スターチス
待居 折
晴れた日の午後
「私?私はAB型」
そう聞いた時、確かそんなに相性が良くなかった気がして、少しだけがっかりしたのを今でも覚えてる。
もともと全人類をざっくり四分割する血液型の相性なんて、本来なら信じちゃいなかったけど、それにすら縋りたかったってのも、あるにはあった。
なんにせよ、まぁ仕方ない。好きになってしまったものは、もうどうしようもない。小さい迷いは捨てて、覚悟を決めた。
とは言え、何か特別な手があったわけでもない。愚直なまでの、押しの一手。結果、彼女は僕の告白に、首を縦に振ってくれた。なんでもやってみるもんだ。
ずばぬけた笑顔と元気。彼女のそこに惚れて始まった恋は、しばらくは新しい発見の連続だった。
いわゆる隠れアニオタでゲームも大好き。キャラに反してびっくりするほどの少食。僕が聴こうとも思わないアーティストの大ファン。散らかし上手の仕切りたがり。とんでもない寝起きの悪さ。そして、そこはかとなく口が悪かった。
「おいふざけんなよクソが、ほんと頭来るわー!」
ゲームで対戦して、僕が珍しく勝ったりすると、テンポ良く罵詈雑言を浴びる。でも、たいして育ちの良くない僕にはそれも心地よかったし、普段とのギャップが可愛くて、ただゲラゲラ笑った。
知れば知るほど、どんどん好きになっていった。
でも、相手も自分と一緒とは限らない。
こういうのは雰囲気で分かる。付き合って二年が経ち、小さな言い合いが増えてきた頃から、彼女の眼が、もう僕を見ていない事に気が付いた。
もっと鈍感だったら良かった。変に気付くべきじゃないんだ、こういうのは。自分の過敏さに腹が立ちながら、それでも関係の修復に必死だった。
今までとはちょっと変わったデートの提案もしたし、こまめに連絡するようにもした。いつの間にか口にしなくなってたのかな…と、自分の気持ちも事あるごとにきちんと伝えた。少ない経験と考えうる策を総動員して、彼女を手放さないよう、みっともなく、あがき続けた。
精一杯の努力は、残念ながら報われなかった。
デートはだんだん少なくなって、ラインのやり取りも一日一回に減って、電話もなんだかんだと理由をつけて拒否された。こんなに想ってるのに、なんで伝わらないんだろう。焦り、苛立ち、そして、疲れ。色んな感情をかき乱されて、自分が自分じゃなくなっていくのが、はっきりと分かった。
同時に、なんで別れ話を切り出さないんだろうと思う冷静な自分もいた。避けられてるのは間違いないから、きっと別れたいはずなんだけど、まだ彼女を好きでい続けてる僕からは、どうしても諦められない。それならいっそ早くケリをつけて欲しい…と願った事もあった。
そして、あの日。文字でのやり取りでさえも言い争ったあげく、僕は決断した。
『もう理解できない。そんなに嫌なら別れよう』
『そうだね、そうしようか』
返事は凄くシンプルだった。
これでいいんだ。僕だけが、この気持ちを我慢すれば済む話なんだから。
「これを待っていたんでしょ?」
「僕が変わらず好きでいるのを知ってたから、言い出せないもんね」
「良かったね、思い通りに事が運んで」
最後に、嫌味のひとつも言ってやりたかった。でも、文字にすると余計に角が立つ気もしたし、何より、終わった後でだらだらとみっともない真似はしたくなかった。
「どうして自分から別れ話を切り出さなかったの?」
これも、訊けるものなら訊きたかった。彼女の言動の、最大の謎だった。
でも、訊く機会はなくなった。
別れてひと月も経たずに、彼女は死んでしまったから。
ほんの少しだけ、様変わりはしたけれど、それでも、僕の生活は問題なく続いていた。
アニメは観るのを止めた。観終わった後、二人で感想を言い合ったりしてたのを思い出すから。
ゲームも、もうやらない。そもそも対戦相手がいない。
あのアーティストに至っては、名前を見るのも嫌だ。少しメロディーが聴こえただけで、視界がぼやけるのは分かってる。
にぎやかだった日常が、独りでいた頃に戻っただけ。それだけの話。静かに過ごす独りの部屋も、それはそれで悪くない。
そう思っていた矢先、掃除をしていたらベッドの下から薄手のカーディガンが出てきた。お気に入りなのに「なくなった」ってギャーギャー騒いでた、あのカーディガンだった。
いつの間にこんなところに入ったんだろう。本当に、散らかし上手だ。
「この部屋にあると思ったんだよねー、いやぁ失礼!」
苦笑いする彼女の顔が一瞬で浮かんでくる。
「ちょっと…本当に、しっかりしてよ」
そう言ってやりたかった。
なんで、もういないんだよ。
お気に入り、取りにおいでよ。
スターチス 待居 折 @mazzan
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