崖下で待つモノ
とぶくろ
拓也くん
「あっ……寝ちゃってた?」
深い森の中、僕は目を覚ます。
高い崖の下、大きな木の根元に僕は居た。
迎えを待っている間に寝てしまったようだ。
空を見ると、まだ陽は高い。
暗くなる前に、迎えに来て欲しいなぁ。
落ちて来た崖の上を見上げるけど、誰も見えないや。
「高いなぁ。よく無事だったよねぇ」
そう、あの上から落ちて来たんだ。
運良く怪我もないけれど、上には戻れない。
薄暗い森の中を歩くのも怖いから、誰かが迎えに来てくれるのを待っている。
もう、けっこう時間が経っているとは思うんだけど。
その日、学校の行事で山に来ていた。
キャンプ場から少し離れた崖の上、たかしくんに連れてこられたんだ。
いつもいつも、たかしくんは僕に無茶な事をさせるんだ。
先生に言ったら、
「ちゃんと仲良くしなさい」
って言われた。
いつも何人か、取り巻きを連れているたかしくん。
今日も二人連れていた。
「その木に登ってみろよ」
「木登り得意だろ?」
「高い所好きだよなぁ」
たかしくん達が、崖に枝を張り出した木に登れと言う。
「やだよ……怖いし、危ないよ……」
高い所は嫌いだけど、いつも屋上とかに上がらせるんだ。
「生意気だぞ! 早く登れよ!」
「いたっ……やめてよ……登るよぉ」
気の短いたかしくんが、いつものように僕を叩く。
高い所も嫌いだけど、痛いのも嫌だ。
仕方なく木に登っていく。
「その枝を歩けよ」
言われるまま、崖に張り出した枝に足をかける。
みしみしと変な音がする。
ゆっくり足を出すと、カクンっと体が沈む。
「「あっ!」」
僕らの声が重なる。
枝が折れて、僕は崖下へ滑り落ちていった。
「ど、どうしよう」
「どうするの?」
「落ちてっちゃったよ?」
「し、知らねぇ……俺、知らねぇ」
「え? ま、待ってよぉ」
「たかしくん待ってよぉ」
見なかった事にして、たかしくん達は立ち去ってしまったようだ。
崖の下まで滑り落ちた僕は、じっと助けを待つしかなかった。
他の皆も先生もいるし、きっとすぐに来てくれるだろう。
それから、どれくらい時間が経ったのだろう?
まだ日が暮れるまでは時間がありそうだけど。
「こんにちは。僕、拓也。ねぇ、君は? ここで何してるの?」
突然声を掛けられた。
びっくりして、声も出ない。
見ると、僕と同じくらいの男の子だ。
こんな森の中に一人で何しているのだろう。
「ぼ、僕は……達也。あの上から落ちちゃったの」
「そうなんだ。僕、森の中に住んでるんだよ。ねぇ、僕と遊ぼうよ」
思ったよりも山の奥じゃなかったのかもしれない。
人が住んでいるんだ。
「あ、あの、でも……今、迎えを待ってるから……」
「大丈夫だよ。来たらすぐ分かるし、上まで連れて行ってあげることも出来るよ」
「う、うん。ちょっとだけ……なら」
「やったぁ。ねぇ、向こうに行こうよ。池があるんだ!」
「え、待って」
僕は山の中で出会った拓也くんを追いかけて駆け出した。
一人で待っているより、同じくらいの歳の子と居た方がいいかな。
近くに住んでいるという拓也くんは、遊び慣れているようで、森の中を身軽に走っていく。僕は、絡み合うように伸びて、飛び出している木の根に躓きそうだ。
「早く早く! こっちだよ」
「待ってよ。そんなに早く走れないよぉ」
「ははっ、ほら! 凄いだろ」
森がひらけ、池があった。
小さな僕には、大きな湖にも見える。
「あっ、なんか跳ねた。魚かなぁ」
「でっかい魚がいるんだよ。ヤゴもいるよ」
「虫だ、虫がいるよ」
「あれはゲンゴロウだよ」
見た事もない生き物が、たくさん泳いでいる。
僕は夢中になって水中のいきもの達を見ていた。
夢中になりすぎて、ぬかるみに足をとられたのかバランスを崩した。
「あぶない!」
「あっ……」
拓也くんは、僕が転ばないように手を差し出してくれたのだろう。
でも、その手は僕を擦り抜けてしまった。
なんとか転びはしなかったが、僕は拓也くんから後退る。
「あ~、ごめんね。驚いたよね。僕らは触れられないんだ」
「……な、なんで……君は、いったい……」
人じゃないナニカ。
背筋が凍るというのか、背中を冷たいものがはしる。
「怖がらないで、何も怖い事はしないよ。ただ、仲良くしたいだけなんだ」
「仲良く?」
「そうだよ。ともだちになろうよ。僕は君の嫌がる事はしないし、君を傷つけない」
優しい笑顔で拓也くんが笑う。
たかしくん達とも、先生とも違う。
擦り抜けるのはちょっと怖い……けど、崖の上の人達とは違う。
「……いいよ」
「え、ともだちになってくれるの?怖くない?」
「ちょっと、怖い……けど、いいよ」
「わぁい! ありがとう!」
拓也くんは凄い喜んでいる。
触れ合えないのは、ちょっとだけ怖いけど。
森の中を拓也くんが連れ回してくれる。
二人で森の中を駆けまわるだけでも楽しい。
森の中で暮らしているという拓也くんは、鳥や虫や動物にも詳しかった。
僕も慣れてきたのか、躓く事もなく走り回れるようになってきた。
遊び廻っているうちに、拓也くんが何者かなんて、気にならなくなった。
何よりも拓也くんは、本当に嫌がる事はしなかった。
僕に何も強制しない、脅しもしない。
そんなともだちは初めてだった。
楽しい時を過ごしたが、あっという間に陽が傾いてきた。
「あっ、暗くなっちゃう」
「そうだね。達也くんは、まだ一人で待つの?」
暗くなったら、一人で待っているのは怖いなぁ。
「うん。もうすぐ、誰か来てくれると思うから」
「そっか。でも一人だと淋しいよ。僕のともだちを紹介してあげるよ」
「ともだち?」
「うん。森のともだち。一緒にいれば淋しくないよ」
拓也くんが僕を誘い、森の奥へ向かう。
森の中に、ぽっかりと口をあける大きなトンネル。
古く、使われていない、苔だらけのトンネル。
「ここはもう使われてないんだ。どこへも繋がってないトンネルだよ」
「ここに、ともだちがいるの?」
暗くて、変な臭いもするし、こんな所に居るなんてどんな人だろう。
いや、人……なのかな?
「おお~い。新しいともだちを連れてきたよ~」
「ねぇ、怖い人じゃない?」
「大丈夫だよ。みんな良い人ばかりだから、仲良くなれるよ」
「みんな?」
ともだちは一人じゃないんだ。
何人も、トンネルの中で暮らしてるの?
「おお、拓也くんかぁ。そっちの子が、新しいともだちかい?」
「うん。達也くんだよ。仲良くしてね田村さん」
作業着姿の大きな体のおじさんが奥から出て来た。
「た、達也です」
「田村 徹っていうんだ。よろしくね」
おじさんは優しい笑顔で、少し屈んで声をかけてくれた。
「体はおっきぃけど、怖くないよ。優しい人だから」
拓也くんのいう通り、優しそうな人だ。
「ハァイ、タクヤ。今度の子はタツヤっていうのかい。僕はトムだよ」
なんと外人さんが出て来た。
汚れた軍服の兵隊さんに見える。
ちょっと怖いけど、この人も優しそうだ。
「あっ、沙耶さん。こっちに来てよ」
拓也くんが、奥に声を掛ける。
今度は白いワンピースのお姉さんだった。
ちょっと俯いて、おとなしそうな人だ。
「……」
沙耶さんは僕をちらっと見たが、何も言わない。
「ねぇ、怒ってる?」
「ははっ、そんな事ないよ」
僕の心配を、拓也くんが笑って否定する。
「あぁ、彼女は喉が潰れて話せないんだよ」
田村さんが不思議な事を言い出した。
「首を括って死んだからねぇ」
トムさんが……え? なんて?
「もう一人は、ちょっと見た目が恐いけど、優しい人だからね」
隣の拓也くんが、次の人を紹介しようとしていた。
「
「ひっ……」
鎧武者だ。
鎧を着た、血塗れの侍が現れた。
この人達って……
「ちょっと、びっくりしちゃったかな?」
「センジュウロウは見た目が恐いからね~」
笑顔の田村さんも、よく見れば腹から何か出てる。
トムさんなんて、片手片足がなかった。
「そ、そんな……」
みんな、おばけ、幽霊だったんだ。
僕を食べる気なんだ。
「驚かしてごめんよ。でも、ここで仲良く暮らそうよ」
拓也くんが、おかしな事を言い出した。
「無理だよ……僕をどうする気なの?」
どうしよう。
声が震える。
怖い。
逃げなきゃ。
「ともだちになりたいだけだよ」
「僕を食べる気なんだ。やだ……嫌だよぉ!」
「あっ、まって!」
僕は走った。
必死で走った。
運動会の時よりも、必死に走った。
彼らは、あのトンネルから出られないのだろうか。
そうか。
それで、拓也くんが獲物を探して連れて行くんだ。
僕が落ちて来た崖下まで、なんとか逃げて来られた。
大きな木の下まで来ると、もうすっかり暗くなっていた。
「まだ、来ないのかな。もう来るかな」
僕はここで迎えを待つ。
今日も、来ない迎えを待つ。
落ちて来た、あの日にぶつけた足が曲がってるけど。
腕も折れて、どこかに引っ掛けたのか、爪も剥がれてしまったけれど。
折れた木の枝が脇腹に刺さっているけれど。
転がり落ちて、折れた首が垂れ下がってきているけれど。
僕は此処で独り、迎えに来てくれる人を待っている。
「ただいまぁ」
「おや、おかえり拓也。今日も、おともだちは増えたかい?」
「今日は失敗しちゃったよ、お婆ちゃん。仲良く出来そうだったけど」
「そうかい。まぁ、いいさね。また忘れた頃に行ってみな」
「うん。やっぱり自分の姿を思い出させた方がいいのかな」
老婆と暮らす少年。
深い森に彷徨う、または土地に縛られた魂を集める少年。
それは彼らにとって救いなのか。
独り永劫の時を待ち続けるのは、救いなのか罰なのか。
少年は明日も、彷徨う魂を探して森を彷徨う。
崖下で待つモノ とぶくろ @koog
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