第3話 華やかなる舞踏会
従者が扉を開くと光が眼前に満ちた。
天井の巧みな風景画から煌びやかな黄金のシャンデリアが吊され、壁際の白い胡蝶蘭が甘い匂いを放ち、弦楽四重奏の音色は舞踏会の世界をいっそう、華やかなに色づけしていた。
談笑するタキシード姿の男性と、いくつもの勲章をつけた軍人、象牙の扇で顔を隠しながら笑うどこかで見た伯爵夫人、白いレースを波のように揺らしながら歩く貴婦人。
どこもかしこも懐かしい風景が変わらずに存在している。
名門シレジレア家は、十三代当主……私の父の代で没落した。
威厳のある父に優しい母だった。だが、ある事件を切欠に二人は酒に溺れ、挙げ句、禁制のモノに手を出し、白き壁の中へと堕ちた。没落貴族シレジレア。
大好きだった兄の死で全ては変わっていってしまったのだ。
私を助けるために、川へと飛び込んだ兄。私の代わりに死んだ兄。
――何故、お前が生きているのだ。
中毒者になった父が、私にかけてくれた言葉。
全てを失って、残ったモノは郊外の小さな屋敷と年老いた婆や、そして兄の代用品である私だけ。
目に映っている景色は、もう、私のいられる場所ではない。
「ジレちゃん、やっぱり舞踏会に来てみると、すっごい似合ってるのが分かるよぉ」
「なにがだ?」
「もぅーなーにぃ、ぼけーっとしちゃって、ジレちゃんの格好に決まってるじゃん」
我に返った頭でエミールの言葉を噛みしめる。格好? はて、なんだ?
「おい、見ろよ、あれ、エミールの傍にいる美人、あれ誰だよ?」
「誰だろう……エミールの友達って、もしかして!」
「うっそ、あれ、ジレンマかよ! ありえねぇ、まるで女じゃん」
ふざけたセリフに私は、睨みをきかす。
「うぁ、睨んでるよ、絶対ジレンマだ……でも、なんだろ」
「うん、なんだろ、なんか、ゾクゾクってする」
「ほへぇ、悪くないかも」
なんなんだ、こいつら。
いつもの様子と違って、気色の悪い瞳でこちらを見続けているぞ。
そう言えば少し寒気が。
「へっくちょ」
「うわぁ、ジレちゃんってカワイイくしゃみするね」
くすくすといたずらっ子のように笑うエミール。
「むぅ、生理的作用で人を馬鹿にするな……先程から寒いのだ、特に背中と胸元と股の間がな」
「……ジレちゃん、それってドレス着てるからじゃないの? でも、股の間って表現は止めた方がいいよぉ」
眉間にシワを寄せながら、エミールの示す方向を見る。夜の森がうっすらと見える窓に一人の淑女が映っていた。
白いドレスには淡い桃色のレースが飾っており、大胆に開かれた胸元と背中から透き通るような肌が露出し、可憐さと妖艶さが混じり合っていた。
なんて派手な服を着た女だ、眉をひそめたくなるな。すると窓の淑女も眉をひそめた。
なんだ、こいつ私を見てるのか? 顔を近づけると窓の淑女も顔を近づけてきた。
ほほぉ、やる気だな。そんな前髪を前に揃えるような髪型で、戦いに不利と知らぬと見えるな。
思わず構えた所で、エミールがため息混じりに私の肩を叩いた。
「……ジレちゃん、それ冗談でも、面白くないからぁ」
「なんの事だ?」
エミールのため息が心底分からない。
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