最終血戦
「魔法の罠は有りません。王女様」周囲を調べていた女神官ミアが囁く。
「前衛はゲルグを――後衛は幼女を無力化して。一気にケリをつけるわ!」王女アナスタシアの声と共にコールドゥ達は飛び出そうとした。
マーヤが短距離転移の魔法を唱えようとする。
ゲルグ迄の距離は約三十メートル。
前衛のコールドゥ、ホークウィンド、シーラ、キョーカ、マキは女魔術師の魔法で一気に跳んだ――ゲルグにそれぞれの武器を突き立てる。
得物がゲルグの身体を貫いた――槍玉にあげられたゲルグがニヤリと笑うのをコールドゥは見逃さなかった。
「下がれ!」
その瞬間ゲルグの身体が黒く輝いた。
何千本もの黒色の灼熱光線がその身体から発せられる。
イェルブレードが光線を捻じ曲げた――それでも数十本の光線がコールドゥ達を襲った。
コールドゥとエルフの
女勇者マキとドワーフの女戦士シーラは光線を数本受けた――鎧がダメージをやわらげたが無傷とはいかない。
ホークウィンドはまともに攻撃を食らった――十本以上の光線が
「お姉様!」マーヤの悲鳴が響く。
ホークウィンドは倒れ伏した――手足が痙攣する。
生きている――しかし水が手から零れる様に生命が失われていくのがマーヤには分かった。
「ミア――」治癒魔法の使い手に救いを求める。
「駄目――距離が有りすぎる」マーヤが半分恐慌状態にあるとみて女神官ミアは走りだそうとした――その前に幼女神エリシャが転移する。
幼女神の掌に紫の光が宿る――ミアは掌打を避けきれなかった。
「がっ――」ミアの口から血が零れる。
横からカレンが魔槍で女神に突き掛かった――同時に王女が捕縛の魔法を掛ける。
魔法は弾かれた――この時初めて王女は相手が神であることを知った。
「カレン、気を――」言い掛けた王女に紫の光が襲い掛かる。
王女は魔法剣で光を受け止めた――凄まじい閃光が辺りを覆い尽くした。
手どころか腕全体が痺れる。
「私、目障りな女は嫌いよ――特に勘のいい女はね」カレンの槍を右手で掴みながら幼女神は言った。
王女は治癒魔法をミアに掛けようと詠唱を始める。
カレンはミアを抱えて跳び退ると王女を護る態勢に入った。
「マキ、止血の魔法をホークウィンドお姉様に!」混乱から立ち直ったマーヤはマキに呼び掛けた。
「分かったわ――」マキの治癒魔法がホークウィンドを包む。
コールドゥはイェルブレードを連続で繰り出してゲルグに魔法を唱える暇を与えない。
対するゲルグは
キョーカとシーラも攻撃に加わったが、優位な態勢を作れなかった。
焦りが三人を包む。
ホークウィンドの応急処置を終えたマキが更に加わった。
四方向から取り囲んで乱打を浴びせる――しかし、ゲルグは攻撃を捌きながら魔法を紡いでいた。
マキは大盾を捨てると、両手で
そのまま精神を集中する。
「食らえ、奥義――ライチェススラッシュ!」ゲルグは目を疑った――マキの剣筋が消えたのだ。
マキの一撃が魔剣をすり抜けた――しかし、心臓を貫くと思った一撃は阻まれる――法衣の一部が黒い板金鎧に変形していた。
「“
「散々戦方士共とは戦ったからな。儂も少し研究したのだ」打ち合いながらゲルグは哄笑した。
少しずつ呪文が構成されていく――右後ろから攻撃をかけていたキョーカが魔法を唱え始めた。
ゲルグの魔法は先程ホークウィンドを戦闘不能に追い込んだものだ――唱えさせるわけにはいかなかった。
キョーカの方が先に魔法を完成させた。
ゲルグの詠唱が中断される――声帯を引きつらせる魔法がゲルグの障壁を突破したのだ。
簡単な魔法だった分、強い魔力で掛ける事が出来た。
ゲルグは魔法を解呪すべく無詠唱魔法を掛けようとした。
しかしマキとシーラはそれを許さない。
ゲルグの背後から王女をうかがっていた二人は彼女達が苦戦しているのを見て取った。
「コールドゥ、王女様達を――あの敵は幼女神エリシャだわ」
「出来れば殺すなよ」コールドゥは舌打ちすると王女達の方へと文字通り飛んで行った。
一方、王女はミアに治癒魔法を掛ける事には成功した。
だがミアは気絶したままだ。
幼女神エリシャは無数の紫の光球を王女達に放つ――王女達は攻撃に備えて身を硬くした。
攻撃は無かった――光球はエリシャの背後――コールドゥ目がけて飛んでいく。
<憎悪>の魔剣イェルブレードが光球を弾く。
一気に加速したコールドゥはその勢いのまま幼女神を横薙ぎに斬り払おうとした。
幼女神が憎かった――あと少しでゲルグを仕留められるという所でそれを邪魔された――。
幼女神エリシャにとっては攻撃が全て弾かれる等思ってもいない事だった。
慌ててコールドゥに向き直る。
破壊エネルギーの塊の光球が右手に宿る――コールドゥの左小手に光球は直撃した。
戦方士の装束が破れ――それだけだった。
コールドゥの左手、金属質な光を放つ素肌を露わにした――ケロイドすら幾何学的な、結晶の様な模様だ。
人間の身体など簡単に破壊できると幼女神は高を括っていた――それが裏目に出た。
イェルブレードは幼女神の腹部に深々と食い込んだ。
同時にカレンの魔槍が心臓を突きさす。
「かはっ――あ!」幼女神の口から大量の血が吐き出された。
イェルブレードが刺さった所から身体が灰になり始めた――生身のまま焼かれる。
幼女神エリシャは霊体化した、激痛が耐え難かった。
それは現世に干渉する力を殆ど失うという事と同義だ。
「次は貴様だ――ゲルグ!」コールドゥはたぎる憎悪を隠そうともせずゲルグの方へと向かって飛ぶ。
こうもあっさりと幼女神が倒されると思っていなかったゲルグは焦る。
実の孫の姿が大写しになったかの様にみえた――しかし天はゲルグに味方した。
振りかぶった魔剣が音を立てて落ちた――地面に落ちて転がったコールドゥは口から血を吐き出す。
「コールドゥ!」王女達は見た――コールドゥの左半身が炎のように燃え上がるのを。
炎は見る間に全身に広がった――コールドゥは立ち上がった――だが左足が砂の様に崩れた。
ゲルグは自分が見たものを疑った。
――コールドゥは声にならない声を上げてゲルグを睨む。
その間にもコールドゥの身体は灰となって消えていく。
時が止まったかのようだった。
キョーカ達が呆気にとられた瞬間をゲルグは見逃さなかった――自分に掛けられた魔法を
自分の足元に転がる<憎悪>の魔剣イェルブレードをひっつかむ。
一瞬後、窓を突き破って白い光が落下した。
部屋の中央に光が吸い込まれる。
マーヤ、ミア、キョーカ、マキ、王女の五人は咄嗟に魔法の結界を張った。
際どい所で結界は間に合ったかに見えた。
凄まじい光と衝撃、爆風が王女達を襲う。
爆発が収まった後に立っていたのはゲルグと王女とカレンのみだった。
ゲルグはイェルブレード、王女は魔法のペンダント――一度だけ身代わりになってくれる魔法の掛かったそれだ――の力で何とか倒れずに済んだ。
王女は辺りを魔法で探った――死んだ者は居ない――コールドゥを除けば。
カレンは深緋の稲妻の鎧――智恵と戦いの女神ラエレナの
王女とカレンは手を取り合う格好でがくりと膝をつく。
ゲルグがニヤリと笑って近づいて来る――その顔に渋みが差した。
階下から争う音が聞こえてくる――。
「狂王トレボーか、興ざめな」ゲルグは顔をしかめるとイェルブレードを握り直した。
「本来ならその身を汚してから殺してやるところだが時間が無い。愛しの王女様から始めて全員黄泉の国送りにしてやろう」
ゲルグの魔法でホークウィンド達も意識を取り戻した――しかし身体は殆ど動かない。
「やめろ――」うつ伏せに倒れていたシーラがゲルグを睨む。
その間にもゲルグはずかずかと王女達に近づいていく。
ホークウィンドもシーラ達同様、事態を固唾を飲んで見守る事しかできなかった。
苦無を投げようとしたが、腕が言う事を聞かなかった――思わず神に祈る。
――王女の前で憎悪に歪んだ笑みを浮かべたゲルグがイェルブレードを振りかざすのがはっきりと見えた。
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