244 お茶会の勝利で掴んだもの、そしてその目は海の彼方へ

「ただいまパパ!」


 ジャクリーヌ様のお茶会から帰ってすぐ、私はお父様ではなくパパ呼びで、お父様に抱き付いた。


「お帰りマリー。その様子では、大成功だったようだね」

「はい♪」

「ええ、最初から最後まで、とても立派だったわ」


 お母様も太鼓判を押してくれて、お父様が安心したように優しく頭を撫でてくれた。


「そうか。それは良かった。様子を聞かせてくれるかい?」

「もちろんです」


 着替えてリビングに場所を移して、お茶会の様子を話して聞かせる。


 屋敷に入ったばかりでは、まだ緊張して手が震えもしたけど。

 帰るときはまったく平気だったわ。


 しかもお茶会の様子を聞きつけたのでしょうね、私の品定めに、モーペリエン侯爵本人が見送りに出てきたくらいよ。


「本当に底意地が悪そうな顔をしていました。でも、不思議なくらい平気でした」


 モーペリエン侯爵を見ても、手も震えなかったし気後れもしなかった。

 だってわざわざモーペリエン侯爵自ら出てきたと言うことは、私がジャクリーヌ様に勝ったと、私の方がジャクリーヌ様より上だと、そう認めたからに他ならないわけでしょう?


 だから、凛と胸を張っていられたわ。

 それも、勝ち誇りもせず、また、わざとらしく下に見ることもなく、ただ自然に、あるがままに、これが当然の結果なのよ、ゼンボルグ公爵家とモーペリエン侯爵家の格の違いなのよと、そう示すように。


「私を見た瞬間、モーペリエン侯爵が一瞬あっけにとられて、苦虫を噛み潰したような顔になって、それはもうスッキリしました!」

「そうか。それは良かった」


 またお父様が優しく撫でてくれる。


 まだ完全に克服したかどうかは分からない。

 賊に直接襲われたら、やっぱり怖いと思う。


 でも、もうモーペリエン侯爵家なんか怖くない。


 逆恨みの報復には今後も注意が必要だけど。

 それでも、私はもう負けないわ。


「しかし残念だな。そんなモーペリエン侯爵を、私も見てみたかった」

「ええ、とても見物でしたよ」


 お父様がおどけると、お母様がクスクス笑う。


「ええ、私もパパに見せてあげたかったわ」


 後は、お父様の政治的手腕頼りだけど、新特許法を進めて、モーペリエン侯爵家包囲網から圧力をかけていくことで、力を削いでいけばいい。

 これでこの件は大きく一区切りね。



◆◆◆



「なんなのだあの小娘は……!」

「お父様……」

「ああ、よしよし大丈夫だ愛しいジャクリーヌ。私が必ずお前を、殿下の婚約者にしてみせる。お前以上に王妃に相応しい娘がいるものか」

「……はい!」

「おのれ……絶対に許さんぞ、田舎者の貧乏人どもめ!」



◆◆◆



「ブルーローズ商会が、もうルシヨ子爵家うちには魔道具を売らないと! 作物の買い取りに難を示す商会まで出てきて! これでは我が領は……! どうしてくれるんだロデーズ伯爵!」

「う、うるさい! こっちも同じだ! 貴様がヘマをしたせいだろう! 収益が下がるなど絶対に認められるか! 貴様、賠償しろ!」

「なっ!? それはこっちの台詞だ! 貴様こそ賠償しろ!」

「貴様! それが伯爵たるこの私に対する口の利き方か!」

「黙れ黙れ黙れ! 貴様らのせいで何もかもが滅茶苦茶だ!」



◆◆◆



「モーペリエン侯爵め余計な真似を!」

「やるなら確実に仕留めなくてどうする! それを、中途半端な手出しをしおって!」

「新特許法などと、藪蛇のとばっちりもいいところじゃのぉ」

「特許は我ら賢雅会の物だと言うのに……これは早急に手を打たねば」





 それから私達は、ジエンド商会のレストランで改めてソルベシャーベットを入れたコース料理を堪能し、その質の高さを確認して。

 ブルーローズ商会の魔道具販売の店舗を開店して、そのお祝いに参加して。

 到着が遅れてずれ込んでしまった予定を慌ただしくこなし、早々に王都を出立した。



 そして、無事ゼンボルグ公爵領へ帰り着くと、嬉しい報告が待っていて――


「みんな、これからこの船の本気も本気の速度、行きますよ! 魔道スラスター全力全開! 第二戦速を飛ばして最大戦速へ!」

「アイアイマム、魔道スラスター全力全開、最大戦速、ヨーソロー!」

「速い! 速いよ! なんて速いんだ!」

「まるで船が海の上を飛んでいるようではないか!」

「なんて速度だ……船とはこれほどの速度を出せるものなのか!」

「マリー、すごいわ! とってもすごいわ!」

「これが私の……この船の本気です!」


 ――遂にお披露目を迎えた、ショートクリッパー型魔道帆船、練習船一番船、未来への架け橋ブリッジ・トゥ・ザ・フューチャー号に乗って、海へと漕ぎ出した。


 沿岸付近を軽く回るだけの短い航海だったけど、私達は確かに実感したの。

 未知なる海へ漕ぎ出せるって。

 新たな航路を切り開いていけるって。


 やがて桟橋に戻って来た未来への架け橋号から降りて、船員達を前に、お父様に続けて訓示する。


「これまではただの練習でした。でも、明日からは遂に本番です。本気でこの大西海を越えるための航海に入ります」


 私の言葉に、船員達の誰もが表情を引き締めた。


「海は広いです。どこまでも果てしなく続くくらいに。だから必ずやあります、まだ誰も見たことがない島が、大陸が、未知との出会いが」


 一度言葉を切って、私は船員達の顔を見回して、それから力強く声を張り上げる。


「まず目指すのは遥か南、アグリカ大陸です! 片道四カ月も五カ月も六カ月も掛かる東回りの交易路など、もはや不要。私達は世界で初めて、最短距離を突っ切ります! ゼンボルグ公爵領の船が、航海術が、世界をリードし、新たな航路を私達が一丸となって切り開くんです!」


 そのために、船員達は訓練を積んできたんだものね。

 でも彼らの役目はそれだけじゃない。


「そして前人未踏のその航海の最中さなか、もし誰も住んでいない島を見付けたら、徹底的に調査して、安全を確認して下さい。そしてその島に、ゼンボルグ公爵家の旗を高く掲げて下さい。そうすればその島は、皆さんが見付けた、新しいゼンボルグ公爵領の領土となります! そう、その島はまさに宝島! その島の全てが、誰はばかることなく、私達の物になるんです!」


 一瞬あっけにとられたような船員達が、ジワジワと私の言葉の意味を理解してきたのか、興奮に頬を紅潮させて、目を輝かせる。


「さあ、船出しましょう! 未知なる世界へ! ゼンボルグ公爵領の輝かしい未来へ向けて!」

「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーー!!!」」」」」


 私の突き上げた拳に、船員達もみんな希望に満ちた顔で力強く拳を突き上げた。






――――――――――


 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 また、レビュー、応援、コメント、誤字脱字報告、ギフトをありがとうございます。

 個別に返信はしていませんが、ちゃんと全て読んでいます。

 感想だけでなく、参考になる知識を教えて下さる方もいて、とてもありがたいです。


 ギフトを下さった方々のために、他の作家さんのように限定エピソードを、とも考えるのですが……なかなかその余裕がなく、ずっと先送りになっています。

 よさげなネタは、だいたい閑話として書いてしまっているので……。


 ともあれ、第二部完結です。

 予定より話数が多くなったので、申し訳ありませんが今回も閑話はなしで。


 なかなか船出せず、長々とお待たせしてしまいましたが、これにて準備完了です。

 船を作る以外の、海洋貿易を見据えた内政、さらにオルレアーナ王国内の王家や貴族家の政治情勢、ヴァンブルグ帝国とその関係など、マリーとゼンボルグ公爵領を取り巻く状況が色々見えたと思います。

 加えて、マリーがプロローグのマリーへと繋がるルートへ入ったのではないかと。


 そして次回から、いよいよ第三部です。

 遂に、アグリカ大陸への直通航路開拓に乗り出します。

 第二部で分量を取ったおかげで、いちいち政治がらみの説明で脇道に逸れずとも裏の動きを想像出来ると思うので、航路開拓と海洋貿易に集中してどんどん進めていけるはずです。

 多分。


 第二部ではイベントの玉突き事故や、急遽プロットの変更などを行ったこともあり、書籍化作業と平行して、ラストの方は執筆と投稿は結構ギリギリでした。

 なので、第三部の大筋は決まっていますが、詳細を考えるのはこれからになります。

 アグリカ大陸の国々、オルレアーナ王国近海の様子、さらに交易の影響を受けるだろうアラビオ半島以北の国々など、新たに設定すべき内容も数多くあります。

 なので、次回投稿までまたしばらくお休みさせて下さい。

 投稿出来る目処が立ちましたら、近況ノートでお知らせします。

 ご了承のほど、よろしくお願いいたします。


 それでは、第三部「切り開くはアグリカ大陸への直通航路(仮)」を、是非楽しみにお待ち下さい。

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悪役令嬢は大航海時代をご所望です 浦和篤樹 @atuki1419

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