一区切り

きと

一区切り

 ケーキの一段目に生クリームをり終える。これで、作業は一区切りだ。

 パティシエ3年目の私は、友人のウエディングケーキ作りにいそしんでいた。小学生からの付き合いの大切な人の結婚式だ。是非ぜひともはなやかなケーキでお祝いしたいと、私はその子にお願いして今こうしてケーキを作っている。

 しかし、あの子が結婚か……。私達も年を取ったなぁ。あの子に相反して、私にはまだまだ春が来ないようだけど。

 さて、作業も一区切りついたので少しだけ休憩しよう。朝からほとんど休憩なしだったし。私は、厨房から休憩室へと移動して、自分のロッカーから携帯電話を取り出す。休憩になるとすぐさま携帯電話を触る辺り、凄い現代っ子な感じだ。

 携帯電話でSNSなんかを見ていた時だった。携帯電話が、メロディーを奏でだした。電話のようだ。そして、この着メロを設定しているのは……。私は、つばを飲み込んでから電話に出た。

「もしもし?」

「あ、由里子ゆりこ。お疲れ様、京子きょうこだよー。ケーキはどこまで出来た?」

 電話の主は、件の挙式を挙げる新婦しんぷである京子だった。

「今、一段目が終わったところ。京子の方はどう? 何かトラブルとかないよね?」

「大丈夫だよ! それにしても、ついに結婚式が迫ってきたんだなー」

 言われて、カレンダーを見る。流石に職場の休憩室にかざってあるカレンダーなので、しるしはついていないが、京子の結婚式まで秒読みといっても過言ではない時期まで来た。なんだか、あっという間に結婚式が来たな。

 それから、私達はたわいのない話をした。あのテレビ局でやってるドラマが面白いとか、あそこの店のご飯が美味しかったとか。ケーキ作りでの疲労がどこかへ言ってしまったかのように、楽しくおしゃべりした。

 しばらく話をしていたが、そろそろケーキ作りを再開しなくては。

 京子に電話を切るむねを伝えようとする時だった。

「ねぇ、由里子。本当に良かったの?」

 それは、私が今一番聞きたくない言葉だった。電話に出る前、この言葉が来るのではないかと唾をのんで覚悟を決めていたが、それでも揺らぐ。

「……それって、ケーキを作らせてくれって頼んだこと? それとも――」

「両方だよ。ケーキ作りも、伸一しんいちのことも」

 伸一。私と京子が、専門学校時代に恋した男の子。京子の夫になる男の子。

 伸一と私がバイト先で出会ったのが、始まりだった。その後、私の紹介で京子と伸一は出会った。一緒に3人で遊んでいるうちに、私は伸一に恋をした。そして、数か月がたった後。京子から伝えられた。京子が伸一に告白されたことを。私は、上手く喜べたと思う。京子に見抜かれていたかもしれないと、おびえながら。

「上手く隠してたと思ってたんだけど、やっぱりわかってたの、京子?」

「そりゃね。何年由里子と一緒にいると思ってんのよ」

「そう、……だよね」

「正直言って、ケーキ作りしたいって言われたときは、迷ったよ。由里子、結構落ち込みやすいからさ。今声聞いてる分には、大丈夫そうだから、そこは少し安心したかな」

「うん、大丈夫だから気にしないで――」

「でも、伸一のことまだ引きずってるんでしょ?」

 そうだ。私は、まだ伸一のことが好きだ。ドラマや映画である誓いの言葉の前に乱入したいと思ってしまうほどには。

 でも、だからこそ、私はケーキ作りをやりたいんだ。

「京子。私は、これで一区切りつくんじゃないかって思っているんだ」

「一区切り?」

「うん。学生時代のテストが終わったときとか、ケーキの一段目を作り上げたとかの一区切り。私は、まだ伸一に振り向いて欲しいと思っている。でも、そんなことは起こらない。起きてほしくない。2人に幸せになってほしいから」

「……うん」

「だから、ここで一区切り。私の未練たらしい恋のね。2人のためにケーキを作って、2人の幸せを見届けて。『ああ、私の恋はようやく終わったんだ』っていう区切りをつけたいんだよ」

「……そっか。強いね、由里子は」

「何言ってるの。私は、落ち込みやすいって京子が言ったんでしょ? それじゃあ、私はケーキ作りに戻るよ。じゃあね、京子」

「じゃあね、由里子。……ありがとう」

 電話が切れる。これで、休憩は一区切り。

 さぁ、ケーキを作ろう。

 私は、決意を新たに休憩室を後にした。

 

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