約束より大切なもの

教え子（Another Ver.）

「はあー、今日も混んだなー！　お疲れさまー」

「お疲れ様です、店長」

「君みたいな有能な薬剤師がいてくれて、本当に助かってるよ。接客もいつも丁寧で、お客さんみんな喜んでる。体調悪い時にドラッグストアで薬剤師さんに的確なアドバイスしてもらえるってのは、利用者からしたらこんな心強いことはないからね。

　車椅子の薬剤師さんいますかって来る人、最近めちゃくちゃ多いんだよ」

「いえ……ただお客様のためにやれることやってるだけですから」

「はは、君らしい答えだな。

　でもさ……時々は、君自身のことも、考えてる？」

「……」

「ほら、もうすぐ春だし。たまには数日休暇でも取って、君自身のための何かを探してみるのも、いいんじゃない？

　忙しい毎日で忘れかけた何かを、ゆっくり思い出してみるとかさ」

「……私自身の何かを、探す……ですか」

「そうだよ。毎日車椅子で店内を動き回る慌ただしさなんか、ぱあっと忘れてさ」

「……忘れかけた、何か……

　なら……

　来月、桜の咲く頃に、1週間ほどおやすみをいただいてもいいでしょうか？」

「お！　素直でいいね！

　君はまだ若いし、とても魅力的だ。朝から晩まで店にこもり切りじゃもったいない。時には大好きな場所にでも出かけて、外の空気を思い切り楽しんできたらいいよ」

「……ありがとうございます。店長」

＊

「……久しぶりだな……

　あれからもう12年経つんだな、ここ卒業して。

　医学部の2年の夏に、交通事故で下半身がダメになって……あの頃は、もう人生なんてどうでもいいと思いかけた。

　けど……ここの思い出があったから、何とか折れずに頑張れたんだな……。

　こうして、校舎の満開の桜見上げると、はっきりそれがわかる。

　卒業式の日に、先生の机にこっそり入れたあの手紙が、挫けそうな自分の心を支えてたんだ……。

　先生。

　約束、守れなくて、済みません。

　夢だった医師には、なれませんでした。——あんなに応援してくれたのに。

　でも、リハビリしながら、薬科大学の試験受け直して、死に物狂いで勉強して、国家試験受けて……今、やっとやり甲斐ある職場に辿り着けました。

　毎日、精一杯頑張ってるよ。

　結局夢は叶わなかったし、今更先生に合わせる顔なんかないけど……ってかもう三十だし、会えても立てないし、先生がまだここにいるかどうかだってわからないんだけどね。はは。

　でも、フェンスの外からこっそり化学教官室の窓を見つめるくらいなら、許されますよね……？」

「——おい！！」

「わっ……す、すみません、怪しい者じゃ……！」

「お前、染谷だろ！——そうだよな！？」　

「……え……ふ、深澤、先生……！？

　なんで、ここに……」

「は！？　なんでじゃねえよ、さっき卒業式終わって暇だから教官室の窓から外見てたら、フェンスの外にお前がいたから全力疾走で来たんだろーが！？　ジジイを走らせるな！

　お前、いつまで俺を待たせんだよ！？」

「……会いに来られるはずないでしょう、先生……

　だって、先生との約束、守れなくて……医師にはなれなかったし、こんな身体になっちゃって……」

「はあ？　約束なんか何ひとつしてねーじゃねえか！　あんな手紙一方的に置いていきやがって！！」

「……」

「お前がここに来たら、どんな顔で迎えようか、なんて言おうかって……この12年間、俺がどんな気持ちで一日一日過ごしてきたか、わかるか？

　——お前が医師かとか、身体がどうだとか、んなもんどうだっていいんだ。

　俺は、ずーっとあの窓で待ってたんだよ、お前を」

「……ちょっ……！

　せ、先生……腕、きつい……！　そ、それに、高校生たちみんな見てるし……！」

「うるせえ、黙って抱き締められろ！　12年分だからな、覚悟しろよ」

「————先生。

　先生の匂い、少しも変わらない。

　相変わらず、タバコ臭い。

　ますますおっさんになったけどね」

「……そう言うお前もな」