第11話 ふたりだけのヤマアラシ
「やっぱり、ジレちゃんは強いね……」
弱々しくエミールが笑っている。
木刀を投げ捨て、エミールの傍へ駆ける。
崩れ落ちる瞬間、抱き留めた。身体中傷だらけのエミール。身体だけではない、心も。
私は強く抱きしめる。
「いたっ」
エミールの顔が苦痛に歪んだ。
すぐに力を弱め、エミールから離れようとした。
だが、私の背に回った手が、私とエミールを離さない。
「離れないで……」
背中に当たるエミールの手は、小刻みに震えている。
私の一撃で、この手は折れているはずだ。けど、
「痛いの抱きしめられると、とても痛い……けど、抱きしめて」
私はエミールを抱きしめる、強く。
「ジレちゃんのことが、本当は憎いよ。レメウス様を自分だけのものにしちゃったんだもん」
「エミール、私は……」
「まだ言いたりない。ジレちゃんを見てると、すごく痛い、苦しくなるの。だって、ジレちゃん、レメウスさまに似てるんだもん」
エミールの手に力が入る。
「でも、私、笑うことにしたの。ジレちゃんを見て、にこにこするの。それがジレちゃんを苛立たせてたのは知ってた。でも、笑うの」
「どうしてだ?」
「ジレちゃんが、好きだから」
「……エミール」
「憎いのに、好きっておかしいよね……けど、本当にそうなんだよ。だから、ジレちゃんといると、憎いのと好きが混ざって痛いの……なんでかわかる?」
ああ、分かる、分かっているよエミール。
「レメウスさまと、もう会うことが……できない……から」
その言葉が私の鎧を壊した。
「ジレちゃん、私、一緒に泣きたかった! 悲しみたかった! 一人じゃ泣きたくなかったよぉ、痛くて、痛くて、死んじゃうくらい、痛かったんだから……」
私の瞳から涙が零れ落ちた。
「すまないエミール……ごめんなさい、お兄様」
ああ、こんなにも辛い、こんなにも――傷ついていたんだ。
「私も、痛い……」
強く、強く、抱き合う。
二匹のヤマアラシは寒空の下、お互いの身体を寄せ暖め合おうとするが、身体から生えた針で傷つけ合ってしまう。だから、ヤマアラシは針の無い頭を寄せ合い、傷つかないように寄り添って生きる。
私には、そんな器用なことはできない。
だから、きっと、これからも誰かを傷つけ、誰かに傷つけられてしまうのだろう。
でも、痛みの中に気付いたこともあった。
一人ではない。
私、一人で、痛いんじゃない。
寄り添い合い、その中に温もりがあることを知った。
きっと近づけば近づくほど針の深さが増し、いつかその針に壊されてしまう日が来るかもしれない。
私は、エミールをいつか失ってしまうかもしれない。
けど、だけど、
――脚が絡まっても踊り続ければいいんだよ
あの時を思いだそう、兄様とエミールと私、三人でワルツを踊ったあの日を。
没落貴族で男装の令嬢、徒名は『ヤマアラシのジレンマ』 MC sinq-c @iroha0607
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます