教え子

「はあー、今日も混んだなー! お疲れさまー」

「お疲れ様です、店長」

「君みたいな有能な薬剤師がいてくれて、本当に助かってるよ。接客もいつも丁寧で、お客さんみんな喜んでる。体調悪い時にドラッグストアで薬剤師さんに的確なアドバイスしてもらえるってのは、利用者からしたらこんな心強いことはないからね。

 車椅子の薬剤師さんいますかって来る人、最近めちゃくちゃ多いんだよ」

「いえ……ただお客様のためにやれることやってるだけですから」

「はは、君らしい答えだな。

 でもさ……時々は、君自身のことも、考えてる?」

「……」

「ほら、もうすぐ春だし。たまには数日休暇でも取って、君自身のための何かを探してみるのも、いいんじゃない?

 忙しい毎日で忘れかけた何かを、ゆっくり思い出してみるとかさ」


「……私自身の何かを、探す……ですか」

「そうだよ。毎日車椅子で店内を動き回る慌ただしさなんか、ぱあっと忘れてさ」


「……忘れかけた、何か……

 なら……

 来月、桜の咲く頃に、1週間ほどおやすみをいただいてもいいでしょうか?」

「お! 素直でいいね!

 君はまだ若くて綺麗なんだから、大好きな場所にでも出かけて外の空気を思い切り吸い込んできたらいいよ」

「……ありがとうございます。店長」





「……はあ、久しぶりだな……

 あれからもう12年なんだな、ここ卒業して。


 医学部の2年の夏に、交通事故で下半身がダメになって……あの頃は、もう人生なんてどうでもいいと思いかけた。

 けど、ここの思い出があったから、私、頑張れたんだな……。


 こうして、校舎の満開の桜見ると、はっきりそれがわかる。

 卒業式の日に、先生の机にこっそり入れたあの手紙が、私の挫けそうな心を支えてたんだ……。


 先生。

 私、先生との約束、守れなかったよ。

 医師にはなれなかった。

 でも、リハビリしながら、薬科大学の試験受け直して、死に物狂いで勉強して、国家試験受けて……今、やっとやり甲斐ある職場に辿り着けたの。毎日精一杯頑張ってるよ。


 結局夢は叶わなかったし、今更先生に合わせる顔なんかないけど……ってか私も三十だし、もう立てないし、先生がまだここにいるかどうかだってわからないんだけどね。あはは。

 でも、フェンスの外からこっそり化学教官室の窓を見つめるくらいなら、許されるよね……?」


「——おい!!」

「きゃっ……す、すみません、怪しい者じゃ……!」

「お前、染谷だろ!——そうだよな!?」 

「……え……ふ、深澤、先生……!?

 なんで、ここに……」

「は!? なんでじゃねえよ、さっき卒業式終わって暇だから教官室の窓から外見てたら、フェンスの外にお前がいたから全力疾走で来たんだろーが!? ジジイを走らせるな!

 お前、いつまで俺を待たせんだよ!?」


「……だって、会いに来られるはずないでしょう、先生……

 私、先生との約束、守れなかったんだから……医師にはなれなかったし、こんな身体になっちゃったし……」

「はあ? 約束なんか何ひとつしてねーじゃねえか! あんな手紙一方的に置いていきやがって!!」

「……」


「お前が医師かとか、身体がどうだとか、んなもんどうだっていいんだ。

 俺は、ずーっとあの窓で待ってたんだよ、お前を」

「……きゃっ……!

 せ、先生……腕、きつい……! そ、それに、高校生たちみんな見てるし……!」

「うるせえ、黙って抱きしめられろ! 12年分だからな、覚悟しろよ!」


「————先生。

 先生の匂い、変わらない。

 相変わらず、タバコ臭い。

 ますますおっさんになったけどね」


「……お前も、昔と少しも変わらない。

 口が悪い割に泣き虫な女の子だ」



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