58:得意属性
ギルドマスターから冒険者の魔法教育を任される程、ルーゴは卓越した魔法の腕を持っている。それは直接、彼から魔法を教わった事のあるリリムにとっても既知の事実だ。
そのルーゴが分身魔法の制御に苦戦するとはリリムも思わなかった。
「私、ルーゴさんって何でも出来るって思ってましたが、やっぱりルーゴさんも人の子って事なんですかね。ちょっと安心してる自分が居ます」
「
「あ、いえ、そういう意味で言った訳じゃないです。はい」
魔法は限られたごく少数の者にしか使えないというのが通説だ。
リリムの周囲にはティーミアやペーシャ、そして魔法講習の場に居た低ランク冒険者達など簡単に魔法を扱う者が多い。
得意な無属性魔法である『召喚魔法』すら満足に習得したとは言えないリリムは、自身には魔法の才があまり無いのではと思っていたが、ルーゴでも魔法に関して難儀する事があるという事実にちょっとした安心感を覚えていた。
それを口にすると、分身魔法に絶賛苦戦中であるルーゴの心中に会心の一撃を与えてしまったようだ。
悄然として肩を落とすルーゴにリリムは謝罪した。
「そう項垂れるな。ルーゴ、いやお前達全員、大魔術師と呼ばれたワシが魔法を教えてやるのだからな。大船に乗ったつもりでいるんじゃ、安心せい」
広場での魔法講習を終えた夜。
ルーゴは再びマオステラに魔法を教わるべく、仕事を終えて暇になったリリムの診療所へと足を運んでいた。
リリムも魔法を教わりたいとマオステラに言ってしまった為、じゃあ診療所で続きをやるかという話になり、リリムはそれを快諾した。
安心せいと胸を張って大見得を切ったマオステラは、リリムが所持していた魔導書をテーブルの上で開く。
「魔法を教えてやると言ったがその前に、リリムは自分で自分の得意属性は理解しておるかの?」
「はい、大丈夫です。ルーゴさんに教わりましたから。無属性ですよ」
無属性。
その名を聞いたマオステラが眉根をピクリとさせる。
「ほうほう、無属性とな。これまた珍しい奴じゃな。聞いて驚け、リリムは生活魔法を得意とした魔術師になれるでの」
「同じ事をルーゴさんに言われましたね」
「そうなのか。……では植物を操る魔法ではなく、リリムには無属性魔法の真髄、高等魔法である召喚魔法を教えてやる事にするか!」
「同じ事をルーゴさんに言われましたね」
「……そうなのか」
得意気だったマオステラの表情に目に見えて影が差す。
マオステラは無属性魔法を聞いて驚けと言うが、リリムは別に魔法に明るい訳ではないので、無属性と聞いてもいまいちピンと来ない。
「生活魔法ってそんなに凄いんですかね」
と、安易な事を口にすればルーゴとマオステラの首がぐるりとこちらを向いた。リリムはビクリと肩を震わせる。
「何を言うリリム。以前、無属性魔法を侮るなと言っただろう」
「そうじゃぞ! この愚か者め!」
「ひ、ひえぇぇ、すみません! すみません!」
怒られてしまったがリリムは別に侮っている訳ではない。
前にもルーゴは無属性魔法である捕縛魔法でストナウルフを簡単に捕えている所を目にしている。そしてお掃除魔法の性質を利用し、村の襲撃者の位置を特定するという荒業も見ているので侮る方が難しいだろう。
「まったく最近の若者はけしからんな」
腕を組んでぷんすかと憤慨した様子のマオステラがリリムから視線を外し、同じく魔法を教わりに来た二人のシルフに指を向けた。
ティーミアとペーシャだ。
ペーシャは診療所でリリムと共に暮らしている為、せっかくだからとこの場に同席している。
ティーミアもまた最近ではエルの看護を請け負ってくれているので診療所に居る事が多く、彼女もせっかくだからとマオステラから魔法を教わる事にしたようだ。
「さて、お前達の得意属性は……まあ風じゃろな」
「ちょっとマオステラ様! せっかくなんだから調べてよ!」
「もしかしたら意外な属性が得意かも知れないっすよ!」
シルフと見て得意属性は風である、と断定したマオステラに二人のシルフは猛抗議。やんややんやと言われてマオステラはやれやれと溜息を溢していた。
「そうは言ってもの。シルフと言えば『風魔法』じゃからな。まあ一応、調べてみるかの」
そう言ってマオステラがルーゴの名を呼ぶと、テーブルの上にルーゴが手の平を置いた。どうやらマオステラは得意属性を調べる事が出来ないらしい。
「まずはティーミアから調べてみようか。俺の手を取ってみろ」
「ちょっと照れるわね」
「なんでだ」
そんな会話を挟んで以前リリムの得意属性を調べた時と同様に、ルーゴはティーミアの得意属性を調べていった。
「やはり『風』だな。だが、僅かに『火』の素質もあるな。やったなティーミア」
「本当!? やったやった!やっぱりね! あたしも自分で魔法の才能はあると思ってたのよ! ルーゴみたいな魔法使ってエルを驚かせてやるんだから!」
得意属性は風、そして火だと聞いたティーミアは胸を張って得意気にふふんと鼻を鳴らす。
それを受け、もしかしたら自分も複数の属性がとペーシャは期待に目を輝かせてルーゴの手を取った。
「私は闇が良いでっす。闇魔法で自分の分身を作ったら楽出来そうっすからね」
「ははは、そうだな。俺もそう思うよ」
分身魔法を使って自分の分身を作る事が出来るのなら、その分生活が楽になるだろう。それに同意したルーゴがペーシャの属性を調べて行くと、途中でルーゴが『む』と低い声を漏らした。
「無いな」
「は」
「無い」
無属性の無、ではなく無いと。
シルフが得意とする風属性すらスルーして出たその言葉にペーシャは口をポカンと開けて目を丸くする。
それを聞いたリリムは何と声を掛けて良いか分からず、得意気にしていたティーミアは申し訳なくなったのか難しそうな顔をして席につく。マオステラはどうしたもんかと頭を掻いていた。
診療所の室内に微妙な空気が流れる。
「え、なんすかこの空気」
どうにか場の空気を整えようとリリムがおろおろしていると、意外にもが沈黙を破ったペーシャの肩に、ポンとルーゴが手を置いた。
「そう気を落とす事もないぞペーシャ。得意が無いと言えば聞こえは悪いが、裏を返せば満遍なく魔法が使えるという事だ。大丈夫、何か教えて欲しい魔法があるのなら俺が手取り足取り教えてやる」
「ルーゴさんッ!」
「あ、あたしも魔法を教えてあげるわよ。と言っても風魔法だけど」
「妖精王様ッ!」
「私は何も教えてあげられませんが、一緒に勉強しましょうね」
「リリムさんッ! うおおおおおお皆優しいでっす! ペーシャ頑張るっす!」
皆の思いやりに目を潤わせたペーシャは魔法に意欲が沸いたのか、意気揚々とマオステラへと向き直った。
ルーゴの話ではペーシャは得意属性が無いものの、一通りの属性を扱える魔術師としての素質があるようだった。それは苦手な属性が無いという事になる。
ある意味で複数の属性を扱えるティーミアより魔法の素質があると言えるだろう。それを理解したペーシャはやる気が沸いて来たようで、リリムはホッと胸を撫で下ろす。
あのままお前は魔法の素質が無いとなっていたらどうしようかと思った。
「なんじゃペーシャ、突然やる気を出したの。良き良き、ワシに何か教えて欲しい魔法があるのかの? 遠慮なく言ってるみるんじゃ」
「マオステラさんってあのマオス大森林を創ったんすよね? ペーシャもやってみたいでっす。満遍なく魔法を使えると言うなら出来そうだと思いまっした」
「えぇ……。そ、それはどうかのぉ」
まさかペーシャ大森林を創りたいと。
どでかい願望をぶつけられたマオステラは露骨に困った表情を浮かべていた。
「なにそれ、それならあたしもティーミア大森林創ってみたいわ」
「あ、私も出来るなら庭に創ってみたいです。それならいつでも薬草採取出来るようになりますからね」
「お前達は何を言うておるんじゃ」
可能な事ならリリムも診療所の庭にリリム大森林を創ってみたい。もしそれが現実となれば言った通りに薬草がいつでも採取可能となるだろう。
今でも庭の植木鉢にてペーシャの手を借り、細々と薬草を育てているがたった二人では育てられる量に限界がある。
「神にでもなるつもりかお前達。リリムには一度言うたが、無から植物を生み出すのは簡単な事ではないのじゃぞ!」
「でもでも、同じシルフのマオステラさんが出来たのなら分からないっすよ」
「あたしもそう思うわ! お願い、教えてよマオステラ様!」
「う、う~む……」
シルフの若者達にせがまれて流石の神様も困り顔に拍車が掛かる。
「ど、どう思うルーゴ」
「何で俺に聞くんだ」
半ば無理やりバトンタッチを受けたルーゴに、シルフ達の期待が込められた目が向けられた。
ルーゴの正体が、変幻自在に魔法を操る魔法剣士と呼ばれたSランク冒険者である事をティーミアとペーシャは知っている。だからここまで期待を込めた目線を送るのだろう。
彼が出来ると言えば出来るに違いないと。
「魔法とは想像の世界だからな。イメージが確かで素質もあるのなら、マオステラまでとは言わないが、出来ない事はないだろう。心の有り様で結果は違ってくるもんだ」
「ど、どういう事っすか! 難しい事言わないで下さいでっす!」
「つまり出来るの? 出来ないの? どっち!?」
「やってみなければ分からない、という意味だ。試してみる価値はある」
そう言ったルーゴに『じゃあやってみよう!』とティーミアとペーシャの言葉が合わさる。
「じゃ、じゃあ私も!」
負けじとリリムも教わる事にした。
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