62:詠唱



 リリムが頭角を現わした事により、魔法に関しては先輩であった筈のペーシャは内心に焦りを持ち始めた。


 同時に魔法を教わった筈なのに、まさかたった1日でこんなに差が開いてしまうとは思ってもいなかったのだ。


 リリムはルーゴから一度だけ召喚魔法を教わった事がある。そして、魔法に触れたのはたったのそれだけ。ペーシャはそう聞いていた。


 そんな見習い魔法使いのリリムに上を行かれてしまったのだ。同じく魔法を扱う者として自身を不甲斐なく思ったペーシャは、広場へと戻ったルーゴに嘆願する。


「ルーゴさん、リリムさんに負けたくないでっす! 魔法を教えてくださいでっす!」


「そう言われてもだな。俺は今、冒険者達に魔法を教えている最中なんだ、その片手間にマオステラから分身魔法を教わっている最中でもある」


 『やる気がある奴は大歓迎なんだが、時間がな』とルーゴは悩ましそうに首を捻っていた。隣でルーゴに分身魔法を教えていたマオステラにも『後にせい』と突っぱねられてしまった。


「うおおお、やっぱり自分でなんとかするしかないかぁ」


 ペーシャはがっくりと肩を落とす。


 自分でなんとかすると言っても、リリムは『詠唱』と呼ばれるペーシャにも未知の技術を用いて植物魔法を一つ上の段階へ昇華させていた。


 ペーシャが持っている物は『風魔法』のみ。

 他には『窃盗魔法』も一応使えるが、これが植物魔法に応用出来る未来が見えない。


 どうしたもんか。

 う~ん、唸ってとペーシャが小さい頭で悩んでいると、誰かが後ろから肩を叩いた。


「ルーゴさん」


 振り返ればルーゴがそこに立っていた。


 先程は時間が無いと言っていたが、どうしたのかとペーシャは疑問符を頭に浮かべる。すると、ルーゴが屈んでこちらに頭に手をポンと置いた。


「後でこっそり魔法を教えてやる、だからそう気を落とすな。リリムには内緒だぞ? あいつは恐ろしい才能を秘めているからな、追い抜かれたと言うなら、また追い抜いてやれば良いだけさ。びっくりさせてやろう」


「ええええ! 本当でっすか!? ルーゴさんもマオステラさんに分身魔法を教わってて忙しいんじゃないんすか!?」


「さっきも言っただろう、やる気がある奴は大歓迎だとな。少し時間を取るぐらいマオステラも許してくれるさ」


 そう言ってルーゴが確認する様に振り返ると、マオステラは呆れた様に肩を竦めておどけて見せた。


「ちょっとだけじゃぞ。本来、お前は他の事にうつつを抜かしておる場合ではないのだからな」

「ああ、助かるよ」


 マオステラからの許可は貰った。

 ルーゴは再びペーシャに向き直る。


「それじゃあ、また後でな。夕方くらいに村の出口で待っていてくれ」

「はいっす! ルーゴさん、ありがとでっす!」


 ペーシャは満面に喜色を浮かべて笑みを返した。







 その後、診療所のお手伝いを終わらせたペーシャは約束通り村の出口で待機していると、しばらくしてルーゴがやって来た。ペーシャは手を振って出迎える。


「待たせたな、ペーシャ」


「いえいえ、私の方こそご迷惑お掛けしてまっす。それで、どうして集合場所が村の出口なんでっすか?」


「西の方に大きな平原があるだろう、そこへ行く。あそこは広いからな、練習がてらに魔法の試し打ちするにはもってこいだ」


「おお、なるほど?」


 アーゼマ村から離れて西へ進んで行くと、そこには大きな平原が存在する。この辺りは魔物と遭遇する事も少ない為、ペーシャも友人を連れてたまにピクニックに来たりする。


 そこで今回、ルーゴは魔法を教えてくれるようだった。


「それで、何を教えてくれるんでっすか?」

「リリムと同じく『詠唱』を教えてやる」


 言ってルーゴが指を弾くと、遥か前方で地面が盛り上がり、巨大な岩が突出した。見上げるほど大きな岩を指で示し、ルーゴはペーシャにこう言った。


「あの岩を魔法で破壊してみろ」

「無理に決まってるじゃないすか」


 何言ってんのとペーシャは眉根を顰めた。

 

 ペーシャは確かに魔法を扱えるが、使用出来る魔法と言えば風魔法のみ。この魔法に岩を破壊出来る威力などない。


 妖精王であるティーミアは岩をも破壊する魔法を使えるが、ペーシャはそんなレベルの魔法を扱える魔法使いではないのだ。


 さてどうするとペーシャが頭を抱えていれば、


「ははは、そうか。やはりまだ無理か」


 ルーゴが笑っていた。

 ペーシャは頬を膨らませてルーゴに殴りかかる。


「ちょっとそれはいじわるっすよルーゴさん! 出来ないって分かってるんなら初めから言わないで欲しいでっす!」 


「いたい、済まなかった、やめてくれペーシャ。俺が悪かった。だが分かってくれ、これも必要な事なんだ」


「必要な事ってこれがっすか? 意味が分からないでっす!」


 何を言っているのか理解出来ず、ペーシャがルーゴの背中をぽかぽかと叩き続けていると、ルーゴはもう一度巨大な岩に差し示した。


「ペーシャ、もう一度言う。あの岩を破壊してみろ」

「……、やるだけ無駄っすからね?」


 愚痴を溢しながらペーシャは巨岩に向かって手の平を突き出し、魔力をふり絞って突風を放つ。


 だがやはり、岩に風の魔法は通らずだった。

 表面にすら傷は付かず、破壊には到底及ばない。


 ペーシャは自嘲する様に肩を竦めた。


「ね? 私の魔法なんてこんなもんすよ」

「そうとは限らない」

「へ」


 そう言ってルーゴがペーシャの手首を掴む。


「もう一度、風魔法をあの岩に向かって撃て。今度は俺が、お前の魔法に『詠唱』を与える」


「わ、分かりまっした」


 言われた通りにペーシャはもう一度、巨大な岩に向かって手の平を突き出した。その手首にはルーゴの手が添えられている。


 何をするつもりか分からなかったが、ペーシャは腕に魔力を込めて風魔法を放つ準備を整えた。すると、


「──穿て」


 ルーゴがそう呟いた。

 その直後だ、ペーシャの手の平から暴風が放たれた。


 使用した魔法は前回と同じ物だ。にも関わらず、風の魔法は轟音を辺りに響かせながら突き進み、前方の岩に衝突するとそのまま巨大な穴を開けてしまった。


 それでも魔法の勢いは留まらず、やがて地平線の彼方へと消えて行ってしまう。


「えぇ……」


 唖然としたペーシャはぺたりとその場にへたれ込み、たった今魔法を放った自身の手に目をやった。次いで、隣のルーゴを見上げる。


「い、今のは?」

「先程も言った通りだ。ペーシャの使用する魔法に『詠唱』を与えた。これで分かっただろう、詠唱がどういう物か」


 岩の表面を傷一つ付けられなかった魔法が、詠唱とやらを与えるだけであそこまで化けてしまった。


 確かに、凄い。


 ペーシャは頷くことしか出来なかった。



 



 

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