59:植物魔法



 リリムは冒険者ギルドの保護下に入っている。何かあれば冒険者達が守ってくれる事になっているのだが、その対価としてギルドに納めなければならないのがロカの丸薬だ。

 

「よし、今日の内職はこれで終わりですね。ではペーシャちゃん、魔法の勉強を始めるとしましょうか」

「あいあいっす!」


 ロカの丸薬を規定個数作り終えたリリムは昨日勉強すると決めた、無から植物を生み出すという『植物魔法』の訓練に取り掛かる。


 講師を勤めるのは精霊マオステラだ。

 マオステラはリリムとペーシャが早く魔法の授業が受けられる様にと、ロカの丸薬作りを手伝ってくれていた。どうも面倒見が良いらしい。


 ちなみにルーゴは村の広場で魔法講習、ティーミアはそのお手伝いに行っているので、昼間の時間はマオステラの授業に欠席となっている。


「や、やっと終わったか、ワシは疲れたでの。これから魔法の授業……、何だか気怠くなってくるの」


「マオステラさんが手伝ってくれるって言ったんじゃないですか。さあさ、さっそく魔法の勉強に入りましょう」


 マオステラが梱包してくれたロカの丸薬の個数を確認し、使用した道具も綺麗に片付けて2階の調薬室を後にする。


「そう言えばマオステラさんって王国の守護神なんですよね? 私達やルーゴさんに魔法を教えてくれるのはありがたいですが、ずっとアーゼマ村に居ても大丈夫なんですか?」


「む、それはどういう意味じゃ」


「このままだとアーゼマ村の守護神になっちゃいますよ」


 1階の居間へと向かう途中、階段を降りる傍らにリリムは問い掛ける。


 マオステラは王国の守護神を自称している。他には精霊だとか、妖精王だとか、大魔術師だとか、色々と称呼する際の肩書が渋滞している彼女だが、このままでは『アーゼマ村の守護神』が追加されてしまうだろう。


「ワシも最初こそ村の様子を見た後、すぐに王都へ発とうと思っていたんじゃがな。せっかくこの世に降り立ったのじゃからの」


 だが状況が変わった、と口にするマオステラは一足先に階段を降りて治療室の扉を開けた。そこに用意されたベッドで今日も変わらずすやすやと寝息を立てているのはエル・クレアだ。


 彼女はロポスと共にアーゼマ村を襲った襲撃犯の一人。

 しかし、エルは二つの魔法を掛けられて行動を何者かに操られていたのだとか。


「王が所有する王盾魔術師が国の民を襲ったのだろう? 色々と厄介な事態が起きているみたいなので、ワシはこの村で様子を見る事にした。シルフ達も気になるからの」


「まだロポスが王盾魔術師と決まった訳ではないですよ。だって徽章を持っていませんでしたからね」


「逆を言えば罪を追及する際、言い逃れする事が出来る。王盾魔術師はその事件に何も関与していないとな」


「むむむ、だとすれば随分とずる賢い手を使いますね」


 マオステラの言う通りならばロポスが徽章を持っていなかった事に納得が付く。ただし、ロポス自身が自分を王盾魔術師と自称していた点については腑に落ちないが。


 ここらへんはルーゴやラァラが調べてくれると言っていたので、彼らに任せておけば何の心配もいらないだろう。


 話も終わって居間へと足を運んだリリムは、薬草を煎じて入れたお茶を人数分用意して椅子に腰を落とす。


 テーブルの上に用意されているのは魔導書と植木鉢だ。

 今回はこれを使って魔法をマオステラに教えて貰う。


「ではこれより植物魔法の授業を始めるでの!」


 意気揚々とマオステラは魔導書を開いた。

 

 開かれたページには魔力のコントロールについてが記述されている。魔法とはすなわち魔力の制御。魔力を自在に操り、火や風といった結果を起こすのだ。


 そこまでをマオステラがおさらいして一つ、リリムとペーシャに問い掛ける。


「お前達は自分が扱う魔法のイメージはちゃんと出来ておるか?」


「ルーゴさんも魔法は想像の世界だと言っていましたね。私にはよく分からなかったのですが、一体どういう意味なんでしょうか」


「ペーシャも分からないでっす」


 隣で椅子に座るペーシャ、彼女はリリムと違って既に風魔法を自在に操る魔術師である。そんなペーシャもリリムと同様で、魔法が想像の世界という意味が分からないらしい。


「魔法を行使し、どういった結果を起こしたいのか。それをきちんとイメージ出来ていなければ、魔法を完璧に操る事は出来ぬ。どれ、物は試しじゃ。本物の植物魔法がどういう物なのか、実際に見せてやろう」


 そう言ってマオステラが柔らかく両手を合わせると、診療所の床に魔法陣が展開された。金色に発光するそれを、リリムはかつて見た事がある。


 聖女リーシャが使用していた『転送魔法』だ。

 唐突な転送魔法の行使に、初見のペーシャがびっくりしている。


「うおお? なんすかこれ?」

「今からお前達を森へ案内する。あそこでないとワシは弱体化してしまうからの」


 マオステラの指が弾かれると、パチンと乾いた音と共にリリム達の視界が暗転した。体が浮遊間に包まれるのも束の間、気付いた時には辺りの景色が一変していた。


 マオス大森林。


 鬱蒼とした木々に覆われる森の中で、ぽっかりと穴が開いたように広がる草原に、リリムとペーシャは転送させられていた。突然外に出たので日光が眩しい。


 転送魔法についてはちょっとしたトラウマがあるので、顔色を青くしたリリムはその場に座り込んでしまう。


 その様子を見てマオステラは酷く狼狽えた様子でこちらへ駆け寄って来る。


「ど、どうしたんじゃ? 転送魔法に害は無い筈なのじゃが」

「いえ……、これは私自身の問題なので気にしないでください」


 体に害が無いとは言うが、リリムの前でペーシャが目を回して草原に横たわっているのは一体どういう事なのだろうか。


 それはさておき、やっとこさ呼吸を整えたリリムはペーシャを起き上がらせてマオステラへと向き直る。話では植物魔法を見せてくれるとのことだが。


「むむむ。新鮮な肉が急に現れたもんで魔物共が興奮しとるな」

「えぇ? ま、魔物が居るんですか?」


 辺りを見回しても草原のどこにも魔物の姿は確認出来ない。木々が生い茂る奥の茂みに目を凝らしても気配すら感じられない。


 けれどもペーシャが冷や汗を流しながら、リリムの背にピタリと張り付いて身を震わせていたので、魔物が居るというのは本当なのだろう。


 彼女は風魔法を操った索敵を得意としている。


 ここがマオス大森林のどこかは知れないが、きっとリリムが今まで足を踏み入れた事がない様な奥地なのだろう。こんなに怯えているペーシャの姿は初めて見る。


「か、囲まれてまっす。じっと、私達を見てるっす」


 リリムも加護を使用して呼び出した微精霊に、辺りに危険な魔物が居るかを確認して貰う。すると微精霊達は一斉に強い光を瞬き始め、全力で危険信号をリリムに送っていた。


「今すぐ帰りましょう」

「ルーゴさんと一緒じゃなきゃ嫌っす!」


 ルーゴと一緒ならどこに連れ回されようとも安心出来るが、リリムはまだマオステラの実力を把握出来ていない。心配でしょうがない。


 そんなリリム達を余所に『安心せい』と快活に笑ってみせたマオステラは地面に手の平を置いた。

 

「ワシがルーゴより劣ると思うてか!」


 マオステラが叫ぶと同時に地面が盛り上がり巨大な木の根が突出した。数にして30は下らない大きな根が、一斉に木々の茂みに向かって触手の様に伸びていく。


「よく見ておけ、これが植物魔法じゃ。ワシの魔力と地中の栄養を素材として木の根を創り出してみた」


「な、何だか良く分からないけどすごいです!」


 アーゼマ村では草の新芽がぴょこんと生える程度だったが、いざマオス大森林へ来てみれば、マオステラはペーシャの話にあった通りで手足の様に根を操っていた。


 マオステラが手を振るえば、木の根は茂みから様子を伺っていた魔物の手足に絡みついた。次いで腕を振り上げると捕えられた魔物はそのまま上空へと連れ去られる。


「木の根を操作するにはまた違った魔法が必要になるが、植物を生やす程度なら植物魔法で十分じゃ」


 植物を生やす植物魔法。

 それを転じて攻撃に用いるのがマオステラという魔術師だ。


 彼女がその手を振るうだけで標的は次々に捕えられていく。

 咥えて簡単に無力化しているその相手どれも、リリムがこれまで目にした事がない魔物達だった。


 黒い毛皮を持つブラックベアとは違い、血の様に赤黒い体毛を持つのはブラッドベアと呼ばれる強力な魔物。


 ブラッドベアはマオステラが生み出した木の根を爪で容易く切り落とし、地表へと降り立つと同時に突進を開始する。


 しかし、標的にされたマオステラは表情を変える事なく指を振るうと、新たに伸びた根にブラッドベアは手足を完全に絡め捕られ、再び身動きを封じられる。


 中には両手に生やした鎌で、木の根を全て切断する蟷螂の魔物も居たが、マオステラが生やした大木が葉を飛ばすと、今度は逆に蟷螂の両手が切り落とされてしまった。


 そこらの冒険者よりも強いシルフのペーシャが怯える魔物。それらをまるで歯牙にも掛けずに追い払ってしまうマオステラ。


 ルーゴとは別方面で強力な魔法を操る魔術師にリリムは瞠目する。隣のペーシャも怯えていた姿は過去の物、今は指を咥えて蹂躙されている魔物達を眺めていた。


「す、すげーマオステラさん。やっぱり神様なんすね」

「やっぱりってどういう事じゃ!」


 ご立腹と頬を膨らませるマオステラが魔法を操り、やがて捕えられた魔物が全て彼方へと放り投げられると草原は静寂を取り戻した。


「この森の主が誰だか思い出したか阿呆共め。まったく、ストナウルフは上下関係をきちんと理解していたと言うのに。やはり犬は良いな、頭が良くて」


 投げ飛ばされる魔物達に吐き捨ててマオステラはリリム達に振り向いた。


「今見せたのが無から植物を生やす魔法じゃ。魔物が居たせいで攻撃的になってしもうたが、自然を豊にする素晴らしい魔法じゃぞ。どうじゃ、これで植物魔法がどういう物か想像しやすくなったじゃろ?」


「すごいですね。私もやってみたいです」


「そうじゃろ、そうじゃろ。じゃあリリムの家へ戻るとしようかの」


 マオス大森林を創るマオステラ程じゃなくとも、魔法で植物を生やす事が出来ればロカの実を入手する手間が省ける。つまりロカの丸薬の調薬に掛かる時間が短縮出来るかも知れない。


 そうでなくとも、魔法を覚えること自体に興味を持っているリリムは期待を胸に、マオステラが展開した帰還用の魔法陣に足を踏み入れた。  

 


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