第三十八話 救い手は


 建物のかたわらの茂みで、白い頭が出たり入ったりを繰り返していた。カサッと葉の音を立てて頭を出して周囲をうかがって、ズバッと茂みに戻る。

 そんなことを何度も繰り返していたのだが、再度頭を出した瞬間にドコッと脳天に衝撃を感じた。


『あんた何やってんのよ!』


 大きめの黒い鴉が白い鴉の頭を出した瞬間にモグラたたきの勢いでどついたらしい。驚いて慌てふためく叢雲むらくもを茂みの奥に押し込んで、ヤタもよっこらしょと足を上げて枝を避けて茂みに入って来る。


『で、何してんのあんた』


 鳥の言葉で話しかけているせいか、叢雲むらくもはチンプンカンプンな様子で頭に?マークを飛ばしまくっている。


『あー……もう面倒くさい子ねえ。鴉のくせに鳥の言葉がわからないなんて』


 ヤタは白い鳥の胸にかかっている翡翠の勾玉を見ると、ジェスチャーでこちらに寄越せと示した。おずおずと頭を下げて、首から勾玉のついた紐を落とす。地面に置かれたそれをヤタは躊躇せずにパクリと嘴で挟むと、「硬ったぁ!」と言いながらものすごく不機嫌なオーラを漂わせてガリバキボキゴリと地獄の悪鬼が骨を叩き潰す音を立てて石を噛み砕き、そのまま飲み込んだ。叢雲むらくもは悪魔を見たようにちょっと怖くなって、三歩ほど後ろに下がった。

 黒い鳥が輝きを放ち、あっという間に少女の形に変化する。拓磨たくまの影響がないせいか、いつものセーラー服ではなく巫女装束。神粒しんりゅうが足りないので、小学四年生ぐらいの年頃だ。

 彼女は体を伸ばして逃げていた白い鴉の首をむんずと掴むと、容赦なく口づけをした。叢雲むらくもは多少暴れたが、押し込まれた神粒しんりゅうであっという間に幼い少年の姿になる。以前よりさらに幼く、幼稚園児のような姿で頼りない。


「で? どうなったの。父は?」

「あのね、連れていかれちゃった。ぼくは隠れてろって」

「で、隠れてただけなんだ」

「うん……」

「ざっと見てまわったけど、出入り口ってあそこしかなさそうなのよね。明かり取りの窓ぐらいあればいいのに」


 通風孔の類はあったが換気扇が備えられていて、そこからの侵入は厳しそうだった。顎に手をやる”考える人”のポーズでしばし頭をひねっていたが、これといって良いアイデアは閃かない。


「まあ何とかなるか!」


 見た目通りの十歳の子供らしい謎のポジティブさでぐいっと叢雲むらくもの小さな手を握ると、茂みの外に飛び出した。幼い少年が「あわわ」と慌てる声をたてたが構わず、少女は大きな扉の前に立つ。颯爽と頭の位置と同じ場所の取っ手に手をかけると、ぐいぐい引っ張りはじめた。


「よいしょよいしょ。ほらあんたも手伝いなさい」

「えーー開けるの!?」

「開けないとは入れないでしょ」


 それはそうだけど……といろいろ言いたい事もあったけど、大人しく従う。


「これ、引き戸だと思う」

「それを早く言いなさいよ」


 開け方が正解でも、幼い子供の力では重い鉄の扉はびくともしない。

 子供二人がぎゃいぎゃい騒いでいれば、当然気づかれる。突然開いた扉に、ヤタと叢雲むらくもはよろめいて転んだ。


『なんだ、このガキ共は』

『どうして今日はこんなに侵入者が。風水師は仕事をさぼっているのか?』

『……鈴の事といい、何が起きてるのか。これはボスの指示を仰がねばなるまい』

『このガキ共はどうする?』


 屈強な黒服の男が、二人の子供の首の後ろを猫のようにつかみ上げた。


『迷い込んだとして、親が捜しに来たら面倒だ。これもあの化け物の餌ぐらいにはなるんじゃないか?』

『さっき男一人を飲み込んだらしいが、まだ食う余地はあるだろうか』

『腹が減ったら食うだろ』


 こうしてヤタの狙い通り(?)、二人は建物の中に侵入することに成功した。


* * *


大磯おおいそ、大丈夫か?」

「はい、先輩」


 二人は加賀見かがみから引き離され、ベッドが一つだけの小部屋に閉じ込められていた。明かりもなくて、扉についた小さな小窓から廊下の光が漏れてくるだけだ。


「すみません、僕が向こう見ずな行動をしたから」

「ついて来たのは俺の勝手だから。具合はどうだ」

「大丈夫です、ここは不思議と落ち着く気も……」

「そうか」


 ほっと息を吐くと、古賀こがは扉の前に立つ。気配や音に意識を集中してみれば、扉の横に一人はいそうな気がする。ドアノブに手を触れて、ゆっくりとまわしてみたが、当然施錠されていた。


「さてどうするか」


 鍵のかかった小部屋にベッドが一つ。ほにゃららをしないと出られない部屋だったらどうしようなどとジョークを飛ばしてみようかと思ったが、さすがにおちゃらける雰囲気ではなさそうだ。

 他に何もない部屋かと思ったが、見上げればカメラがついている事に気づく。


「監視カメラがある」


 叩き壊せるような高さでもない。


「先輩、僕、あれを壊してみましょうか」

「壊せるか? そのあとどうするつもりだ」

「カメラが壊れたら、様子を見に扉を開けるのではないでしょうか」

「……そうだな」


 先ほど前の弱弱しさが嘘のように、拓磨たくまは完全にいつもの落ち着きを取り戻していた。メンタル的には危うい所はあるが、落ち着いていればあの実力だ。


「屋内が主戦場のFPSも、僕、得意です」


 ゲームが得意だと宣言されても、鈴城のような男が相手なら鼻で笑う所だが拓磨たくまは違う。ゲームと全く同じ動きが出来、ステージクリアという結果を出す事が出来るのだから。むしろ現実ではないという意識で行動させた方が、学校でのようなピンチになりにくい。ここにはほぼ、敵しかいないから、ゲームのつもりで派手にやってもらうぐらいがいいだろう。加賀見かがみもあの扱いを見るに、危害が加えられる可能性も低そうだった。彼女は何故かわからないが、敵にとって必要な鍵の一つのようだったから。


「チゥ」

「ん?」


 聞きなれない鳴き声のような音がして、古賀こがは周囲を改めて見る。

 目の端を小さな白い生き物が走った気がした。床を見れば紙きれが一枚落ちていたので拾い上げる。


「何かあるのかと思ったが、ゴミだった」


 そう言って拓磨たくまに渡して来たが、その目配せはカメラを意識しての発言であることを示していた。


「僕はゴミ箱じゃないですよ」


 などと笑いながら受け取るが、明らかにそれは見慣れた白戸しろとの紙兵だ。爪でひっかいたようにいくつもの線が凹んでついている。ここまでの通路を思い出せば、それは地図で間違いない。マップの有無は攻略において重要な要素になる。

 そして白戸しろともここにいる、という事は少年らを勇気づけた。


 二人は頷きあうと早速計画を実行する事にした。


* * *


 加賀見かがみは手のひらの玉手箱をどうすることもできず、ただ手にしたまま目の前の男をにらみつけ続けている。


「私に何をしろというの?」

「それを作ったのは君だろう?」

「!?」

「願いが三回までというのは、どうにもけち臭い。もうすでに二回分を使ってしまった。君の力で元の三回まで戻すか、新たな玉手箱を作って欲しい」


 少女はぎゅっと眉を寄せるが、構わず徐福じょふくは話続ける。よくまわる舌である。

 

「この玉手箱を守っていた一族の事を後から調べるのは骨が折れたが、日本がまだ縄文の時代から太陽を主神としてあがめていたらしい。その太陽の力を集める器が鏡姫、君だった。なぜ今そんな女子高生の姿でいるのか知らないが、この国の国家機関が君を護衛していたところみるに真実なのであろう」

「今の私に、そんな力なんてないわ」


 そもそも鏡姫であるという事自体、ただの自分の思い込みだった。本物はおそらく拓磨たくまかもしれない事は剣持けんもちから聞いた。

 彼を守るために、あれからも鏡姫のふりをしそう扱い続けてもらっていたのだから。そしてそれを、今こそアピールしなければならない。


「昔はみんな太陽をあがめる事で私に力を与えてくれていたけど、八百万の神の存在を信じるようになり、仏教も入ってきたし、海外のあらゆる宗教に触れる時代になって、意識が分散されたのね。太陽を祀る神社も多数あるけど、もう鏡姫自体を信心している人なんてほとんどいないわ」


 神粒しんりゅうを集めれば集めるほど効果が出るなら、神の力もそうであろう。適当な思いつきで語ってみたが、自分的にはいい線をいってると少女は思ったし、徐福じょふくもそれを聞いて苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「手に入れた力を失うパターンもあるのか……」


 独り言のように呟き、気を取り直したように前を向く。


「確かにあの一族も、現代ではもう鏡姫を祀ってはいないな。龍への貢ぎ物を失って、以降は龍そのものを祀っているようだった。玉手箱を守っていた過去の一族の時代を誇るためなのか、いにしえをよろこぶ名を持っているようだが」


――いにしえを、よろこぶ名……?


 少女の頭はフル回転をし、思い浮かぶ漢字を組み合わせまくり、閃いたその名は。


「古賀……」


 龍神を祀る神社の跡取り息子。

 自分の恋路のお邪魔虫が脳裏をよぎる。


 もし彼がそうなら、古賀こががやたらと拓磨たくまの傍にいて彼を守ろうとする理由がわかる。かつて信心していた神への思慕は子々孫々にDNAに刻まれて受け継がれていてもおかしくない。



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