第2話 影野太郎死す!
「……いつからそこに居たのっていうか聞いてたってことだよね?」
「いや、えー、そ、そうですかね〜。いやはや、あはは」
テンパりすぎだろ俺。
どうすれば、この状況を打開できる……考えろ。
まずは、冷静になることだ。
「動揺するにしてもそんなにわかりやすいとわざとらしいわね」
「え、あ、……すみません」
「盗み聞きはよくないなぁ影野くん」
「いや本当にそういうつもりはなくて、たまたま教室に居たら、たまたま結城さんが入ってきて、たまたま独り言を……」
「たまたまねえ……それにしても影が薄すぎてほんとに気づかないことってあるんだね」
「そ、そうだね」
「変な髪型に地味なメガネに、だっさい着こなし……そりゃ気づかないか」
めちゃくちゃ辛辣。
しかしながら、当然のように声はいつものお淑やかモードに戻っている。
お淑やかに悪魔の囁きをしているのだ。
「ねえ、影野くん。交換条件といこうか」
「交換条件……?」
まさか、俺にも退学を迫るつもりなんじゃ……!
「君はこの件を死ぬまで絶対に口外しないこと。その代わり、何かひとつだけ願いを叶えてあげる。私ができる範囲でね」
え……? そんなことでいいのか?
むしろ、こちらにメリットが多いような気がする。
願いを叶えてくれる……ね。
「わかった。絶対に誰かに言いふらしたりはしない」
「そう。じゃあ、望みを言ってごらん? 何が欲しいの私のカ・ラ・ダ?」
「——ッ?!」
何言ってんだコイツ‼︎ 卑猥だな!
俺以外にそんな発言してたら、すぐに襲われてもおかしくないぞ。
「あら。そんなに照れちゃって。影野くんって私のこと大好きなの? ねえ、どこが好きなんでちゅか」
うわ。急に面倒くさくなってきた。自分の置かれてる立場わかってないだろ。
「ごめん。結城さんには興味ないや……」
「——は? きっしょ」
え、こっわ。
結城さんが実はこんな人だと知ったら、学園の生徒たちはどう思うのだろうか。
アイドルが実は魔王だったと知ったときの彼らのメンタルが心配だから、口が滑っても言えねえよ。
「あのさ、このことは誰にも口外しないってことで終わりじゃダメかな? 望みとかどうでもいいしさ」
「——はぁはぁ……ひ、ひどい! 私にこんなことしておいて、脅すつもりなの?」
ん? なんだ〜?
日本語通じてないのかな。
しかもなんか急に吐息とかあげて、芝居っぽくなったし。なんか茶番始まったな。
「何言ってるのか全然わからない。もう誰にも言わないからお願い、これで解散ってことで」
こんなことに長々と付き合うのはまっぴらごめんだ。
はやく逃げだしたい。
こうしてる間にも誰かが登校してくるリスクがある、どんな誤解を生むかわからないし、状況を悪化させないためにも一旦、トイレに避難しよう。
さっそく椅子から立ち上がると、俺は教室を出ようとするが、
「そ、そんなぁ、待って!」
結城さんは俺の腕を掴んで、まるで月9の負けヒロインのように迫真の演技で叫ぶと、次の瞬間に彼女はスマホを地面に投げつけた。
「——きゃあ!」
自分で思いっきり投げつけておいて、けたたましく悲鳴をあげる彼女。
これには流石に俺も同情してしまう。
彼女はこれまで誰にもバレることなく完璧に学園のアイドルキャラをずっと演じていた。
男女問わず、学年問わず、支持され羨望の眼差しの対象だった。
おそらくそのまま卒業して綺麗に偽りの姿で幕を下ろすつもりだったのだろう。
それなのに、ひょんなことで俺に本性がバレてしまった。
しかも、スクールカースト的にも真逆に位置するこの俺にだ。
そんなの彼女のプライドが許すはずがない。
たった数分の出来事で、彼女は壊れてしまった。
投げつけられてバキバキに割れたスマホのように。
気が動転してしまうのは必然だろう。
ここは男として俺がなんとかするしかないか。
「結城さん。大丈夫だよ。とりあえず深呼吸しよう。さあ、息を深く吸って」
彼女は地面を見つめたまま無反応だ。
もはや言葉など聞こえていないのかもしれない。
すると、掴んでいた俺の腕を離して、ゆっくりと彼女は動きだし、バキバキに割れたスマホを大事そうに拾い上げた。
「——は〜い。これで影野くんはおしまい」
先程までの茶番。ではなく、迫真の演技とは異なって、乾いた暗い声音で呟く。
これは演技でもなんでもない、素の声だろう。
俺はそんな彼女に困惑して、事を理解するのに時間を要した。
彼女のスマホは割れたものの無事だったようで、画面にうっすらと映し出された赤く丸いボタンを見て、やっと察することができた。
「そういうことかよ……」
「やっと気づいたの? 君の言動は録音してる。かつ私はそれを上手く利用して被害者を演じ切った。誰かがこれを聴いたらどう思うかわかる? 君は私を襲って、かつ脅迫をした罪人。最後の最後に逃げようとするあなたを捕まえて、突き飛ばされた挙句、スマホも壊れてしまった。——もう逃げられないよ」
ありもしない空想劇に真実味を帯びさせるために、スマホを割って、悲鳴を挙げたのか。
完全にしてやられた。
彼女の突如として始まった茶番は俺をハメるための罠だったということだ。
「本当の私を知ってる人物なんて許せるはずがないもの。然るべきときにこの音声データは公表する。それまでは、私の奴隷としてこき使うからよろしくね。影野くん♡」
不敵な笑みを浮かべで唇を舐める彼女。
「え……」
「これから、私と話すときは敬語ね。あと、結城様って呼んでもらおうかな」
「……わかりました。結城様」
ここは彼女の神経を逆撫でしないためにも、争わずに従うことにする。
なんとも、面倒なことに巻き込まれたものだ。
「手始めに、全裸になって屋上で私に告白してみてよ」
……最低だ。
……最悪だ。
全身の力を抜いて俺は地面に膝をつく。
「あら、絶望してるの? 私の本性を知ったときよりもショックを受けるなんて生意気な奴隷ね。ほら、はやく屋上に」
ああ。本当に最低最悪だ……。
「わ、わかりました……。じゃ、じゃあせめて結城様も屋上に」
「はあ? 奴隷の分際で指図する気? まあ、いいけどね。近くで見た方が面白いだろうし」
こんなどうしようもない最底辺のシナリオになるくらいなら、今日は学園を休めばよかった。
だって、
結城りさがこの程度の人物だったなんて、期待はずれも甚だしいからだ。
演じてるうちはダメなんだよ。自分を騙すくらいじゃないとな。
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