第10話 私たちの英雄

「はっはぁ、憐れだね。僕を、君の兄上と間違えているのだから……君もそうなのだろう、ジレンマ? 考えなくてもよい、さぁ、おいで……」


 サジタリウスは立ち上がるとこちらを振り向き、手を差し伸べてきた。


「ん? ――なるほど、そういう気か」


 だが、私の手の中にあるものを見て、差し伸べた手を戻すと、


「まぁ、いい……『かたわ』になっても美しさは変わらぬ」


 腰の帯剣を抜いた。日の落ち始めた赤い光が白刃を染めている。


「むしろな、フフ」


 木刀を構えた私の姿に、嘲笑している。

 私もそれにつられて、笑ってしまう。


「どうした、気でも触れたか? 流石はシレジレア、良い血筋だな」


 可笑しいモノだ、どうしてなのかな。しかし、仕方がない、気づかないものだ。

 サジタリウスの顔を正面からきっちり見据える。

 まるきり、似てないじゃないか。

 サジタリウスの後ろで、泣きじゃくるエミールを見る。


「エミール! 私を見ろ!」


 閉じられた耳からゆっくり手を離すと立ち上がり、エミールは虚ろな瞳でこちらを見つめた。


「……れめうすさま?」


 瞬間、上段に夕陽の反射。

 受けようと木刀を構えるが、思いだし、白刃を流す。

 ぶんっと風切り音、ほつれた前髪が風に流されていった。

 ニヤリ、とサジタリウスの口角が上がる。

 下段から上段へ返す、ナイトソードの斬撃。

 後ろに後退し、逸らす。


「なに? よけたのか!」


 この男はよほど返し打ちが好きなのだな。つまらんクセだ。

 伸びきった肘に、木刀の一撃をたたき込む。


「ぐがあぁ」


 竹を割るような感触、きっちり折った。

 おかしな方向に曲がった前腕に力は無く、ナイトソードが手から滑り落ちる。


「や、やめ、私はえいゆうだぞ、私に」

「私の……私達の英雄は!」


 みぞおちに深々と木刀をねじり込む。

 声にならない声でサジタリウスは、「か」と言いながら、地面に突っ伏した。

 ……もう、いないんだ。

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