深夜2時

海月

眠れない夜は

 眠れない。目がギンギンに冴えている。体が寝ることを拒否している。何をしても眠れない日がたまにある。エアコンはついているはずなのにやけに息が苦しい。吸っても吸ってもまるで鉛のように重い空気が肺を満たすだけで、生きている心地がしない。急いで起き上がり窓を開ける。夜の静寂を詰めた空気は少し呼吸を楽にしてくれた。窓の外を見ても人はみな寝静まり街灯や自動販売機の人工的な光が目立つのみ。綺麗な夜景などありもしない。ああ、誰かの声が聞きたい。眠れない日は共通してこういう感情に陥る。電話をかけても怒らないような恋人でも居ればいいのだが、あいにくそんな相手は人生でできたことがない。


 恋愛にはあまりいい思い出がない。僕の恋愛はスタート地点にすら立てたことがないのだ。だいたい好きになった女の子には好きな人がいるか、彼氏がいるかで終わる。恋愛は好きになった方が負けとか言うけど、僕はその言葉が辛いほどわかる。好きと自覚した時点で苦しみの始まりなのである。相手に今の言動はどう思われたのだろうかと自分の行動に嫌悪を示すことも、あいつとあの子は仲がいいなと些細なことで湧き上がる嫉妬という醜い身勝手な感情も、好きという感情がなければ起こらない。好きと自覚しなければこんなに苦しむことも無い。だから気になる人がいても気になるなで終わらせるよう努力する。好きだと自覚してはいけない。恋愛は脳の一時的なバグなのだと自分に言い聞かせる。モテるやつにはこの悩みは分かりやしない。


 ふと頬に心地よい風が当たる。ああ、思い出してしまった。今自分には気になっている人がいたんだと。その子の名前には風という字が使われていたっけ。彼女も今は寝ているんだろうか。そんな事を考えてしまう自分が気持ち悪くなる。好きと自覚すれば負け。気になるという気持ちで止めなければ。そういう事を頭の中でぐるぐる考えれば考えるほど好きという気持ちが募っていく。ああ、今回は久しぶりに負けたな。好きと自覚しても彼女に相手がいて終わりなだけなのに。この夜の静寂は自分の思考を掻き乱す。苦しみの始まりだと分かっているのに恋心を自覚してしまう。ぐるぐるぐるぐる、頭の中で思考が混ざり溶けていく。


 ピコン。そのやけに感情のない機械的な音でふと自分の思考は止まった。ああ、こんな時間に誰からだろう。時刻はとうに深夜2時に近づいている。


「眠れないんだけど。」


 簡易的なメッセージ。風が草木を揺らす。その一言は如何にも彼女らしい。

 深夜2時、今回ばかりは夢を見てもいいのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜2時 海月 @nemunemu_55

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ