第5話 エピローグ
その日の帝都は静まり返っていた。
本来なら祝福すべき婚礼の日なのに、まるで葬儀のような雰囲気だ。
なぜなら、見ただけで人を殺せるという、死神とあだ名される皇太子と。
貴族でありながらアサシンとして育てられ、その手で何人もの命を奪ってきたという暗殺者の女。
この恐怖しかない二人の婚礼を祝福するものなど、本当の事情を知る者達くらいなものだろう。
事実、友好国からでさえ参列者は少数で、重要人物などは欠席していた。
そんな中で婚礼の式場へと向かう馬車。
護衛する兵は全身黒尽くめで物々しさが際立つ。
しかし、馬車の中ではそんなことを気にもせず、どうせ最後は惚気るんだろうと、周囲に居るものなら誰もがそう思うやり取りを始めていた。
「僕の噂は今更だからともかく、君まであんな噂を流す必要なんてなかったのに」
外の護衛と同じように黒の衣装で身を包んだ男が隣の女性に声を掛ける。
「あの程度では、まだまだ貴方の隣には釣り合わない位です。もっとこうなんか格好いいあだ名が欲しいですね」
隣の花嫁衣装に身を包んだ女が答える。
そして、驚く事に彼女の衣装も花嫁とは思えない漆黒の衣装だった。
「物騒なのは止めてくれ。それに、その衣装だって……君が主役の結婚式なんだから純白のウエディングドレスで良いじゃないか」
「貴方を殺そうとした薄汚い私などに純白など似合いません。それにこれは決意の現れでもあるのです」
「聞きたくないけど、一応聞くね、どんな?」
「はい、本来の私は貴方を殺そうとして失敗し、一度死んだのです」
「まあ、そう捉えても間違えではないかもしれないけど」
「はい、そして私は貴方から改めて生きることを赦されました」
「いや、そこまで大袈裟な事はしていないから」
「いいえ、私にとってはそうなのです。ですから私は死して尚、貴方をお慕いしていると伝えたいのです。私の想いわかって頂けますか?」
「……なるほど、死すらも僕らを頒かつことは出来ないってことだよね。嬉しいよ、さすがは僕の最愛だ」
「わかって頂けて、私も嬉しく思います。
そう言って二人は見つめ合うと結婚式の前だというのに熱い口付けを交わす。
周囲の者からすれば『やっぱりな』って事なので別段気にした様子は無い。
そして二人も周囲を気にしない。
皇太子の婚礼という国の一大イベントにも関わらずパレードすらない簡素な式典に対しても。
二人はお互いを見つめ合い、微笑みを崩すことはなかった。
後にこの二人の話は『死神皇帝と黒衣の皇妃』として物語になる。
それは二人の愛の話という話ではなく、勧善懲悪的な物語の悪役として描かれる。
恐らく民衆の恐れがそれを生んだのだろう。
しかし、後世の歴史からみれば、死神皇帝と恐れられた彼の統治下の間は戦争も無く、ユーライア帝国史においても稀な平和な期間だといわれ。
また国力増強に繋がった重要な時期だと位置づけられている。
二人の話も、物語とは違い、権力者どうしの争いで生じた関係性で、政敵を暗殺するために送り込んだ刺客が相手側に寝返った。
ただ、それだけの話だと歴史書では綴られていた。
最愛の幼馴染が僕を暗殺するために送り込まれた刺客だった、それだけの話 コアラvsラッコ @beeline-3taro
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