に美味しそうな香りの木の実がありまっすね」
「他には?」
「ちょっと遠いっすけど左の方には山菜の類が。あとは真正面、すぐ近くにブラックベアが居ますから注意でっす」
なんて魔物が居ると注意を促せば、ティーミアは『ビンゴ!』と指を弾いて手の平を突き出す。
前方に魔物が居ると分かれば後は容易い。微かに漏れ出ている魔力を感知して、ティーミアはお得意の窃盗魔法を繰り出した。
すると、遠くから魔物の悲鳴が聞こえてくる。
すぐに声のした方へと向かえば、魂を奪い盗られてしまった物言わぬブラックベアがそこに転がっていた。
「その魔法、何度見てもエグイっすね。私は絶対に受けたくないでっす」
「心配しなくても仲間にこの魔法は向けないわよ」
突然、窃盗魔法で魂を抜かれてしまったブラックベアは驚いたことだろう。
なにせこの魔法はルーゴの様に魔法耐性が無ければ、抗う事も出来ない問答無用の一撃必殺なのだから。
「これで食材調達は完了ね。ブラックベアって美味しいらしいし、きっとルーゴも気に入ってくれる筈だわ」
ティーミアの言う通りでブラックベアは美味な食材として人気が高い。
王都でもブラックベアの食材としての価値は高く、危険生物として登録されているこの魔物は討伐難易度が高い為、市場に出回る事が少ない高級食材として扱われている。
ペーシャは以前、リリムにこの魔物の肉を使った熊鍋をご馳走して貰ったことがあるが、あれは非常に美味しかったと記憶していた。
ルーゴもきっと満足することだろう。
「で、どう料理するつもりっすか?」
「どうって、丸焼きにするつもりだけど」
「料理もへったくれもないっすね」
「じゃあどうすれば良いのよ」
しょうがないなぁ、とペーシャは妖精王の為に人肌脱ぐ事にした。
「妖精王様は丸焼きと言ってまっしたけど、獣のお肉はきちんと処理してあげないと、獣臭が酷くて食べられたもんではないっすよ」
そう説明しながらペーシャは風を操って魔物の体を持ち上げる。
近くに川があるのを魔法で探知していたので、そこでお肉を痛めないよう丁寧に血抜きや内臓を取り除くといった下処理を行っていく。
「なるほど、下処理ね。とりあえず焼いておけば美味しくなると思ってたわ」
「ワイルドが過ぎまっすよ妖精王様は」
ティーミアが感心した様な目を向けてきたので、ペーシャはどこかの妖精王ではないがふふんと鼻を鳴らして下処理を続けた。
「よし、下処理は全部終わったので、さっそくリリムさん家で料理してみるっすよ」
「ほいほい、楽しみね。わくわくしてくるわ」
風の刃で毛皮も剝いだので、こちらは村の革細工屋さんに渡すことにする。肝心のお肉はペーシャの自宅、ではないが診療所の台所を借りて調理する事にした。
「リリムさん、台所借りても大丈夫でっすか?」
「ん? あ、はい。別に構わないですがってどわぁ!? なんの肉塊ですかこれ!?」
「ブラックベアでっす」
処理の終わったブラックベアを見てリリムは酷く驚いていたが、お肉半分あげまっすと言えば、ほくほくと嬉しそうに台所を貸してくれたので良しとする。
やはりブラックベアのお肉は人気らしい。
「それでペーシャ? このお肉はどう料理するの?」
「せっかく良いお肉が手に入ったので、ここはステーキにしましょう。男の人ってこういうのが好きらしいっすよ。きっとルーゴさんも気に入ってくれまっす」
「ほぇ~、良いわね」
ペーシャは風の刃を使って手頃の大きさにお肉を切り分け、フライパンに乗せて火を通していく。
あまりこういうことは得意ではないが、リリムと暮らすペーシャはたまに料理のお手伝いをしている為、まったく出来ないといった訳ではない。
ブラックベアの肉はそこまで獣臭はしないのだが、臭みを消す為にとリリムから香辛料を借りて香気を与えてあげる。
そしてしばらく待てば、ペーシャ特性のブラックベアステーキが出来上がった。
「どっすか妖精王様、ブラックベアはこうやって調理するんすよ」
「すごいわペーシャ、あんたやるわね!」
「へっへっへ~、それ程でもありまっす!」
さっそくルーゴに食べて貰おうと、二人のシルフは皿にステーキを乗せて広場へと羽を羽ばたかせる。
ペーシャは何かを忘れていた気がしたが、まあ忘れてるくらいだしそれほど重大な事でもないだろうと広場に降り立った。
太陽はやや真上に位置している。
もうすぐお昼。時間的には丁度良いだろう。
ルーゴも魔法に励む冒険者達の様子を見守っていただけなので、さっそくとばかりにペーシャとティーミアはルーゴに手を振った
「ルーゴさん!」
「ちょっとこっち来なさいよ!」
「む、どうしたんだ二人共、俺に何か用か?」
近くにマオステラも居たが、話を知っている彼女は空気を読んでそっとその場から離れてくれた。ペーシャがぐっと親指を立てれば、マオステラも親指を立て返す。
「これどうぞ! 食べてくださいでっす!」
「あんたの為に用意したのよ! 感謝しなさいよね!」
「お? これは……ブラックベアの肉か、精がつきそうだな。ははは、嬉しいよ。ありがとな二人とも」
皿を受け立ったルーゴは木陰に腰を降ろして、さっそくブラックベアステーキに口を付ける。
兜の上から器用に肉を食べているのが気になってしょうがないが、それ以上にティーミアはルーゴがどんな反応を示すのか気になるようだった。
普段、割りと好戦的な面を見せるこよが多い妖精王だったが、存外に可愛い所もあるなとペーシャは思っていると、
「おいペーシャ」
背後から小声で名前を呼ばれた。
振り返ると、視線の先でマオステラがちょいちょいと手招きしている。
一体どうしたのだろうかと駆け寄れば、マオステラが小声で耳打ちする。
「ちょっと気になっておったんじゃが、ティーミアは料理をしたことがないと言っておったでな? あのステーキはどこから調達してきたんじゃ?」
「え? 私が作りまっしたけど」
「お馬鹿者め。何をやっておるんじゃ、目的を忘れてしもうたのか」
「あっ」
そういえばと思い出す。
今回、ブラックベアという食材を用意したのは、ティーミアがルーゴの胃袋を掴む為だ。
ペーシャはティーミアに褒められてついつい下処理から調理まで全部やってしまった。本来なら下処理は良いとしても、ティーミアが料理をしなくてはお話にならない。
やっちまったとペーシャは頭をおさえる。
何か忘れていた気がしていたがが、重大な事を忘れていたようだ。
ふとティーミアの方に視線を向ければ、
「これね、これね! あたしが捕ってきたの!」
「ほう、そうか。ブラックベアは熟練の冒険者でも万全を期して討伐に望む相手だというのに、流石はティーミアだな」
「でしょ! もっと褒めていいわよ!」
とても楽しそうな一時を過ごしていた。
ペーシャはなんだか居た堪れない気持ちになってくる。
「ティーミアは冒険者で言うとAランクに匹敵するかもな」
「ふふん、いつかエルも超えてやろうかと思ってるんだからそれくらい当然よ。いつかあんたも超えてやるんだからね、心しなさい」
「ははは、俺もうかうかしていられんな。それで、これは誰が調理したん──」
会話は続き、ルーゴがついにその話題に触れようとしたのでペーシャは慌てて二人の間に割って飛び入った。
「ちょっと待ったっすルーゴさん、その話題は禁忌でっすよ」
「なんでだ」
「い、いや、理由は特にないっすけど、とにかく禁忌でっす」
「なんでだ」
「とにかく駄目っす」
それでも『なんでた』とルーゴは首を傾げていたので、ペーシャはティーミアの手を引っ張って戦略的撤退を行使することにした。
しかし肝心のティーミアは『なによ、せめて味の感想くらいは聞かせなさいよ』と戯言を抜かしていたので、ペーシャは撤退する足を更に早める。
「ちょちょちょ、待ちなさいよペーシャ。せっかく良い雰囲気だったのに台無しじゃない」
もう既に台無しなんだよとペーシャはルーゴから距離を取る。そしてティーミアに事を説明した。
「妖精王様、目的を忘れてまっしたけど、あのブラックベアステーキ、調理したの私でっす」
「んぇ? それがどうかしたの? って、あ……」
ようやくティーミアも理解してくれたようだ。
ルーゴの胃袋をリリムから奪還する作戦が破綻していることを。この作戦の実行役はティーミアでなくてはならないのだから。
様子を見守っていたマオステラは『だめだめじゃな』と肩を竦めていた。
【書籍化】お前は強過ぎたと仲間に裏切られた「元Sランク冒険者」は、田舎でスローライフを送りたい ラストシンデレラ @lastcinderella
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