57:誰にでも苦手な事はある
「さて、それじゃあ俺達はこれでおさらばだ。それじゃね、リリム君」
そう別れを告げてこちらに手を振るったラァラと、アーゼマ村の警備を勤めてくれた冒険者達が迎えの馬車に乗り込んで行く。
アーゼマ村はロポスの襲撃、そして彼が使用した『変化の魔法』によって少数ではあったが犠牲者を出してしまった。
だが、村長を含めた魔法の被害者達は錬金術師ラァラの献身によって、全員が元の姿に戻る事が出来た。
ラァラの助けが無ければ、犠牲者達はそのまま犠牲者となっていただろう。
あれから数日、特に後遺症も無くすっかり元気になった村長と、リリム達アーゼマ村の住民は精一杯の感謝と共に、王都へと帰還する冒険者の一団を見送る。
「ラァラさん、村長達を助けてくれて本当にありがとうございます。なんと感謝を伝えれば良いのか……その、本当に、本当にありがとうございました」
「あはは、全然気にしなくて良いから大丈夫だよ。また何かあったら遠慮なく俺達を頼ってくれ。なにせリリム君はギルドのお抱え薬師なんだからね」
「分かりましたっ。今回のお礼として、ロカの丸薬をいっぱい納品出来るように頑張りますね!」
「おお、いいね。君の薬は評判が良いからそうしてくれるとありがたいな」
楽しみにしているよとラァラがリリムへ柔らかく笑みを浮かべれば、表情をそのままに隣のルーゴへと向き直る。
ルーゴは今回の礼として、ラァラに冒険者ギルドの仕事を手伝う事を約束したと言っていた。ただ、ギルドに行くのはルーゴ本人ではない。
「ルーゴ、君にも期待しているよ。早々に分身魔法を極めてくれる事にね。まあ俺の師匠なんだから心配する必要もないかな?」
「ああ、待っていてくれ。今回の礼はすぐに返すよ」
冒険者ギルドには、魔法で作り出したルーゴの分身が赴く事になっている。
リリムはその話を聞いてアーゼマ村からルーゴが出て行ってしまうのかと、少しだけ心配していたがどうやら杞憂だったらしい。
分身魔法を極める事が出来れば、ルーゴは今まで通りアーゼマ村で用心棒を続けながら、ギルドでも仕事をこなす事が出来るのだとか。
ロポスが分身魔法を使って村中に大発生していた時は身の毛がよだつ思いをしたもんだが、扱う者が違えばこれまた便利な魔法があるもんだなと思えてしまう。
「すぐに返す、か。あはは、頼りにしているよ」
ルーゴの返答に満足と頷いたラァラは踵を返す。その足が向ける馬車には既にリズが乗車していた。
視線に気付いたリズがこちらに会釈したので、リリムも小さく手を振ってそれに返す。彼女はラァラ率いる冒険者達がアラト聖教会に送り届ける事になっている。
戦闘を得意とする冒険者の一団が、王都までの安全を保障してくれるのだ。変化の魔法から解放されたばかりで病み上がりのリズも安心だろう。
「ラァラさん、リズさんをよろしくお願いしますっ!」
馬車に乗り込むラァラの背にリリムが呼び掛ければ、ラァラは任せてくれと親指を立てて返事を戻す。
そして、役目を終えた冒険者達はアーゼマ村を出立した。
〇
ラァラ達はアーゼマ村から去って行った。
とは言え、ギルドマスターラァラからの『ギルドの低ランク達を鍛えてやってくれないか』という依頼は継続中である。
ロポスの襲撃によって色々と慌ただしく、一旦中止となっていたルーゴによる低ランク冒険者達への魔法講習は、いつもの日常を取り戻したアーゼマ村の広場で再開となっていた。
依頼の期間がいつまでなのかリリムは詳しく聞いていないが、広場を長い間冒険者達に占拠されて村の住民達は困っている、といったことは無い。
むしろ低ランクとは言え、腕に覚えのある冒険者達が村に居てくれるのなら、アーゼマ村の住民はそれだけ安心だろう。現にロポスの分身が大発生した時は彼らが対処してくれたのだから。
「ルーゴさん、お弁当持ってきましたよ……、ん?」
お昼の時間帯。
リリムがいつもの様にお弁当を携えて広場へとやって来れば、木陰でルーゴがじっと座り込んでいた。なにやら集中している様子。それとも疲れて寝ているのだろうか。
「もしかしておねむですか?」
「これリリム、今はルーゴに話し掛けるでない」
「え? す、すみません」
ルーゴがここまで隙を晒す姿は珍しいので、ちょっとだけ悪戯心の沸き立ったリリムがちょっかいを掛けようとすると、ルーゴの隣で同じく座り込むマオステラから注意を受けてしまう。
「ワシは今、ルーゴに『分身魔法』の極意を叩き込んでいる最中なんじゃ。悪いが用件があるなら後にしてくれんかの」
どうやらお昼の休憩時間を利用して、ルーゴはマオステラから魔法を教わっているとのこと。
「魔法の極意……っ。ちょっと気になりますね」
巨大なマオス大森林を創り出したと言われる神様が教える魔法の極意。
最近、魔法の勉強をしているリリムが興味津々と姿勢を前のめりにすれば、マオステラが得意気に胸を張ってリリムの前に立った。
「ほほう、気になるか。どうしてもと言うのなら、お前にも魔法を教えてやらん事はないぞ」
「どうしてもと言う訳ではないですが、教えて貰えるのでしたら教えて欲しいかな~って思います」
「なんじゃい、つまらぬ反応じゃ。まあ良いか、教えてやる。そこに座れ」
教えてくれるんだ、とリリムはお弁当を入れた鞄を降ろし、ルーゴと同様に木陰に座り込む。
ただし、長い間診療所を空ける訳にはいかないので、ちょっと手短にお願いしますと伝えれば、マオステラは『ならば簡単な魔法を教えてやる』と手の平を地面へと向ける。
「リリムは薬師をやっておるんじゃったな。では、こう思った事はないかの? 材料となる薬草をこの手で創り出す事が出来たら……と」
「……? いや、材料は採取する物なので、そういう考えは持った事ないですね」
薬を調合するのに必要な材料は、購入するか森で採取するかのどちらかだ。なので魔法を使って創り出そうなどとは思い至らなかった。
もしそんな魔法が存在するのならば、材料費が浮くのでこの上なく家計に優しい魔法だろう。同居人のペーシャにも美味しいご飯を食べさせてあげられる。
「よ~く、見ておれ」
そう言ってマオステラが「ふぬぬぬっ」と突き出した腕に力を込めれば、手の平が向けられた先、その地面から草の新芽がひょこっと顔を出した。
「うわっ」
地味。
感嘆、ではなく、半ば落胆寄りの声がリリムの口から漏れ出る。神様が使用する魔法なので、リリムはもっとこう、広場が薬草に覆い尽くされる様な魔法を想像してしまっていた。
しかし、実際に行使されたのは草がぴょこっと生えた程度である。
ペーシャから聞いた話では、マオステラは森の草木を手足の様に操ったと言っていたのだが、これは一体全体どういう事なのだろうか、とリリムが訝し気な視線をマオステラへと向ける。
「な~んじゃその目は! もしやワシの力を疑っておるんかッ!」
「い、いや、そういう訳では……、ないです。はい」
「そもそも無から草木を生やすというのは命を創り出すと同義じゃぞ。簡単に出来る事ではないんじゃ。それにあの森から離れるとワシは弱体化してしまうからの」
「ああ、それで草がぴょんとしか生えてこなかったんですね」
マオステラの言い分としては弱体化しているとのことだが、それでも何も無い所から草が生えてくるのは、たぶん凄い事なのだろうなとリリムは考える。
この小さな草しか生やす事の出来ない魔法が転じて、思いのまま薬草を生やす魔法となるのなら覚えてみたいと思えてくる。
「でも、私って魔法をあまり使った事がないので、この魔法を使える様になりますかね? ルーゴさんは魔法の才能があるって言ってくれましたけど」
「魔法の才能か。それなら大丈夫じゃ、ルーゴの言葉は正しいでの」
そう言ってマオステラが確かめる様にリリムの胸へ手を当てる。すると手を添えられた胸の奥がぼんやりと暖かくなったのを感じた。
この感覚をリリムは覚えている。
以前、ルーゴが教えてくれた魔力の塊と言うモノだ。
「リリム、お前は魔力が高い。このルーゴよりもな」
「うええッ! ほ、本当ですか!?」
ルーゴよりも魔力が高いと聞いて、リリムは素っ頓狂な声を思わず上げてしまう。それにマオステラはふふんと鼻を鳴らして答えた。
「ワシの言うからには本当じゃ。安心せい、リリムは優秀な魔術師になれる才能があるでな」
そして、マオステラはリリムの耳元へと顔を近付けて、小さく耳打ちする。
「魔物、それもエンプーサは元来そういう生物じゃ」
一瞬、リリムの表情が凍り付く。
バレている。
しかし、リリムから離れたマオステラの表情には笑みが浮かべられており、そこから悪意の様な物は感じられなかった。
そっと口に人差し指を当てたマオステラが不敵に笑う。
「安心せい、口外はせぬ。その様子からして秘密なのじゃろ?」
「は、はぁ……、ありがとうございます」
マオステラの言葉にリリムはほっと胸を撫で降ろす。魔物め覚悟せい、とはならない様で安堵から溜息が出てしまった。
「知っていたのか」
と、座り込んで集中していた筈のルーゴがこちらに顔を向けていた。ルーゴにはマオステラの耳打ちが聞こえていたのだろうか。
「そうじゃな、知っていた」
「ならば誰にも喋らないでくれ。この名を持つ魔物は王都で多額の懸賞金が掛けられているのでな。漏れればリリムに危害が及ぶ」
「だから大丈夫だと言ったじゃろう。この娘はどうやら国にとっても有益な存在みたいじゃからな。ワシからは手出しせん」
わざとらしく手を振るって見せたマオステラは、次いでその手に握り拳を作ってルーゴの脇腹を軽く小突いた。
「じゃがルーゴ、魔法の鍛錬中は集中を解くなと言ったじゃろう」
なにやらご立腹と頬を膨らませて仁王立ち。
まるで子どもに𠮟りつける様にしてマオステラは口を尖らせる。
どうやらリリムとマオステラのやりとりに口を挟んできたルーゴに対し、集中を解いたと憤慨しているようだった。
「鍛錬は既に終えた」
「随分と早いのっ」
マオステラが目を見開くとルーゴが両腕を広げる。その左右に手には禍々しく揺らめく黒い何かが浮かべられていた。
魔法をよく知らないリリムから見ても、ルーゴの手に浮かぶ真黒の物体は闇属性の魔力なのだと感じさせられる。
「もう感覚を掴み始めたか」
「ああ、今から分身魔法を使う。完全か、不完全か……判断してくれマオステラ」
手の平に浮かぶドス黒い魔力の塊。やがてそれが水の様に地面へと滴り落ちれば、それぞれが円を描くようにして広がっていった。
二つの影。
様子を見守っていたリリムの前にルーゴが二人、地に落ちた魔力の塊から這い出て起き上がる。
「う、うわぁ、ルーゴさんが3人……」
呆然と立ち尽くすリリムを余所に、分身魔法を成功させたルーゴ達はマオステラに伺い立てた。
「マオステラ、お前から見てどうだった」
「まだ不完全だろうか」
「俺としては成功したと思うのだが」
「ええい、3人続けて喋るでない! 頭がおかしくなるわ!」
指摘されたルーゴ達がそれぞれ顔を見合わせる。
魔法に関して素人のリリムにはどれが本物のルーゴかは全く分からない。恐らくは成功だろう。今までルーゴが作る分身は一人だけであったが、数を増やす事には成功していた。
「誰かが代表して話さんかい」
「では俺が」
「では俺が」
「では俺が」
3人のルーゴがそれぞれ前に一歩と踏み出した。
これでは誰が代表者なのか分からない。3人各々が代表の意を露わにしている。
「くっ。分身を2体に増やすと制御が効かんな」
「わざわざマオステラに手間を掛けさせていると言うのに不甲斐ない」
「元々、闇属性は不得手だ。当然の結果なのか知れん」
再び3人が続けて口を開く。
その容姿にマオステラは何だか歯痒そうな顔をしていた。
分身魔法の真髄は文字通り自信の分身体を創り出す事にある。ルーゴはその分身を作る事には成功していたのだが、いかんせん数を増やすと制御が効かなくなる様子。
こればかりは属性の得手不得手なのでマオステラも強くは言えない様だ。
「ルーゴさんにも苦手ってあるんですねぇ」
「分身魔法自体は完璧なんじゃがなぁ。ううむ、魔法の才は申し分ないのにもったいないのう」
「す、すまない……」
リリムとマオステラの言葉にルーゴは困った様に兜の上から頬を搔いていた。
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