60:二人の師匠



 マオス大森林にて植物魔法のお手本見せて貰ったリリムはさっそく魔法の実践に取り掛かる事にした。


 あの攻撃的な植物魔法を範として良いか別として、リリムは草を生やすイメージを浮かべてテーブルに乗せられた植木鉢に手の平を向ける。


「ふんッ!」


 以前、ルーゴに召喚魔法を教わったので魔力を流す感覚は理解している。今回、それを踏襲する形で植物魔法に挑んだのだが、


「おりゃあッ!」


 植木鉢に変化は全くなかった。


「どりゃああああ!」

「掛け声だけは立派じゃな」


 三度、魔法に挑んだ所でマオステラに茶々を入れられてしまう。


 植木鉢はさも当然かの様に変化は見受けられない。この植木鉢はやる気がないのではなかろうか。リリムは納得がいかなかった。


「ペーシャちゃんはどう──」


 ふと、隣で同じく植物魔法に挑戦中のペーシャに声を掛けようとしたリリムの口が止まる。リリムの視線の先、ペーシャの植木鉢には1本の草がぴょこんと生えていた。


「うわぁ、ペーシャちゃんすごいですね」


「ふふ~ん! さすが私っす! まあリリムさんとは経験値が違いまっすからね! 出来て当然と言うか何と言うかでっす!」


「あっ、今のはちょっと意地悪な発言ですね。見ててください、私だって負けませんよ。だってあのルーゴさんに才能があるって言われたんですからね」


 リリムは再び植木鉢に手の平を向けた。


「せあああああああああッ!」

 

 植木鉢に変化はない。

 診療所にペーシャの失笑が静かに響いた。


「リリム」

「あ、はい。な、なんでしょうかマオステラさん」


 テーブルに頬杖をついた無表情のマオステラがじっとこちらを見つめてくる。失敗の連続で失望させてしまったかなと、リリムはおっかなびっくり返事を戻した。


「お前、確か加護を持っていたな?」


 心配はどうやら杞憂だったらしい。

 僅かに安堵しながらもリリムはマオステラの問いに指を振るって応えた。


 姿を現わすのはリリムが持つ加護によって呼び出された微精霊達。彼らはティーミアやリーシャが持つ加護の様に強力な力は持たないが、リリムにとって薬師としても頼りになる大切なパートナーだ。


 この微精霊の加護がどうしたのだろうか。

 リリムは小首を傾げる。


「はい、私は確かに加護を持っていますけど」

「微精霊達を呼び出す時、リリムはどうしている。指を振るったのは分かった、じゃがそれだけではないじゃろう?」

「そうですね、微精霊様をこう……、呼び出す様な感覚で加護を使って──」


 そこまで言い掛けてリリムはようやくマオステラの意図を察した。


 微精霊を呼び出すこの感覚。

 それを魔法に応用しろとマオステラは言っているのだ。


「ありがとうございます」


 小さく礼を言うとマオステラは口角を上げて頷く。正解だ、それを表情に見たリリムの目に自信が灯った。ゆっくりと深呼吸し、植木鉢に突き出した手の平に魔力を流す。


 大事なのはイメージ。

 何も無い植木鉢に魔法を与えて植物を呼び起こす。


「お願いします!」


 リリムの掛け声と共に植木鉢に小さな光が瞬く。

 すると次の瞬間、小さな新芽がぴょんと顔を出した。


 成功だ。

  

「うわぁ! やったやった! ペーシャちゃん見てましたか!? どうです、私だってやれば出来るんですよ!」

 

 独力でとは言えないが、初めて魔法を成功させたリリムは満面に気色を浮かべて大喜びだ。ペーシャに抱き付いて植木鉢を見ろと必至に指を差している。


「分かりまっしたから! そんなに強く抱き付かないで欲しいっすよ!」

「あ、ごめんなさい! でも、嬉しくって!」


 魔法は通常、限られた者にしか使えないと言われる高度な技術だ。以前はルーゴの力を借りて召喚魔法を成功させたが、今回は単独での魔法の行使。それは大きな前進だろう。


 魔法自体は小さな草を一本生やす程度だったが、リリムはそれが何よりも嬉しかった。


 マオステラも満足気に頷いている。


「よくやったでのリリム、流石はエンプーサじゃ。ペーシャも油断してはならぬぞ、経験値で勝ると言っておったが、追い抜かれぬ様に励むんじゃぞ」


「そっすね。リリムさんってああ見えて割と優秀な人なので、ペーシャも同居人として鼻が高いでっす」


「優秀な人って、ペーシャちゃん嬉しい事言ってくれますねぇ」


 魔法を成功させて自信が付いてきたリリムは得意気に胸を張る。なんとなく気分が良いので前半に『ああ見えて』と、少しだけ毒が漏れていたことは水に流してあげる事にした。


「さて、それじゃあワシはルーゴの所へ行くとするかの」

「あれ、マオステラさんもう行っちゃうんですか?」

「リリムとペーシャが思いの外早く魔法を覚えてくれたからの。じゃからルーゴに分身魔法を教えに行こうと思うてな」


 椅子から下りたマオステラは魔導書はもう必要ないと棚に戻した。そして、振り返ると同時にビシリと指先をリリムとペーシャに突き付ける。


「じゃが、ワシが居ないからと言って魔法の鍛錬を怠るではないぞ! 特にリリムは今回成功させた植物魔法の感覚を、その身に染み付くまで反復するんじゃ。お前はペーシャの言う通り、経験値が足りない事を自覚せよ」


「分かりました、了解です」


 リリムが頷けばマオステラは踵を返して診療所を後にした。見送ったリリムはさっそくとばかりに戸棚からまんじゅうを取り出した。


「ペーシャちゃん、ちょっと休憩にしましょうか」

「あ、ハーマルさんのまんじゅうだ! 大好きでっす!」


 魔法の鍛錬を怠るなと言われたが、ちょっとくらい一服してもバチは当たらないだろう。リリムは台所でお茶を淹れ直す事にした。


「おっ」


 すると窓から外からジト目のこちらを見ているマオステラと目が合う。


 意表を突かれたリリムは窓を開け放ち、マオステラの口にまんじゅうをねじ込む事によって事なきを得た。







 次の日。

 リリムは居間にて魔導書を眺めながら指を振るい続けていた。


 机の上に乗せられた植木鉢には草の新芽が何十本と生えている。これは全てリリムの植物魔法によって生み出された物だ。


 リリムが営む診療所は、ペーシャに暇と言われるくらいにはお客さんが少ない。来たとしてもお年寄りが腰が痛いから診てくれと言ってくるのがほとんどだ。


 普段、何も無い時間は薬の調合をしているのだが、それでも時間は余っているのでリリムはこうして植物魔法の鍛錬に集中する事が出来る。


 時間を贅沢に使って魔法を行使し続けた結果が、草を大量に生やした植木鉢だった。


 お陰で植物魔法には慣れてきたが、リリムには一つ気がかりな事があった。 


「この草、何の植物なんだろう」


 思わず口にしたその疑問に答えは出ていない。


 リリムが使った魔法で生えたこの新芽が、どんな種類の植物なのかリリムも把握していなかった。


 診療所の庭で同じく植物魔法の鍛錬をしているペーシャに聞いてみても、もうちょっと育たないと流石に分からないと言われてしまった。

 

 リリムが植物魔法を覚えようとしたのは、端的に言えば自宅で薬草を採取出来ればと思ってのこと。つまり植物魔法を覚える事自体が目標ではない。


 最終的な目標で言えば、必要な薬草を好きなだけ自宅で採取すること。この目標に辿り着くには、生やす植物の選定が必須となる。


 自分が魔法を使って生やした植物が何なのかすら分からないようでは、目標へのスタートラインにすら立てていないだろう。


 だからリリムは魔導書を読みふけている。


「植物魔法……、植物魔法……」


 リリムが手にしている魔導書にはマオステラが教えてくれた『植物魔法』についての記述は見当たらなかった。もしかすれば、この魔法は彼女独自の魔法なのかも知れない。


 魔法の原理が知れれば、生み出す植物の種類を限定出来るかと思っていたが、事はそう簡単にはいかなさそうだった。


 なのでリリムは一つ実験をしてみる事にした。


「薬草の種を植えたらどうなるかな」


 リリムは戸棚からとある薬草の種を一粒取り出して、植木鉢に入れた土に種を植えつけた。次いで指を振るって植物魔法を使えば、ぴょこんと小さな草が顔を出す。


 魔法は成功した。

 だがリリムの表情は晴れない。


 これは今植えた種が発芽した物ではなく、リリムの植物魔法によって生み出され植物だ。やはり生み出す植物の種類を操るのは一筋縄ではいかないようだ。


 マオステラは植物ではなく木の根を生やして魔物を攻撃していたので、出来そうではあるのだがその方法が分からない。


 可能な限り自分で方法を模索してみたかったが、このまま煮詰めていても時間を無駄にするだけだ。そう判断したリリムは広場へ向かう事にした。


 リリムに『感覚が体に染み付くまで植物魔法を使い続けろ』と言ったマオステラは現在、冒険者に魔法の指南をしているルーゴの元へ行っている。


 マオステラに植物魔法を詳しく聞いてみよう、とリリムは庭に居るペーシャにお留守を頼んで玄関の扉に手を掛ける。


「あれ、ルーゴさん?」


 扉を開けると、散歩でもしていたのか診療所の前を歩いていたルーゴと目が合った。


「この時間に診療所を空けるとは、どうしたんだリリム」


 もの珍しそうにそう言ったルーゴに、リリムはこっちの台詞だと問いを投げ返す。


「ルーゴさんこそ。今日も広場で魔法の講習をしているんじゃないですか?」

「俺は分身だ。本体は広場に居る」


 ややこしいなとリリムは思った。


「そうなんですね。あ、もしかしてエル様の様子を見に来たんですか?」


「いや、たまたま通りかかっただけだ。本体の俺が別の事に集中しながら、どれだけ分身を精密に操れるか実験しているみたいでな。リリムの方はどうしたんだ、出掛ける……にしては随分と軽装だな」


「マオステラさんに教わった魔法が上手くいかなくてですね、それでお話を聞こうと広場に向かおうとしてたんですよ」


「魔法が上手くいかないか。俺で良ければ協力するが」


 『ついでにエルの様子も見たいしな』とルーゴが提案してきたので、リリムはそれを承諾して診療所に戻る事にした。マオステラに答えを聞くのも良いが、やはり自力で道を模索するのも自分の力になる気がしたからだ。


 さっそく居間へとルーゴを通すとリリムは問題の植木鉢をルーゴに見せる。


「雑草が生え散らかっているな。魔法がどうこう言う前に、まずは綺麗にする所から始めた方が良いんじゃないか?」 


「ち、違いますよ、雑草じゃありません。これ全部私の植物魔法で生えた草です。まあ、これがちょっと問題なんですけどね」


 困った様にリリムは植木鉢に生えている草を手の平で示すと、ルーゴは「ほう」と漏らして何やら意味深な反応を見せる。


「一人でやったのか?」

「そうですけど、何か変でしたか?」

「マオステラから魔法を教わったのはつい昨日の事だと聞いていたが、既にここまで結果を出す段階に来ているとは驚いたな。俺の本体は未だ分身魔法に手こずっていると言うのに」


 自嘲気味にルーゴは鼻で笑った。


「それで、問題とは何だ。ここまで植物魔法を使えているんだ、あとは鍛錬次第で大抵の問題は解決出来そうだが」


「確かに魔法の使用自体はそつなくこなす事は出来る様になったんですけ、私としては生み出す植物の種類も自由に操れたらなと思いまして」


 種を植えてみたんです、と続けてリリムは薬草の種をルーゴに見せた。直前の説明でそれは失敗に終わった事を察したルーゴはリリムに一つ提案をする。


「なるほど、それなら召喚魔法を応用してみてはどうだろうか」

「召喚魔法を?」

「お前に召喚魔法を教えた時、どうやってストナウルフを呼び出したか覚えているか? ここまで言えば、リリムならもう分かるだろう」


 以前、リリムは黄色い花を探す為に召喚魔法を教わった。

 その時、魔法陣を使用して召喚対象に条件を課したのだ。


「確かに……、魔法陣を使用すれば出来るかも知れないですね」


 やはりルーゴに相談して正解だったとリリムは笑みを返した。


 


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