花咲き香る夜に あなたと 【魔法使いルナウの結婚相談所】
寄賀あける
喫茶店『フルムーン』
淡いピンク色の鼻をピクピクさせてナッシシムがルナウに訊いた。
「今日のお
「サンザシ入りのケーキですよ、ナッシシムさん。今、我が家を取り囲んで白い花が咲いているでしょう? あれがサンザシです」
「あぁ、あのトゲトゲの木……お花をケーキに?」
「去年、
「へぇ、そうなんだ」
「あとでナッシシムさんも召し上がってくださいね」
嬉しそうな顔をしたナッシシムにルナウが優しい微笑みを向けた。
ここは村はずれ、『意地悪な妖精の森』の入り口の脇にある魔法使いルナウの住処を兼ねた喫茶店『フルムーン』だ。村で唯一の結婚相談所でもある。魔法使いのルナウは頼めば
ルナウの占いは当たるらしい。だが、魔法使いギルドの規定の料金を取るからよっぽどの事がなければ依頼する人がいない。たぶん同じ理由でポーションの注文も滅多にない。占いもポーションも物凄く高価なのだ。
結婚相談所の料金は成功報酬で一律、こちらはそう高くはないけれど、村の中で依頼する人が今はいない。村人は既婚者か積極的に結婚相手を探すには高齢過ぎるか、早過ぎる年齢だからだ。最後の一人はつい先日、ルナウの紹介で相手が決まったばかり。
だけど近隣の村から噂を聞きつけてくる相談者もいる。ルナウに頼めば必ず幸せになれる相手が見つかるともっぱらの評判だ。だけど依頼が来るのはぼちぼち、と言ったところ。ルナウ一人の店なのだから相談者が殺到しても困るので、程よい依頼数かもしれない。
喫茶店はルナウの手作りお菓子が日替わりでサービスされて、それを目当てで来店する客も少なくない。妥当な料金のお茶にお菓子が付いてくる、ちょっと休憩したいと思った村人が、まず思いつくのは『フルムーン』だった。しかし場所は村はずれ、つい近場で済ませてしまう。お陰でルナウの店はいつ行ってもゆったりと
そんなルナウの店に、今日も今日とて猫族の少女ナッシシムが開店前から押しかけて、あれやこれやルナウに話しかけている。
ナッシシムが来たのはルナウが客を持て成すためのケーキをちょうど焼き終えた時で、店にはおいしそうな匂いが漂っていた。
「お花は綺麗で可愛いけれど、あの木の
「ナッシシムさん、そう嫌ってはサンザシが可哀そうです。わたしはあの棘に助けられているんですよ。棘のおかげで、こんなに森の近くでも怖い獣が寄り付きません」
「あぁ、なるほど」
「それにサンザシの花言葉は『希望』『ただ一つの恋』『成功を待つ』などです」
「わぁ、結婚相談所に打って付け!」
「でしょう?」
ナッシシムがルナウと知り合ったのはつい最近だ。姉のアッリリユとあてのない旅の途中、やっとのことで抜けた『意地悪な妖精の森』、その出口には可愛い建物、店仕舞いをしていたルナウが『休んでいきませんか』と入れてくれたうえ、食事をご馳走してくれた。
見た目は人間、だけど全体がぼんやりと光を放つ美しいルナウ、きっとハーフエルフなのだわ、とナッシシムはひと目ルナウを見てそう思った。本人に確認したわけではないけれど、身体が輝く人間がいるなんて聞いたことがない。かと言ってエルフとも違うルナウだ。本人に訊けば早いのだろうけど、わざわざ訊くのも気が引けて、未にだ確認していない。
親を亡くして姉妹二人で何とか頑張って生きてきたが、住んでいた村の実力者のどら猫、もといドラ息子にアッリリユが見初められてしまい、無理やり結婚させられそうになって逃げてきた。そんな話をルナウは静かに聞いてくれた。
「アッリリユさんは、結婚するのはお嫌なんですか?」
「いいえ、結婚はしたいわ。でも、あんな男とじゃ嫌」
「どんなかたをお望みですか?」
「優しくて働き者。ナッシシムのことも大事にしてくれる、温かな心を持った人」
夢見るような瞳のアッリリユ、するとルナウがさらに尋ねた。
「アッリリユさん、なにが得意ですか?」
「わたし? わたしは裁縫と、毛繕いが得意と言えば得意です」
「それはいいですね。アッリリユさん、思い切って結婚しませんか? この村は住み心地の良いところですよ」
アッリリユの鼻先と耳の内側が真っ赤になった。一緒に聞いていたナッシシムの胸も時めいた。会ったその日にプロポーズ? この綺麗な人がわたしのお
「この村に、まだ相手の決まっていない猫族の青年がいるのです。家業は仕立て屋、結婚した相手とは一緒に働いて毎晩毛繕いをしあって労いあう。そんな風に愛を育むことを望んでいます。心根の優しい爽やかな青年ですよ――アッリリユさんにとっても、その青年にとっても、ピッタリなお話なので驚きました」
ここは結婚相談所、結婚相手を探しているこの村では最後の相談者のお相手が見つからなくて困っていたのです、とルナウが言う。そういう事だったのかと、がっかりしたのはアッリリユよりむしろナッシシムだったかもしれない。
「猫族のお嬢さんは、布を裂くのは好きだけど縫うのは嫌いなかたが多くて……もちろんアッリリユさんが結婚を望まれれば、のお話ですし、相談料は不要です。こちらからお願いしたことですからね」
とにかく一度お会いになられたらいかがでしょう? ルナウに勧められ、その晩は『フルムーン』に泊めてもらい、翌日、会いに行った仕立て屋のジョロバンは、ルナウの言う通り優しくて誠実な青年だった。
緊張とテレで、まともに話せないジョロバンは、ナッシシムとはすぐに打ち解け冗談を言っては笑っている。けれどアッリリユが話しかけると途端にコチコチになって何も話してくれない。それが却ってアッリリユの心をとらえたようだ。
とんとん拍子に話は進み、しばらくルナウの店に世話になっていた姉妹はやがて仕立て屋の離れに移った。ナッシシムがルナウの店に通うようになったのはそのころから。
「お姉さんを取られたようで、寂しいのではないですか?」
仕立て屋の離れに移ってから初めてルナウの店に来たナッシシムに、ルナウが微笑みを向ける。
「うん……姉さんったらジョロバンに夢中だから。ジョロバンも最初はあんなだったのに、今では、アッリリユ、アッリリユ、って姉さんを呼び捨てにするのよ」
「ジョロバンさんもアッリリユさんに夢中でしょう? お似合いのお二人です。お幸せに過ごされることでしょう」
「ルナウは姉さんが断らないって思っていたでしょ?」
「それはどうして? そんなこと、判るはずがありませんよ――ただ、ジョロバンさんはきっとこのお嬢さんを気に入る、とは思いました」
「ジョロバンが?」
「えぇ、ジョロバンさんには何度もどんな人を望むのか聞いていますし、結婚後の生活をどう考えているのか、具体的な話をたくさんしましたから。まぁ、相談者とは皆さんとそんなお話をするのですけどね」
「へぇ……ねぇ、ルナウ、結婚相談ってどんなことするの?」
「そうですね。わたしの場合は、まずはお相手にどんなかたを望むのかを聞いて、それが本当にご本人を幸せにする相手なのかをご本人とじっくり話したりしますね」
「自分を幸せにしてくれないような相手を望む人もいるって言うこと?」
するとルナウが寂しそうな笑顔をナッシシムに向けた。
「つい、目の前の幸せを望む人が多いのです。でも人生は長い、いろいろなことが起こります。わたしはね、ナッシシムさん。長く長く、一緒に居られるお相手をお勧めしたいと思うのですよ」
「へぇ、そんなものなんだ?」
「そんなものです」
「ねぇ、ルナウ。ルナウが結婚相談するところ、わたし、見に来てもいいかしら?」
驚いたルナウが目をぱちぱちさせる。
「仕立て屋さんじゃ、わたしがいても役に立たないし、暇を持て余しているの。邪魔しないから、いいでしょう?」
暇つぶしですか、ルナウが苦笑する。
「相談に来たかたをジロジロ見てはいけませんよ――店の奥まった一角、相談はあそこでいつもしています。そこから少し離れた席で、黙って聞いているだけなら構いません。口出しも、聞いた話を言いふらすのもダメです」
「やった! ルナウ、やっぱり優しいよね」
ダメと言ってもどうせ来るのでしょう。喫茶店のお客として来られたら、拒むわけにもいきませんよ。ぼやくルナウにナッシシムがさらに聞いた。
「ねぇ、ルナウ、なんで結婚相談所を始めたの?」
「……」
いつもはすらすらと答えるルナウがこのときは少し黙った。
「結婚を望む人に幸せになって欲しい――結婚すれば必ず幸せになれると決まっている訳じゃありませんし……はっきりとは、自分でもよく判りません。が、一緒に居られれば幸せと思える、そんな気持ちが長く続くような結婚をどうせならして欲しい、そう思ったからかもしれませんね」
「ふぅん……なんかよく判らない」
「すみません、わたし自身が判っていないのです」
とにかくその日から、ナッシシムはルナウの店に入り浸った。そして今日、ナッシシムが通うようになって初めて、結婚相談の予約が入った。期待でワクワク、いつもより早い時間に『フルムーン』に来たナッシシムだった。
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