第八雨-②

 校舎から出て来る生徒がまばらになった頃、ようやく彼女が姿を現した。雨に濡れていない彼女は初めて見る。彼女は僕に気が付くと、おや、という顔をした。

「傘まで持って、今日はどうしたんですか」

「うん、君を待ってた」

 そう言うと少し引いたようだ。

「君の傘は、君の大切な人のためにとっておいてほしい」

「それで一緒に濡れて帰ろうとでも?」

「悪くないね」

「私はもう十分狂っていると思われでしょうが、そこまで狂人じみたことはしたくありませんよ」

 もう少しこうした雑談をここでしていたくなったが、いつまでもこんなのを続けていると、彼女はさっさと帰ってしまうかもしれない。意を決して口を開く。

「僕の傘に入りませんか」

 彼女の黒い瞳が僕を射抜く。

「僕の傘を君と分け合えたらと思ったんだ。僕の傘の隣に、君がいてほしい」

 小さく溜息をついた。でもそれは、うざがっているとかあきれているとは違う。首を振って言う。

「そんなことをしたら、先輩も私と同じように思う時が来るかもしれないのに?」

 そうだとしても、大切なものがそこにあったというだけでいいじゃないか。それは流石にまだ恥ずかしくて言えない。

「きっと今でももう、そう思うよ。それに、君に濡れていてほしくないんだ」

 仕方なさそうに笑う。そして、頷いた。僕はそれを見て笑って、それから傘を開く。

「君と比べればまだ、傘をさすのは下手くそだろうけど」

 一足先に雨の下へ出て彼女を待つ。雨がぽつぽつと傘をノックした。

「そういえば、君の名前を聞いていい?」

 僕の傘に入るか入らないかの所で彼女の足が止まる。

さげ灯花ともかです。灯すに、花」

「僕は雨宮わたる。和風の和一文字で和」

 二人の間に静かに響く雨音。行こうか、と首を傾けると彼女はゆっくりと傘に入ってきた。

「いいんですか、リュックを守らなくても」

「うん、せっかく今日は髪が濡れていないんだし」

 傘を持って歩き出す。雨音が耳に心地いい。灯花の雨に濡れていない手と唇は、ほんのりと紅色が差していた。

「雨だけど、ちょっと寒いかな」

「……そうでしょうか」

 

 今日もまた、僕らの上に雨が降っている。

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五月雨傘、天つ水 木花京月 @konohana_keigetsu

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