第7話 3つの仮面

「なんで田中がこんなところにいるんだよ」


 田中は自信をのぞかせながら、

「影野が結城さんを助けにくると思ったからだよ」


 ん? どうしたら、そういう思考になるんだろうか。


「何を言ってんだ。俺は結城さんと今日はじめて会話したレベルの関係だぞ?」


 まさか、教室での一件を見ていたとかそういうことだろうか。

 となると、助ける義理はないと思うんだが。


「嘘。影野は結城さんのことが好きなんでしょ——」


 は?


「乙女の瞳は誤魔化せないっての!」


 えええ……。どこからそんな勘違いが生まれたんだ。


「誤魔化すも何も事実と異なる思い込みをしてるぞお前」


「もう! 誤魔化さないでよ」


 むすっとした表情をする田中。

 一体こいつはどうしちまったんだ。


 ていうか、こんなところで時間を潰してる場合じゃない。


 今は、結城さんの状況を近くで知ることが先決だ。


「ごめんな、田中。俺急ぐから」


「あ、ちょっと待って——」


 階段を上がろうとする俺の袖を掴む田中。

 待ってやりたいが、今は悠長なことをしている場合ではないため、俺は腕を振り下ろす。


「すまん。急いでるからマジで。また今度な」


 あからさまに田中の様子がおかしかったな。

 要件が済んだら、ちょっと話をしてみるか。


 ☆


「ほら、やっぱり誤魔化してるだけじゃん……」


 田中たなこは寂しげに全力で階段を駆け登る幼馴染に目を向ける。


 重くのしかかった前髪と眼鏡のせいで、彼の表情こそわからなかったけれど、あの真剣な声は本気なんだとわかった。


 そして、その真剣なものが自分じゃない他の誰かに向けられていることが、彼女の胸を突き刺すように苦しめる。


 だけど、それよりも彼女自身も結城りさのことを心配していた。


 突如、ザワついた教室で屋上で飛び降りる寸前の結城りさを見てしまったからだ。


 なのに、彼を一瞬引き止めてしまったことに、罪悪感を抱いてしまう。


 下手をすると、命に関わる事態かもしれないのに助けに行こうとする人を部外者の私が止めるなんて、あってはならないことだ。


 何人もの教師がすぐ屋上に向かっていたのを知っていたため、わざわざ彼が行く必要はなかったのかもしれない。


 それでも、罪意識が芽生えた。


 今までの自分はこうではなかったのに、今朝の出来事で最も簡単に変わってしまった。

 正確には、のだ。


「誤魔化していたのは自分の方なのにね……」


 学園でも彼との関係の崩さないために、そこそこの立ち位置でそれっぽい生徒を演じてきたつもりだ。


 容姿はそこそこで、成績が良くて、生徒会にも入っている。


 まさに、模範となるような生徒。


 でも本当は、勉強なんて興味がないし、生徒会もお飾りでしかない。


 当たり障りない、誰からも攻撃されない優等生のポジションを確立するだけのための行動。


 そうすることで影野に認めてもらって、何より、彼に褒めてもらえたから。


 でも本当は、こんな自分が嫌いだった。


 もっとおしゃれがしたいし、可愛い自分になりたかった。

 それに勉強するくらいなら、影野とずっと話していたい。

 デートをしてみたい。好きになってもらいたい。


 だから着飾ることを今日から辞めるんだ。


 彼を想う気持ちはもう留まることを知らない。


 ちゃんと伝えたい。


 もう、ありのままの自分で彼と関わりたい。


 すぐに意地悪したり、強がった自分で関わるのを辞めたい。


 友達、親友じゃなく一人の女性として影野太郎に見られたい。



 影野太郎。

 田中たなこ。

 結城りさ。


 三人それぞれが、違った仮面を被っている。


 その中で、最初に仮面をとったのは、田中たなこだった。


 しかしながら、彼女は知らない。


 影野太郎の本性を。


 幼馴染にすら見せることのない、としての彼を。

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リ・バース 影野‼︎ こゝ幸々願  @KimiYumeto

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