63:努力の証



 ペーシャの内緒の特訓は続く。


 特に内緒にする理由はないのだが、ルーゴがリリムをびっくりさせてやろうと言っていたのでペーシャはそれに乗っかった。


 確かにリリムの驚く顔は見てみたい。


「それで、詠唱ってなんとなく思った事を口にすれば良いんすか?」

「そんな簡単な物ではない」


 そう言ってルーゴはどこからか拾ってきた木の棒を使い、なにやら地面に落書きを始める。そこに刻まれたのは文字の様な何かだった。


「ルーゴさん、そのミミズがのたうち回った様な文字はなんすか?」

「嫌な言い方だな。リリムにもそう言われたのだが、俺の筆跡はそんなに汚く見えるのか?」

「えぇ? いや、そういう文字なのかと思っただけでっす」


 ルーゴが軽くショックを受けていた様なのでペーシャは慌ててフォローした。


 どうやら地面に書いていた文字は『魔法印』と呼ばれる物らしく、その文字を唱えることによって魔法の性能を大幅に引き上げるようだ。


「ちなみにペーシャはこの文字を読めるか?」


 ペーシャは魔法印など初めて目にしたので首を振るった。


「魔法印なんて今まで知りませんでっしたからね、読めないでっす。でもどうしてそんなこと聞いてくるんすか?」


「シルフは魔物というより正確には言うなれば魔族だからな。魔法印とは元々、魔族の間で使用されていたものだ。マオステラの子孫であるお前達なら知っているかと思っただけだ」


「へぇ~、私達って魔族? だったんすね」


「ああ、そうだ。ある程度の知能を持った魔物をそう呼称する、リリムの様なエンプーサも魔族に分類されるな。まあこの話はおいおいにしよう」


 そう言って地面に魔法印を書き終えたルーゴが木の棒でそれを示す。


 いわく、そこに記されているのは先程ペーシャの風魔法を強化してみせた『穿つ』という意味を持つらしい。


 それを唱える事によって、魔法に貫くという性質を持たせる事が出来るようだ。


「よし、ペーシャ。さっそく実践だ。先程俺がやって見せた様に、詠唱を使って魔法を強化してみろ」


 ルーゴが指を弾くと再び巨大な岩が地面から出現する。

 詠唱を用いてあれを破壊してみせろと言いたいのだろう。


「了解っす!」


 正確な詠唱の実践方法を既にルーゴから教わっている。


 ペーシャは地面に刻まれた魔法印に左手を置き、反対の手を突き出して岩に照準を構えた。後は先程の流れを踏襲するだけ。


 ペーシャは魔法印を唱えて風魔法を放った。


「穿て!」


 刻まれた魔法印が光を瞬く。

 ペーシャの風魔法が平原を一直線に突き進み、風の刃となって岩に衝突する。


 しかし、魔法は岩の表面に傷を付けた所で消滅してしまった。

 ペーシャはルーゴに振り返る。


「どういう事っすか?」


 初めての詠唱は見るに明らか失敗だ。

 やはり一度教えて貰ったからといって、初めから上手くいくとは限らないらしい。


「最初はこんなものだ。徐々に徐々に腕を上達させれば良い」


「でもやり方は間違ってなかったと思うんすけど、どう上達させれば良いか分からないでっす」


「こればかりは練習あるのみだ。何度も魔法を使い、感覚を掴むしかない。しかし、そうだな……」


 と、ルーゴがふと考え込むようにして地面に視線を移した。その先に刻まれているのは『穿つ』の意味を持った魔法印。


「俺はこの魔法印を穿てと唱えたが、お前ならどう唱える?」


「え? ど、どういう事っすか?」


「魔法は想像の世界、それは魔法印にも同じことが言える。この魔法印をペーシャの胸に馴染む詠唱に変えてみるんだ」


「なるほど」


 穿つ。

 それは貫くこととペーシャは理解している。

 ルーゴはそれをペーシャ自身がしっくりくる唱え方に変えてみろと言っている。


「じゃあ……、こういうのはどうすかね?」


 ルーゴが詠唱を与えた風魔法は岩をも貫いて穴を開けた。


 ペーシャはそれをそのまま頭の中でイメージし、自分の言葉に変換して唱えてみる事にした。


「風穴開けたれ!」


 ペーシャが構えた手の平から突風が放たれた。


 平原を一直線突き進む風魔法は、ペーシャの目から見てもいつもとは様子が違った。その証拠に、魔法が直撃した岩には深い穴が出来ていた。


 結果としては、貫くとまではいかなかった。

 だが確実に成果は出ている。


 魔法、そして魔法印とは想像の世界。

 唱え方一つでここまで変化を見せるとは。


 ペーシャは期待に目を輝かせた。


「ルーゴさんどうっすか!」


「ははは、お前もリリムと同じくやはり才能があるな。流石は魔物と言うべきか。触りを教えただけでこうまで見違えるとはな」


「へへ~ん! ちょっと自信が付いてきまっした! ルーゴさん、ありがとでっす!」


 胸を張ってふふんと鼻を鳴らすペーシャにルーゴは『まるでティーミアみたいだな』と苦笑していた。


「ひとまず、今日はここまでにしようか。あまり遅くなるとリリムが心配するからな、続きは明日にしよう」


 ペーシャが要領を掴んで来たところで今日はお開き。


 まだまだ練習がしたいとペーシャは物足りなく思ったが、また明日にでも続きをして貰えると、ペーシャは診療所に戻ることにした。


 

 そして明くる日。

 更に次の日とペーシャの鍛錬は進んでいく。


 ルーゴの言った通りで詠唱と呼ばれる技術は練習量が物を言うらしく、日を重ねれば重ねるだけペーシャの魔法は強まっていった。


「風穴開けろ!」


 この日は初日よりも深く大きな穴が空いた。

 ルーゴいわく出来は及第点。詠唱を教えてまだ3日目だと言うのによくやっていると言われた。


 次の日は更に深く、大きく穴を空ける。

 次の日も徐々に詠唱による魔法の威力は向上していき、


「──や、やった!」


 10日後。

 ペーシャは見事、巨大な岩に自力で穴を空ける事に成功した。


 軌跡を描く様に、一直線と岩に向かって抉れた地面は努力の証だ。ペーシャは糸切れた人形みたいに地面へどっかりと倒れる。


 そしてルーゴに向かってピースした。


「どっすかルーゴさん? ペーシャ、やりまっしたよっ」

「ああ、頑張ったな。良くやった」


 ペーシャの隣にルーゴが腰を下ろす。


「だが、まだまだ鍛錬は怠るなよ。次はこの詠唱を植物魔法に応用するんだ。そうすればリリムとの差も大分縮まる筈だ」


「そっすね、そうだと嬉しいでっす。じゃあ今度はとっておきの魔法印を教えてくださいな。私、魔法印だなんてこの間初めて知ったばかりなので」


「そうだな、植物魔法に使えそうな物をいくつか見繕っておくよ」


「うおおお流石ルーゴさん! 頼りにしてまっす!」


 ペーシャは魔法印について詳しくは知らないが扱い方は心得た。


 今回、教えて貰った『穿つ』の魔法印を唱えれば、魔法は突き抜く性質が与えられる。その結果、ペーシャの風魔法は巨大な岩をも貫く威力が与えられた。


 ともすれば、別の魔法印を唱える事で、また違った性質を魔法に付与出来るのかも知れない。例えれば竜巻を起こすだとか。


 次はどんな魔法印を教えて貰おうかな。

 そう思ったペーシャは、


「……ん?」


 ふと、地面に刻まれた魔法印を見て疑問を頭に浮かばせた。


「そう言えばルーゴさんって、初日は魔法印を使わずに詠唱してまっしたよね。あれどうやったんすか?」


 それは詠唱を教えて貰った初日の出来事だ。


 詠唱を初めて教えてくれた時、ルーゴはペーシャの手の平にただ手を添えて詠唱していただけであった。この時、ルーゴはまだ魔法印を使用していない。


 これはどういう事なのだろうかとペーシャは首を傾げる。


「俺は魔法印をこいつに付与している」


 そう言ってルーゴは頭に被っている真黒の兜を手で示した。

 ペーシャは更に首を傾げる。


「そんなこと出来るんすか?」


「ああ、出来る。使用している武器等に魔紋として魔法印を刻む者は多いな。ただし、詠唱を扱えるレベルの魔術師に限るが」


「うおお? なんかまた難しい単語が出てきまっしたね。頭がくらくらしまっす」


「まあゆっくり覚えていけば良いさ」


「そっすね、じゃあ今度また教えて──」


──ください。

  

 ペーシャがそう口にしようとした直後だった。


「なによそれ、私にも教えなさいよ」


 ペーシャにとって聞きなれた声が背後から聞こえてくる。


 慌てて振り返れば、そこには酷くご立腹といった様子のティーミアが、腕を組んで頬を膨らませていた。


「げっ、妖精王様……!」

「げ、とは何よペーシャ! 最近、いつもこの時間に居なくなるなと思ったら!」


 頬を膨らませたティーミアが、表情そのままにこちらに歩み寄ってくる。そして、隣で地べたに腰を下ろしているルーゴに指を差した。


「何でこんな所でルーゴと二人きりで一緒に居るのよ!」


 『まさかデートじゃないでしょうね!』と突っ込まれてしまった。

 ペーシャはこれまた面倒な事になったなと頭を抱えた。




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