第9話 偽物
「……ジレンマ・シレジレア。若くしてそれも女性でありながら、名門シレジレア家の当主に着かれた……心労は多大であったでしょう」
公爵は幹から指を離し、私の方に手のひらを向けながら、歩いてくる。
かちゃり、かちゃりと、帯剣の揺れる音。
黒い革のブーツが舞い落ちた緑の葉を踏みしめながら、近づいてくる。
「大丈夫ですよ、ジレンマ。今後は私が貴女を保護してあげますから。ですから、その握りしめた拳を開きなさい。あなたには美しいドレスが似合う、きっとエミルも悦ぶことでしょうから」
本当に? 本当にそうなの? にいさま……
「もちろん、亡きレメウス殿も……そして、私もです」
閉ざされた拳に公爵の指が触れようとしたが、
「ジレちゃん!」
その声に指を振り払う。
「っち」舌打ちに顔を上げると、サジタリウス公の苛立った顔。
「……エミル。僕は、学園で待っていろと言ったはずだが?」
さきほどと違う氷のような声。けど、底にあるものは変わらない。
束縛を命ずる声質。
「サジタリウス様……申し訳ありません。ですが、」
「申し訳はないのであろう、ならば」
公爵はエミールへと足早に近づき、
「口答えするな!」
平手で頬を打った。白い頬に赤みが差す。
「……はい」
伏し目がちで耐えるように、エミールは頭を下げる。
「はは、不甲斐ないところを、お見せしてしまった」
顔だけをこちらに向け親しげな笑みを見せる公爵。だが、顔とは裏腹に、
「しかし、躾はしっかりしなければ!」
空中で留めた平手を返す刀のように、手の甲でエミールの反対側の頬を殴りつけた。
裏拳を受ける形になり、エミールは地面に倒れ込む。
胸が締めつけられる。それだけじゃない……。
公爵は倒れたエミールの傍にしゃがみ込むと顔を起こす。
「エミル、悪い子だ。主人の言葉に逆らうなどと……またあの『言葉』を言って欲しいのかい?」
公爵の言葉にエミールは、唇を震わす。
「や、やめてくださ……」
「『エミール、ごめん僕は君のこと』」
「い、いやぁぁぁ、レメウス様ぁぁぁ、そんな事言わないでぇぇ!」
耳をおさえながら、エミールは狂ったように頭を振るう。
身体中ぼろぼろで、心もぼろぼろで。
私は……
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