最終話 愛を知る

 白い部屋。

 俺の顔を、妻と娘と息子が覗いている。

 涙を流しながらも覚悟を決めたように見える妻。不安に押し潰されそうな顔の中学生の娘。状況がよくわかっていなさそうな困惑を顔に浮かべる小学生の息子。


「あなた――」


 それは前世の最後の記憶のままの光景だった。


「あ――」


 まるですべてが夢であったような感覚。

 けれどあの異世界の記憶は夢のように溶けず、確かにこの魂に刻まれている。

 だとすれば、


「粋、だな……」


 あの骸骨魔王が、俺の魂を召喚した瞬間に合わせて元の身体に戻したのだ。


「お前、たち」


 俺を家族に会わせるために。


「あなた!」

「お父さん!」

「パパ!」


 口を開くと、妻と子供たちの俺の手を握る力が強くなる。

 なんの準備もなくこの瞬間に帰ってきた俺は、鈍痛とモルヒネで混濁する意識の中で、何か、何か残さなければならないと思って言葉を探した。

 何のためにこの瞬間に戻ってきた?

 何でこの瞬間に戻ってこられた?

 感情があったから。

 異世界に行ってもその感情があったから。

 俺は戻り、

 あいつは送った。

 だから――、


「愛してる――」


 愛。

 なんて真面目腐った大仰で羞恥に塗れた言葉だ。

 なあ、魔王様――。



   ***



 奴の魂を失った亡骸を抱いたまま、私は自分の感情に戸惑っていた。


「死霊魔法に精通した陛下であれば、何かまだ手段があるのではないでしょうか?」


 いつまでも動かない私を心配してやってきた内務卿が気遣わしげにそう話す。

 彼の言う通り手段はあった。

 だが、選べなかった。

 召喚した際に通った道筋を誤らずに元の時間に帰せていれば、奴は本当の家族と最後の再会を果たせているだろう。

 そして奴の魂は本当の家族を守るのだ。


「それが、正しい――」


 それなのに私は奴の亡骸を膝に置き、いつか聴いた奴の歌を口ずさむ。


 “Can anybody find me誰か私の愛する人を somebody to love見つけてください――”


 私は千年を経て、愛を知った――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔改造キメラエルフにTS異世界転生したアラフォーオッサンの俺が、骸骨魔王のために勇者と死闘を演じています。 ラーさん @rasan02783643

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説