第4話 ワルツ

「あ、音楽が変わったよ」


 耳を澄ますと談笑用環境音からワルツの音楽へと変わっていた。


「レディ、よろしければ私とご一緒に」

「お嬢さん、ダンスはいかがかな?」

「お、お前と、お、踊ってやってもいいんだぞ」


 声に振り返ると、数人……いや、数十人の男達が列をなし、人の顔を熱っぽく見つめていた。

 一人は鼻に大きな絆創膏をつけている。


「ダメー! ジレちゃんは私のもんなのぉ!」


 大きな声をあげエミールは私の前に立ちふさがった。

そして私の腕を掴み、踊っている連中の輪の中へと連れていこうとする。


「おい、エミール、痛いぞ。どうするつもりだ」

「こうするつもりぃ、えいえい」


 掴んだ腕を離し代わりに私の手に指を絡めてくる。


「な、なにぃ、もしや」

「そうだよぉ、ワルツを踊りましょ」


 にこやかに微笑みながら、エミールはステップを踏む。

 突然で強引な誘いに思わず私は、後ずさるが、


「うわぁわわ」


 何かを踏みつけ転びそうになる。

 な、なんだ、どうして裾がこんなに長いんだ? 


「ジレちゃん、落ち着いて、ダンスは離れすぎちゃダメなんだよ」


 言われ混乱した頭でエミールへと接近する。

 エミールの顔が私の開かれた胸元へと収まる……なぜ、胸が露出してるのだ!


「うっぷぅ、近すぎるよ、距離を考えないと」

「おい、エミール、私、何かが変だ、おかしいんだぞ!」

「あわてない、あわてない、ダンスはゆっくり距離を測って踊るものだよ。それで、音に二人の歩調を合わせて楽しむもの、はい、一、二」


 エミールの言葉を信じ、リズムに気持ちと体を合わせてみる。

 大理石の床の上で軽やかに円を描く、一、二、一、二……一、二。


「うふふ、そうだよ、上手、上手、本当はジレちゃんが教えてくれたんだから」


 そう言えば昔もこんな事があった。慌てるエミールに静かにダンスを教える私。今では逆か。


「だったな」


 笑いがこみ上げ心がほぐれた気がした。

 透明な弦の音色に身を委ねステップを踏む。

 目を閉じると鮮やかに蘇る記憶。


 ファッションの事ばかり気にしていた私。

 子供の頃はどうして、あんなに服やら香水やらをほしがったのだろうな。

 誰かにいじめられて泣いてばかりのエミール。

こいつは性格も変わっていない、泣き虫エミールは健在だ。

 ……そんなエミールを庇い剣を構える兄。


 私は目を開く。窓ガラスに映る二人の淑女。

 桃色のドレスに沢山のレースをつけポニーテールを黄色のリボンで結んでいるのはエミール。

 もう一人、先程の白い大胆なドレスを着込むのは私。

 そして私の像に重なる透明な誰か。


 銀色のオールバックヘアに私に似た顔の騎士。

 タキシード姿で、帯剣をかちゃかちと鳴らしながら穏やかに笑っている。

 その顔を……許嫁の顔を見つめにこやかに笑うエミール。


 ……なぁ、エミール、本当は兄と踊りたかったんだろ?

 暗い森と煌びやかな部屋の間の薄いガラスが私の心を投影してるように思えた。


「……たとえ、脚が絡まっても踊り続ければいいんだよ」

「え?」


 空耳だったのだろうか、小さな声が聞こえた気がした。なんて言ったのか、もう一度聞き返そうとしたとき、音楽が終わった。

 拍手が鳴り響く。それは私達に向けられていた喝采にほかならない。

 闘技場で受けるものとは違う心地よさに、少しはにかんだ。


「ほらぁ、ジレちゃんの美貌にみんなイチコロなんだよ!」

「おい、からかうな、ただでさえ恥ずかしいんだから……」


 鼻先を掻きながら目線を泳がせる。

 

 ――信じられない光景を目の端に捉えた。

 

 私達に喝采をおくる群衆の間から現れた人物。

 その姿に目を疑った。


「いやぁ、素晴らしい、三国一可憐なワルツだった」


 茶色のオールバックヘアにタキシード姿で帯剣をかちゃかちゃと鳴らしながら、私達の方へ歩み寄ってくる騎士。


「お褒めの言葉、光栄に思います、サジタリウス公爵」


 礼法に則った挨拶でエミールは英雄サジタリウス公に返す。

 サジタリウス公はその光景に親しみ深い笑顔。そして、私の方へと顔を向ける。


「貴女のお名前をお聞きしてよろしいかな、レディ」


 兄だった。

 私のように似ているレベルではない、兄、そのもの。

 生まれ変わりに等しいように思えた。


「……ジレちゃん、サジタリウス様よ」


 私の状態を察したのか、エミールは心配そうにこちらをうかがってきた。周囲も私の異常にざわめきはじめる。

 それでも兄はにこやかに笑っていた。


「……なんで、そんなに笑えるの」

「レディ? 今なんと?」


 思わず口から漏れた。口をおさえるが既に言葉は放出されている。

 何故だか、無性にここからいなくなりたくなった。


「ジレちゃん!」


 エミールの言葉を背に、私は逃げ出した。

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