柔らかな雰囲気に命が宿る世界

文体が柔らかく、西洋の寓話を読んでいるような心地好さがあります。
登場する全てのもの、花や沼にまで、命が宿りそこにある意味と意思を感じられて、イギリスの妖精の世界やアイヌのカムイの世界にも似た世界観です。

わたしは『底なしになれなかった沼』のエピソードにその世界観がよく表現されていると思います。わたしはこのエピソードが作中で一番好きです。
小さな水溜まりのようであった沼が、自分の周りに命がいるのに気付き、もっと多くの命を呼び集めて育もうと、健気に懸命に大きく大きく、深く深く自分を成長させていく優しさがとても好きです。
そして成長してしまったせいで、一つの命が失われたと批難されて、大きくなるのを止めてしまった悲しさも、愛しく感じます。

このエピソードのあるなしは、けして本編の流れを左右しませんが、このエピソードによってそれまでなんとなく物語を包んでいた雰囲気がぐっと色鮮やかに世界をくっきりと描き出したと思います。