第三十九話 戦闘開始


 パチリと目を開けば、少し疲れた女の顔が間近にあった。目が合った瞬間、飛び跳ねるように彼女は後ろにのけぞる。

 苦笑しながら白戸しろとは体を起こし、前髪をかき上げた。


「心配してくれていたのか」

「……だって遅いから」


 気恥しそうに腕を組んで、無精髭の男の視線から目を逸らす。


「とりあえずは一旦脱出できれば良いと考えていたが、この際、将来の憂いはここで絶つべきかもしれない。なかなか良い顔ぶれがこの場に揃ったようだ。ところで剣持けんもちは家で仕事の話はしていたか?」

「いいえ。彼は仕事を家庭に持ち込まないもの。陰陽師だなんて言ってたけど、オカルトじみた事も一切見せないし」

「やはり、君の相手は剣持けんもちこそ相応しいんだな」

「今更、何よ」


 自分に未練でもあったのかと問うと藪蛇になりそうで、彼女は口をつぐむ。

 会話が途切れた一瞬の静寂は、どやどやと複数人の男達の足音で早々に破られた。荒々しく鍵を開ける音に続き、乱暴に扉が開く。


「ココニハイッテ、オトナシクシテロ」


 片言の日本語と共に、首の後ろを猫のようにつかみ上げられていた幼い子供が二人、部屋に投げ込まれた。着地はしたもののよたよたとよろめいた少年を、女は慌てて抱き留める。


「ちょっと、こんな小さな子供になんて乱暴を!」


 そんな抗議に一切耳を貸さず、無言で扉は閉められ施錠の音が続いた。

 子供姿の二人を見て、白戸しろとはくつくつと愉快そうに笑う。


「おまえたちも来たのか」

「来ちゃった」

「役者がそろったな」


 楽し気な笑顔は、不敵な笑みへと変化する。


* * *


 自分が鏡姫ではないと知られたらどうなるだろう。なんとなくだが、死体のひとつふたつ。いや、そこそこ量産することをいとわない相手のように思う。

 加賀見かがみは手のひらの上で存在感を増す、緑の小箱をどうすべきかという問題も抱えていた。

 徐福じょふくは先ほどから鏡姫としての力を見せろと圧をかけて来る。


「まさか国の保護を受けていたおまえが、偽物というわけではあるまい」


 少女の髪をひと房摘まみ上げると、演技じみた仕草で口づけを落とした。神経が通っているわけではないが、ぞわっと寒気がした。顔にまで鳥肌が立つ。

 

「偽物なら偽物で、別の使い出はありそうだが」


 頭頂部から足先まで、舐めるように何度も視線が往復しているのを見れば、どういう用途を想定しているのか容易に想像がつく。自分の身の安全のためにも、鏡姫であるアピールは必要であろう。

 そしてこの緑の箱を、この男に返してはいけないと思った。気が遠くなるほど長い年月を使わずに耐えて来た男だが、何かの拍子にキレ散らかして「世界の死を願う」なんて無茶な願いをかけられてはたまらない。

 だいたいこの箱の神粒しんりゅうで、どの規模の願いが叶うのか予想できずにいる。


 父の資料を読みあさって得た知識を総合すると、叶う願いは”生物に関わるもの”のように思う。神粒しんりゅう自体が意志に応じて振る舞いを変えるとはいえ、億万長者になりたいという漠然とした願いが叶うとは思えなかった。叶うとしたら徐福じょふくが望んだ不老不死や理想のビジュアルを得る事であろう。

 強靭な肉体や冴えわたる頭脳なども、願えば叶いそうだ。


 普段の「夢が叶う」「望みが実現する」を見ても、漠然と「サッカー選手として大成しチヤホヤされる」のを望んでも叶う事はなく、「どんな体勢でもシュートが打てる体幹が欲しい」や「ボールのキープ力が欲しい」というような具体性があり、己の身体に対してどうなりたいか願う方が実現する。

 なのでこのままこの男が「自分以外の人類は滅亡しろ」と願いっても、それはおそらく叶わない。だが「今ここにあるウィルスはすべて、自分以外の人間を死に至らしめるようになれ」などと願えばどうだろう。強力に圧縮されて存在する神粒しんりゅうなら、小さなウィルスの挙動を容易に変えるだろう。

 それを考えると、この小箱は絶対に返してはいけないと思った。


「……わかったわ」

「ほう」

「新しく作るのは今の私には無理。でも元の”三回願いを叶える”に戻す事は出来るかも。二回分の神粒しんりゅうを補充する。これには三回分しか入らないから」

「やってくれるか!」

「それには集中する必要があるの。祠に篭るがごとく一人になりたい。あと必要なものがあるわ」

「何かな」

「ここに来る時、あなたの部下が拾って来た打掛があるはず。それが欲しい。衣装も集中には大事なの。儀式に舞も必要になるし」

「なるほど」


 男は胸元のペン状の物に触れながら部下に指示を出す。数分も経たずして、紙袋をさげた男が入って来た。


『持ってきましたが、これは銃撃を浴びてボロボロに』

『構わぬ、姫の所望品だ』


 少女は堂々と男から紙袋を受け取ると、出来る限り優雅な仕草で打掛を取り出す。するとズタボロになっていたはずの打掛は、繕った痕跡もなく元の姿を取り戻していた。


『!?』

『どうした』

『あの着物、本当にボロ切れのようになっていたのです』

『……これも鏡姫の力の一つか』


 感心しきった表情の二人の男を前に涼しい顔をしていた加賀見かがみであったが、よく表情を変えずにいられたと自分をほめるぐらい、動揺していた。


――えーー! なんで元に戻ってるの!?


 しかしこれから実行する作戦に、綺麗な状態の打掛であるのはありがたい。

 さらには袖の隙間から、彼女にだけ見えるように白い指が出て、元気いっぱいのVサインを見せつけてきたのだ。


* * *


 古賀こが拓磨たくまの正面に立ってカメラに背を向けていた。大きな肩幅に遮られ、小柄な少年の姿はカメラからほぼ隠される。ぱっと見た感じ、古賀こが拓磨たくまをいわゆる壁ドンしてる状態になっており、監視役は思わずカメラの映像に釘付けになった。


『どうした』

『こっちのガキ共に動きが』

『何をやっているんだ?』


 二人の少年が何をやっているのかよくわからないが、何故だかとても不穏な様子に見えた。


『おいおいまさか、はじめようってんじゃないだろうな』


 その言葉を放った男は「喧嘩でも」のつもりであったが、もう一人の男の方はいかがわしい方を想像してしまった。ついつい食い入るように見てしまう。


『何をやっているかよく見えないな……』

『もう少し明るい部屋にしておくべきだったか』


 などと言いながら、監視役二人が画面にくぎ付けだ。

 そしてどちらかというと、後者の男の想像の方では? という雰囲気に見えた瞬間、バチリと画面は真っ暗になった。


『なんだ!?』

『くそ、いいところだったのに』

『何を言ってるんだおまえ』

『い、いや』

『カメラに何かあったみたいだ。部屋に行こう』


 電子キーのカードをつかみ取ると、監視モニターの部屋を二人の男は飛び出した。

 ほどなくして、少年二人を閉じ込めた部屋の前に来る。部屋の前のパイプ椅子に一人、退屈そうに座っている男がいた。こちらに気づく。


『どうした?』

『カメラの故障のようだ。チェックしたい』

『あんな姿だが、あのバーサーカーだぞ。気をつけろよ』


 そう見張りの男に言われて、二人はハッとした。無害そうな高校生男子二人だが、そのうち一人は危険な力の持ち主という事で拉致したのであった。

 見張りの男は無言で銃を抜く。残る男も慌てて銃を準備した。


『開けるぞ』


 三人は頷き合い、一人が電子キーでロックを解除すると、ゆっくりとドアノブに手をかける。

 その瞬間、扉の前にいた男は突然勢いよく開いたドアに吹っ飛ばされて、後ろに倒れこんだ。

 扉に体当たりして開けた大柄な少年と見張りの男の目が合ったが、続け様に光線に目を焼かれた記憶を最後に昏倒、残る男が古賀こがに続けて飛び出してきた拓磨たくまに銃口を向けるが、鋭い古賀こがの手刀で叩き落され、続けて小柄な少年の手にあった近未来なデザインの銃から放たれた光線に貫かれ、何が起こったのか把握する前に意識を失った。数秒の出来事であった。

 少年二人は頷き合うと、無言で倒れて気絶した男三人を部屋の中に引きずり入れ、扉に鍵をかける。


 白戸の紙兵の地図を光にかざし、彫り込まれたラインを確認して次の目的を定め、少年二人は走り出した。


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ひもす鳥使いと明鏡の共鳴 MACK @cyocorune

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