61:魔の物



「マオステラさん、ルーゴさん、助けてくださいっす」


 それはアーゼマ村の広場での事。

 

 突然、広場にペーシャがやって来たかと思えば、酷く深刻そうな顔でマオステラとルーゴに助力を求めてきたのだ。


 ペーシャはリリムに頼まれて薬草採取にマオス大森林へ向かったり、休日と言って診療所から離れて友人のシルフ達の遊んでいる事があるのだが、広場に姿を見せるのは珍しい事であった。


「なんじゃ、何があった? 敵か?」

「違うっす」


 どうやら敵が攻めて来た訳ではないらしい。

 

 マオステラの隣で分身魔法の修行をしていたルーゴは、助けてと言ったきたペーシャがリリムを連れていないことを不審に思う。


 しかしルーゴはリリムの近くに自分の分身が居る事を知っている。余程の事がない限り、リリムの身に何かあればすぐさまこちらへ知らせるだろう。


 だが広場に来たのはペーシャ一人。

 一体どうしたのかとルーゴは首を傾げた。


「ペーシャ、リリムはどうしたんだ?」

「そのリリムさんが問題なんすよ」

「リリムが? 問題とはどういう意味だ」

「えっとですね……」


 問われたペーシャはしばし思案する様に顎に手を当て、今度は逆にルーゴへと問いを投げかけた。


「ルーゴさんってリリムさんに魔法の才能があるって言ったんすよね?」

「ああ、言ったがそれがどうかしたか」

「それってどれくらいっすか?」

「どれくらいと言われてもな。声大きくは言えないがあいつはペーシャ達シルフと同じ魔の物だ、先天的に魔法の才能がある。そこらの人間よりは魔法の扱いに長ける筈だ」


 リリムの正体はエンプーサと呼ばれる種族の魔物だ。


 魔物は読んで字の如く魔の物。よってルーゴは生まれつき風魔法の才能があるシルフと同じく、リリムにも魔法の才能があると踏んだ。


 そう考えたのは大魔術師であるマオステラも同じだった様で、


「リリムはルーゴよりも魔力が高いからの、魔物ではあるが訓練次第で良き魔術師になる筈じゃ。昨日植物魔法を教えた時も随分と飲み込みが早かった、ほんの僅かな時間で魔法の行使には成功しておったぞ、新米とは思えん程にな」

 

「ほう、それは教えがいがありそうだな。今度、俺もリリムが得意そうな魔法を見繕って指南してみるとしようか」


「馬鹿を言え、お前は分身魔法を習得するのが先じゃ。リリムはワシが育てる」


「先に魔法を教えると言ったのは俺だ」


 と、二人の魔術師が才能あるリリムの奪い合いを始める。


 だが、ペーシャは知っている。リリムはこの二人が魔法を教えなくとも勝手にどんどん成長してしまう事を。


 僅か数時間前、診療所にルーゴの分身がやって来たのだ。その時リリムはルーゴの分身から召喚魔法を応用する様にと助言を貰っていたのだが。


「マオステラさんにルーゴさん、リリムさんに魔法の指南は必要ないでっす」

「なんでだ、それはペーシャが決める事じゃないだろう」

「そうじゃ、リリムには優秀な師が必要じゃ。ワシの様な師匠がな」

「リリムさん、もう植物魔法マスターしちゃいまっしたよ」


 ペーシャがそう言うと二人は『なに?』と口を揃えた。


「どういう事じゃ、まだ魔法を教えて昨日の今日じゃぞ」


「うおおおお! そうなんすよ! 私は魔法に関しては先輩なので、リリムさんより先に植物魔法を極めてコツを教えてあげようと思ってたら、もう先越されちゃったんすよ! あの人やばいでっす!」


「追い越された……、だから先程助けてくれと言っていたのか」


「そうっす! ルーゴさん私に魔法を教えてくださいでっす! 私のプライドが……、プライドがズタボロに……ッ!」

 

「待て待て、慌てるなペーシャ。少し追い越されたからと言って、そう焦る事もないだろう。成長速度にも個人差があるのだからな」


「ルーゴさんは何も知らないからそんな事言えるんすよ! とにかく診療所に来て、その目で確かめてみてださいでっす!」


 切羽の詰まった様子でペーシャがルーゴの腕を引き、強引に広場から連れ出してしまう。マオステラは嘆息しながら二人に付いて行くことにした。







 しばらくして診療所に辿り着いたルーゴとマオステラはペーシャに裏庭へ案内されると、そこで土弄りをしていたらしいリリムに出迎えられた。


「あ、本物のルーゴさんだ、こんにちわ……ってあれ? 何やらペーシャちゃんとべったりですね。珍しい組み合わせです。マオステラさんも居ますし」


「違うんだ、ペーシャが強引に俺を」


「浮気現場か」


 『何か疚しい事でもあるんですか?』とリリムが追撃を加える傍らに、マオステラは裏庭を見渡した。


 リリムが整地したのだろう畑にはトマト等の野菜が実を付けており、他にはニラやらネギ等も植えられていた。


 見た限りではなんの変哲もない庭ではあるが、マオステラが気になったのは植木鉢から幹を伸ばす植物だ。


 ロカの実と呼ばれる果実を付けるその低木からは、ほんの僅かだがリリムの魔力を感じる。恐らくあれは畑の野菜と違って植物魔法によって生み出された物だろう。


 まさかこれをリリムの魔法がやってのけたと。

 マオステラは確認する様にリリムへと視線を投げた。


「リリム、これはお前がやったのか」


「そうですよ。どうでしょうか、まだまだ勉強不足でマオステラさんみたいに植物魔法を自在に操れる訳ではないですが、やっとロカの木を呼び出す事には成功しました!」


「呼び出したって、これもう成熟しとるんけど植物魔法を使ったのはいつじゃ?」


「ん~、大体2時間くらい前です。ロカの木は1本で10個ほど実を付けてくれるので、頑張れば1日100個くらいロカの実を採れますね」


「2時間!? たった2時間で実を付けたのか! お前本当に魔法初心者か!?」


 マオステラの植物魔法と比べれば、一つの植物を成熟させるのに2時間を費やすリリムはまだまだ発展途上だ。だが、リリムに植物魔法を教えたのはつい昨日である。

 

 たった1日でもう植物を成熟させるまでに魔法を上達させてしまったと。


「す、末恐ろしいの……エンプーサは」


 マオステラが表情を引き攣らせて身を引いている。植物魔法の使い手でもリリムの成長速度は異常として映るらしい。


 同時に魔法を教わった筈なのに、置いてけぼりにされたペーシャは眉根を顰めて隣のルーゴに愚痴を溢した。


「ね? あの人やばいっすよ、マオステラさんドン引きしてまっす」

「ちなみにペーシャの方はどうなんだ」


 するとペーシャは庭の隅に置かれた鉢を指で示した。そこには小さな草が申し訳なさそうに1本だけ芽を伸ばしている。ルーゴは見なかった事にした。


「気にするなペーシャ、リリムが異常なだけだ」

「そっすよね!? 私がポンコツな訳じゃないでっすよね!?」

「そもそもリリムは一体どうしたと言うんだ、あいつの魔法の腕はまだまだ未熟だと思っていたんだが」


 ルーゴがリリムに魔法を教えたのはたったの一度だけ。

 その後は植物魔法の手解きを受けた様だが、例え大魔術師と呼ばれるマオステラに指南を受けただけでこうまで劇的に成長出来るのかは甚だ疑問である。


 マオステラ本人も驚いている様なので、彼女が成長の切っ掛けである線は薄い。だとすれば他に原因があるのか、考えられるのは一つだけだ。


 ルーゴは静かに念じて、この近くに居る筈の分身を呼び寄せる。


「ルーゴさん、何してるんすか?」

「診療所に俺の分身が来ている事は知っている。あいつがリリムに何かしたのではないかと思ってな。ペーシャは何か知っているか?」

「そうっすね。リリムさん、ルーゴさんの分身に助言を貰っていたみたいっす」

「やはりか」


 ルーゴの分身魔法はまだまだ完璧とは程遠い。


 端的に言えば不安定と言えるルーゴの魔法は、稀に本人の意志を無視した行動を取ってしまう事がある。以前、呼び出した自身の分身はリリムいわく極端に口数が少なかった様だった。


 ただ、元は自身の意志感情をコピーした分身体に過ぎないでの、そこまで不意な言動をしてしまう魔法ではないのだが、


「俺の分身はリリムに何を言っていた」


「召喚魔法の応用がどうと言ってたっすよ。でもでも、ルーゴさんって分身が何を喋ってるか把握してないんすか?」


「している、普段はな。だが、今回は俺の意志を無視してしまった様だな。何か余計な事を言っていないと良いんだが……」


「余計な事って、ルーゴさんはまるで自分の分身を信用してないみたいな言い方しまっすね?」


「……そうだな」


 ルーゴは自身を信用していない。

 それはそのまま、意志を無視した分身体に対する不審に繋がる。

 

 元が完璧である筈ならば、仲間達に裏切られるなんて事はなかっただろう。ましてや、国から危険視されて討伐対象に指定される事もなかった。


 しばらくすると、籠を持ったルーゴの分身が裏庭に現れた。それに気付いたリリムが手招きする。


「あ、今度は分身ルーゴさんですね。こっちですこっち」

「まったく、人使いが荒いなリリムは」


 どうやら事前に頼み事をされていた様だ。分身が手にしていた籠を手渡すと、リリムは採取したロカの実を籠に詰めていく。


 ルーゴが呼び寄せた筈の分身が、まっさきに足を向けたのはリリムの元。さっそく魔法の使用者の意志を無視している。 


 ルーゴは自嘲する様に溜息を吐き、再び分身を呼び寄せた。


「なんだ、俺は忙しいんだ」


「なんだじゃない。貴様、リリムに何をした。あいつは魔力を薬でしか回復出来ないんだ、あまり無理をさせるんじゃない。僅か1日であそこまで急成長を見せるのは異常だぞ」


「お前は自分自身をまるで信用していない様子だな。だが、リリムの事を少しは信用してやったらどうだ。あいつは無理をして魔力切れを起こすほど馬鹿じゃあない」


 分身と本体が裏庭で言い争いを始める。

 隣に居たペーシャは絵面がすごいなと一歩身を引いた。

 

「リリムを信用していない訳じゃない。何をしたと聞いているんだ」


「俺はリリムに召喚魔法を応用しろと言っただけだ。後の事はリリムが自身で導き出しただけの事、俺はその切っ掛けに過ぎない」


「召喚魔法の応用だと? それが魔法陣の事を言っているならば何故、この場に魔法陣の痕跡が見当たらないんだ」


 召喚魔法の応用。

 その助言を貰ったリリムが魔法陣の使用に考え至るのはまだ納得が出来る。


 魔法陣を使用して条件を課せば、未熟な魔術師でも魔法で呼び出す植物を自在に操る事が出来るはずだ。恐らくそれで今回はロカの実を呼び出したのだろう


 だがルーゴが見た限りでは診療所の室内にも、この裏庭にも、魔法陣を使用した痕跡は見当たらない。魔法陣を使えば少なからず魔力の残滓が残る。


 これは一体どういう事だとルーゴが自身の分身を睨み付ければ、


「リリムは魔法陣を使用していない。あいつは魔法陣に刻む魔法印を操れないからな」


 魔法印は以前、召喚魔法でストナを呼び出す際にも使用した特別な文字だ。その時はこの魔法印を用いて魔法陣から呼び寄せる者に条件を指定した。


 その魔法印も、魔法陣も、分身は使用していないと言う。


 だが、リリムはロカの実を呼び出す事に成功している。

 ならばこの状況はどういう事か、ルーゴに考えられるのは一つしかなかった。


「リリムは魔法印を刻むのではなく、直接声にして唱える事で、同じ効果を得られないかと考えた様だな。結果、それは成功した」


「なるほど……、詠唱か」


 詠唱。それは魔法印を口にして唱える事で魔法を強化する技術だ。

 

 この技術はごく最近になって生み出された物であり、神の一柱であるマオステラですら知らない高度な技である。


 それを思いつきで成功させたらしいリリムに、ルーゴは呆れる様に溜息を吐いた。


「リリムめ、恐ろしい奴だな」

「お前もそう思うか。これで分かっただろう、俺は何もしていないだよ。あいつは勝手にどんどん成長していくタイプだ」


 同調する様に分身も笑っていた。


 

 


 

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