憎悪の戦方士――全ての決着――

 王女アナスタシアは最後まで諦めてはいなかった――しかし、身体が言う事を聞かない。


 コールドゥが亡くなった衝撃にのまれる余裕は無かった。


 王女付護衛騎士カレンも王女の手を握りしめたままゲルグを睨む。


 秩序機構総帥ゲルグが<憎悪>の魔剣を振り上げるのがいやにゆっくりと映る。


 魔剣が昇り切り、振り下ろされる――その時王女は確かに見た。


 ゲルグの右手に赤い霧の様な、砂嵐の様な何かが取り付いたのを。


 イェルブレードを振り下ろそうとしたゲルグは魔剣が虚空に吊るされているかのような感覚を覚えた――気付いた時には自分の右の手は消えて魔剣は宙に舞っていた。


 馬鹿な――ゲルグはカッと目を見開いた。


 ぎらつく魔剣が落ちてくる――魔剣イェルブレードは凄まじい勢いでゲルグの身体を貫いた――柄にはコールドゥの左手が、コールドゥの左手に宿っていた悪魔の手が有った。


 場が静止した――。


 ゲルグは必死に残った手でイェルブレードを引き抜こうとする。


 悪魔の左手が崩壊し始めた――あっという間に燃え落ちて灰の様に崩れる。


「コールドゥ……」最後のひとひらが散ったのを見てカレンは我に返った。


 床に落ちていた魔槍を掴むとゲルグの心臓に突き刺す。


「貴……様……!」ゲルグの〝甲冑アーマー〟の魔法は見事に貫かれた。


 見る間にゲルグの顔が土気色に変わる。


 カレンは槍をねじった――心臓が破裂する感触が槍を通して伝わってきた。


 ゲルグは即死した――心臓を破壊されてはさしものゲルグとても一溜まりもなかった。


「終わったの――?」カレンはへたり込んだ。


 王女達が見守る中、ゲルグの身体がぶすぶすと燻り始めた――イェルブレード、別名パイア、火葬用の薪の意味だ――の魔力でゲルグの身体は内側から灰になる。


 灰は人型に降り積もった。


 乾いた音を立ててイェルブレードが転がる。


 開いた窓から風が吹き込み――灰を散らすともうそこには秩序機構総帥ゲルグ=アッカムの姿は無かった。


「姫様――」アナスタシアに抱き付いて、カレンは息を吐く。


 天井の橋梁から人影が舞い降りた。


「終わった様だな」感傷に浸ろうとしたカレン達を無粋な声が遮った。


「ライオー…ライオー=クルーシェ=フーマ……」王女たちの驚愕の声には力が籠っていない。


「どうして助けてくれなかったの――?」


「シチュエーションが読めたからだ。だからあえて手は出さなかった」ライオーは言葉を区切った。


「坊やもきっと満足だろう」ライオーはイェルブレードに目をやって呟くように言った。


 広間への扉が乱暴に押し開けられた――先頭はエセルナート王国国王〝狂王〟トレボーだった。


隻眼の老魔術師ラルフ=ガレル=ガーザーの姿もそこに有った。


「アナスタシア! 無事か!?」トレボーが娘に駆け寄る。


「お父様――私達――いえカレンがやりましたわ、ゲルグは――」王女が憔悴しきった声で答えた。


「今は休め」トレボーは吸い口を付けた革袋から水を王女とカレンに飲ませた。


「カレン――ご苦労だった。後で褒美を取らす」


 王国近衛騎士団の姿は無かった――流石に魔導専制君主国もそれは許さなかったのだ。


 だが、全くいない訳では無かった。


「姫殿下、カレン卿――無事で何よりです」かつて王女達の聖都リルガミンへの護衛役近衛騎士アンドレアスが付いて来ていたのだ。


「〝憎悪の戦方士〟は――」


「死んだわ。ゲルグに一矢報いて。私に最後で最大のチャンスをくれた」カレンは言葉に詰まった。


「最初に出会った時は共闘するなんて思ってもみなかったけど」


 その時、ホビット族の少女イーニィが隠れていた場所から出てきた。


「あなた――」辺りを見渡して長い金髪の軍偵忍者を見つけて駆け寄る。


 ライオーは飛びついてきた少女を抱き締めた。


「あなた、あなた、あなた――」イーニィはライオーの頬に何度も頬をすり寄せる。


 王女達は皆驚いた。


「ライオー、もしかして貴方――」


「これは紹介が遅れました。イーニィ=フーマ。彼女が我が妻です」


「結婚してたの!?」これ以上は無いという驚きが王女達を襲った。


 そんな素振りはまるで見せていなかった。


「妻を危険に晒して平気なの!?」


「貴方に何かあったら彼女はどうなるの!?」等々、ライオーを非難する言葉が飛び交う。


「互いに承知の上です――王女殿下。男が女を護る事だけが愛の形では無いのですよ」


「二人で同じ方向を見る事も一つの愛――ってやつ? 芯は強そうだと思ってたけど妻帯者ならさもありなんだね」治癒魔法を掛けられたホークウィンドが歩いて来る。    


 トレボーについて来た高位聖職者ハイプリーストが王女達全員に治癒魔法を掛けていく。


 四半刻たたずに全員傷だけでなく心身の活力まで元通りになった。


 聖職者が魔法を掛けている間に君主国の憲兵達も乗り込んでくる。


「秩序機構総帥ゲルグ=アッカムを斃したのはその実の孫コールドゥ=ラグザエルだ。邪黒龍グレーニウスは我々が追い払った」トレボーがフェングラース語で説明する。


「それが双方にとって一番良い決着でしょうな。事実はどうあれ」憲兵隊長が意味ありげに微笑みを浮かべた。


「内通していた女魔術師レハーラがゲルグの行った非道の数々を告発していました。――証拠は十分に揃っています。コールドゥの反応が他ならぬここで消えた事も」


 その言葉に王女達は震えた。


 〝憎悪の戦方士〟コールドゥは紛れも無くここで死んだのだ――ここで、ゲルグの塔の最上階で、<憎悪>の神ラグズが預言した通りの事を成し遂げて。


 願わくば彼の魂が天国に在りますように――隊長がそう言ったのを聞いて王女達は思わずコールドゥが燃え尽きた場所を見た。


 何もなかった――天上が、もし天国が有ったならコールドゥはそこへ行ったろうか。


 そしてゲルグや転生者無口蓮は何処へ行ったのだろう。


 イルマ王女やレハーラ、そして邪神チャウグナル=ファウグンは?


 善であろうとした者、悪たらんとした者、善でも悪でもなかった者、善でもあり悪でもあった者、そしてそのどれでもなかった者。


 彼等彼女等の魂は今どこに居るのだろう。


 他ならぬ<神>にはその場所は分かるのだろうか。


 自分には何も分からない――分かるのは自分が自分である、ただその事実だけ。


 いや、それさえも本当に分かっているのか。


 <神>は全てを赦すというが、それは本当なのか。


 王女達は互いの顔を見た。


 少なくとも、私達はコールドゥの最期を看取った――それは事実だ。


 私達は同じことを思っている、それだけでいい――話さずともその事も伝わった。


「イェルブレードは――」


「イェルブレードはどうする?」王女の言葉が聞こえていたのか、いないのか、トレボーが隊長に尋ねる。


「ラグズにお返しするのがよろしいでしょう――あの剣は劇薬だ。人によっては致死毒そのもの。<憎悪>と彼に捕らわれた者には大切なものかも知れないが」


 王女は自分がその剣を預かると言おうとして、沈黙した。


 多分父親たちの方が正しいのだ。


 既に王国には恋人カレンの〝深緋の稲妻〟の鎧――智恵と戦いの女神ラエレナの神器アーティファクトが有る――一つの国に二つもの神器は欲が過ぎる。


〝その通りだ。王女よ〟憲兵達と会話を交わしていた隻眼の老魔術師ガーザー――かつての魔術神オーディンが王女を見て頷いた。


「帰ろう、故郷くにへ」トレボー王が宣告した。


 その言葉に全員が頷く。


「貴方の魂に安らぎあれ」



 ――エセルナート王国王女アナスタシア、その直属護衛騎士カレン、不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンド、女忍者と同郷のエルフの魔法戦士サムライキョーカ=ナバタメ、ドワーフの女戦士シーラ=トーガ、女勇者マキ=ライアン、神官ミア=タカミア=リシャール、魔術師レディ=マーヤ=アッパーヴィレッジ――八人は最後に振り返って自分達の敵であり仲間だった、ここで死んだ男、〝憎悪の戦方士〟、〝<憎悪>の息子〟と名付けられたコールドゥ=ラグザエルの魂に刀礼した――。


 〝憎悪の戦方士〟の物語はここに幕を閉じる。

                                              <了>


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憎悪の戦方士と呼ばれた魔法使いの物語――コールドゥ・サーガ―― ダイ大佐 / 人類解放救済戦線創立者 @Colonel_INOUE

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