64:仕掛け勝ち



 日が暮れてきたので平原からアーゼマ村へと帰って来たペーシャは、診療所近くにある小さな空地でティーミアに詰め寄られていた。


 ティーミアがルーゴのことを気に掛けているのはペーシャも知っている。


 詠唱を教えて貰う為とは言え、流石に10日間もルーゴと二人きり、言い方を悪くすれば独占してしまっていたのは迂闊な行動だったかも知れない。


 だからティーミアは酷く深刻そうに聞いてくるのだろう。


「ほ、本当に変なことしてた訳じゃないのね?」

「変なことってなんすか」

「いや、その……男女が二人きりなのよ? そりゃもう色々あるじゃない」


 ティーミアの言う色々が何を意味するかは知れないが、別にやましい事はしていないとペーシャは断言する。


「別に何にもしてないっすよ。私はリリムさんに追い付きたいと思ったので、魔法を教えて貰っていただけでっす」


「怪しいわね。魔法を教えて貰うだけなら二人きりになる必要なんてないじゃないの」


「リリムさんに負けたくないって私が伝えたら、じゃあリリムをびっくりさせてやろうってルーゴさんが言ってくれたんすよ」


 ルーゴが詠唱を教えるにあたってこんな人気のない平原を選んだのには、何か別の意図があるのかも分からない。


 ただ、リリムをびっくりさせてやろうとルーゴに言われたのは事実である。それを伝えると、ティーミアはどこかほっとした様な表情を浮かべていた。


 我らがシルフの長も意外と面倒な性格をしているなとペーシャは嘆息する。ルーゴの事を好いているのなら、正直にそれを伝えれば良いのにと。


 そう思ったペーシャは善は急げとティーミアの腕を掴んだ。


「もう、妖精王様ったらしょうがないっすね。奥手が過ぎると言うか何と言うか。ほら付いてくるっす。今からルーゴさんの元に行くっすよ」


「え? と、突然どうしたのよ」


 ペーシャはティーミアがどうして、巨大樹の森からアーゼマ村に拠点を移す決断をしたのかを知っている。


 それは人間の英雄であるルーゴ、いやルーク・オットハイドを味方として取り込む為だ。


 あわよくば番となって子供でも作ってしまえば、もうルーゴはシルフから逃げられなくなるだろうとティーミアは考えていた様だ。


 しかし先ほどの反応を見るに、ティーミアはそんな打算的な考えではなく、割と本気でルーゴに対して特別な感情を抱いている様子だった。


「妖精王様はルーゴさんのことどう思ってるんすか?」

「な、なによそれ。別にどうとも思ってないわよ」

「今更過ぎまっす。さっさと正直な気持ちを伝えに行きまっすよ。私も協力してあげまっすから」

「ちょちょちょ! 待って待って! いきなり過ぎるわよ! 心の準備ってものがあるでしょうが!」

「否定はしないんすね」


 面倒な性格しているなとペーシャは再び思った。


「早くしないと別の誰かに取られてしまいまっすよ? 妖精王様は知ってまっすか、最近リリムさんが忙しいルーゴさんにほとんど毎日お弁当を作ってあげているのを」


「知ってるわよ。それがどうしたってのよ」


「私は聞いたことがありまっす。人間達は想い人を捕まえる為に、まず胃袋を掴むのだとか。もしかしたらリリムさん……、それを実践していたりして」


「え」


 なんて脅し掛けてみれば、ティーミアの顔色が青くなっていく。


「そ、それはまずいわね。先を越されちゃうわ……」


「恋は仕勝ちって奴でっす。妖精王様も積極的に仕掛けていかないと、リリムさんに取られちゃいまっすよ」


「で、でも……拒否されたら怖いじゃない?」


「まあ、そうっすけど。じゃあ妖精王様はどうしたいんすか?」


「出来ればルーゴの方から言い寄って欲しいわね。私、リリムから本を借りたことあるのよ。恋愛小説? ってやつ。その本ではね、白馬の王子様が主人公の事を迎えに来てくれて、最終的に結ばれるのよ。そういうのに憧れちゃうなぁ」


 確かにリリムが暇な時にそういった本を読んでいることをペーシャは知っている。なにしろ同居人なのだから。リリムの自室にある本棚は恋愛小説で埋め尽くされている。

 

 その本を借りて読んでみた事があるらしいティーミアは、頬をほんのりと朱に染めて願望を語っていた。


「他には騎士様って人がね、ピンチのヒロインを助けてあげたりするの。あ、ルーゴって兜をしてるから、騎士っぽくないかしら?」


「暗黒騎士の間違いじゃないすかね」


 黒鹿毛の馬に跨って戦場を駆け回ってそうではある。


 そっちの方が似合っているし格好良いとペーシャは思う。それを伝えればティーミアは『そんなことないわよ』と頬を膨らませてしまったが。


「ひとまず、私はルーゴから手を伸ばして欲しいのよ」


 ペーシャに指先を突き付けてティーミアは宣言する。


「その為にはまず、ルーゴの好感度を上げないとね。ペーシャも私に協力してくれるって言うのなら、そっちの方で協力して欲しいわ」


「は、はぁ。別に良いすけど。面白そうだし」


 では、どうやってルーゴの好感度を上げるのか。

 そっち方面の知識が無い二人のシルフは大人の知恵を頼る事にした。


──次の日。


「ほう、それでワシを頼ったのか。良い人選じゃな」


 大人とはつまりマオステラ。


 彼女はこの世界に生きるシルフ達の祖先と言われている。祖先と言うからには、大人の付き合いといった諸々の経験値が豊富だろう。


 だからペーシャとティーミアは彼女を頼ってみた。


「それにしても、ティーミアはルーゴのどこが気に入ったんじゃ?」


「べ、別にそういう訳じゃないですし」


「お前は実に面倒な性格をしておるな。まあ、魔物は本能的により強い者を伴侶に選ぶからの。あいつは腕っぷしだけは一丁前じゃからな」


 よし分かった、と頷いたマオステラは指を立てて提案する。


「リリムに先を越されそうと言うならば、逆に先を越してやれば良いんじゃ」


「ん? つまりどういうこと?」

「私達にも分かる様に言ってくださいでっす」


「胃袋を強奪してやるんじゃ、人間は家庭的な女性に惹かれやすい傾向がある。ならば、より凄い弁当を作ってリリムを圧倒してやるんじゃ」


「なるほど! それは良い作戦だわ!」


 マオステラが立てた提案にティーミアが拳を握り締める。

 しかしペーシャの方はというと、どこか浮かない表情をしていた。


 診療所で暮らしているペーシャは、リリムの料理の腕前を知っている。そしてティーミアと長い付き合いであるペーシャは知っているのだ、


「妖精王様ってお弁当作ったことあるんすか?」


 ティーミアが料理なんてしたことがないことを。


「な、ないけど?」


 その一言にペーシャはこの勝負、望み薄だなと確信した。



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