第4話 影野太郎は動じない
「まさか、こんな形で屋上に来ることになるなんて思わなかったなぁ……」
言いながら、立ち入り禁止のため塞がれている屋上の入り口の鎖を解く。——結城りさ。彼女はいい意味でいかれているのかもしれない。
ミシミシという軋みと同時に扉がゆっくりと開く。
「おー。なんかワクワクするなあ屋上! 最高〜! 眺めもいい」
何故だか彼女は屋上に踏み込んだ途端、子供のようにはしゃいでいる。
教室での狂気じみた態度はそこにはなく、純粋に楽しそうにしている。
「結城様、あまりはしゃぐと危ないですよ」
「うるさいわね。わかってるっての」
別に、彼女が楽しいのであればそれはそれでいいのだが。
なんだかむず痒い感じがする。
「ねえ影野君、あっちの方すごくない? あんなに綺麗な桜が近所にあったなんて知らなかったよ」
指を差しながら、笑顔で喋る彼女。
「本当だ。すごく綺麗ですね」
「でしょ! でも私の方が綺麗でしょ?」
「そ、そうですね」
「ん〜もう! ちゃんと結城様の方が綺麗ですよって口にしなさい!」
「結城様の方がとても綺麗ですよ」
「よろしい」
ん?
なんだこの状況は。
少し前に、結城さんの奴隷にされた俺は、屋上で全裸になり彼女に告白をすることを強要されたのだが。
いつの間にか、普通に平和が広がっているんだが。
自分で出した命令をまさか、忘れてしまったのだろうか。
そうだとすると、願ったり叶ったりなんだが。
それに、あんなに狂気を感じたはずの相手なのに今の結城さんを見ていると惑わされてしまう。
何が魔王だよ。
やっぱり学園のアイドルだよ!(単細胞)
「——よ〜し! じゃあそろそろ全裸になろっか」
——あ。
すっごくあっさり言われた。
恐怖こそないけど、さも、あたりまえかのように言われた。
ちゃんと覚えてたんだなぁ。
これ、どうしたらいいんだ俺は。
本当に脱ぐのか?
いや、脱ぐしかないだろ。
というより、俺はもとより脱ぐ気満々だったんだ(変態)
しかしながら、教室での結城さんと違って、今の結城さんには邪悪さを感じない。
それどころか、演技ではなく本当に楽しそうにしている。
あんな悪魔、いや魔王のようなオーラを放っていた人間が、狂気じみた行動をした人間がこうも変わるだろうか。
だから俺は、躊躇してしまっている。
俺がすべきことはこれであっているのだろうか。
仮面を外すときは今ではないのではないだろうか。
だけど、状況を打破するためには……。
少しだけ脱ぐか——仮の姿を。
「結城さんって、男の裸に耐性ある感じ? モテるだろうし、恋愛経験も豊富とか?」
急に態度を変えた俺に、呆気を取られたように一瞬、固まる彼女。
やがて、先程までの笑顔は消えて、真剣な表情に変わる。
「急にどうしたの影野君。敬語はどうしたの? 奴隷でしょ……!」
「ごめん。そういうのいいからさ。帰ってもいいかな」
声を低くして、冷たく突き放す。
あくまでも自分の立場は対等であると態度で示す。
「何よ。影野の分際で、私の方が容姿もいいし、成績もいいし、人望だってある!」
「——だから何? 関係ないよね」
付け入る隙は与えない。
優位性を相手に譲らないためにも、冷たくあしらうことは大事だ。
ただ、決して声を荒げたりしないこと。
感情的になってしまえば、交渉の場では敗北が確定する。
「じゃあ、もう知らない! お前なんか勝手に潰れてしまえ! 私がせっかく猶予をあげたというのに、影野君の知能はミジンコ以下ね……いいわだったら手っ取り早く、録音をみんなの前で流してやる! 嫌なら今すぐそこで土下座をして地面に頭を擦りつけなさい!」
頭に血が昇ったのか、せっかくアイドルキャラに戻っていたのに狂人に早変わり。
なんとも勿体無い。
表情や声が変わるだけでこんなにも別人に思えるのは、とても面白く貴重な体験だ。
「いいよ。勝手にどうぞ。なんか俺、誤解してたわ。結城さんって本当はプライドが高いだけの素直になれないだけの人だって思ってた」
「——ッ!」
拳を握りしめたまま、俯く彼女を横目で見ながら、俺は屋上から出る。
——そして。
『バタン』と重い扉を閉めると、
すかさず施錠を始める。
彼女が外した鎖を厳重に巻きつけると、近くにあったモップも柱に挟む。
怒りに震える彼女はそんなことに気づいてもいないのだろう。
反応がない。
これで彼女は完璧に監禁された。
まあ、屋上だからむしろ、開放されているが。
——お。意外と早く気づいたらしい。
施錠が完了して二十秒弱といったところか。
扉の向こうで、ガチャガチャとノブをひねる音が聞こえる。
しかし、ビクともしない扉に今度は蹴りでも入れたのだろう。
衝撃音だけがこちらに響く。
なお扉には窓もなければ、鉄製のため、お互いに様子を把握することもできなければ会話することもできない。
別に施錠したところで、彼女には人脈があるし、誰かに頼めばすぐに助けてくれるだろう。
だから、そこまで焦ってないはずだ。
ただ施錠という嫌がらせに余計に腹を立てるだけ。
しかしながら助けを呼ぶために誰かに連絡なんて、そう簡単にはできない。
それはそうだろ。だって、彼女のスマホはあらかじめ盗んでおいたのだから。
まあ、こんなのただの時間稼ぎだ。
そして、俺は覚えている。結城りさ。彼女が教室で話しかけてきたとき、「影野君」と名前を呼んだことを。
普通、知ってるはずがないんだがな。
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