243 令嬢達のお茶会の攻防 2
さて、ジャクリーヌ様の攻撃は凌いだことだし、次は私のターンといかせて貰うわ。
「私も手土産に、非常に珍しいお菓子を作ってきたんです。よろしければいかがですか?」
私が背後のエマに合図を出すと、エマがモーペリエン侯爵家のメイドに合図を送る。
そのメイドは一礼すると応接室を出て行った。
手土産だから、一度モーペリエン侯爵家に渡されて毒味をされているのよね。
つまり、それを取りに行ってくれたわけだ。
「貴族の令嬢が厨房に立つだなんて、田舎者は本当にはしたないったら」
「非常に珍しいだなんて、大きく出たわね。どんな田舎臭いお菓子かしら?」
「ああ、田舎臭いお菓子なら、確かに珍しいわね。でも、王都暮らしのわたし達の口に合うとは、とても思えないわ」
取り巻き令嬢達が気まずさを吹き飛ばさんと、ここぞとばかりに扱き下ろしてくる。
今だけは好きに言っているといいわ。
目にした後、果たして同じことが言えるかしらね?
程なく、先程のメイドがワゴンを押して戻って来た。
ただしその表情は青くて硬くて、動きがぎこちない。
ジャクリーヌ様が訝しそうに視線でそのメイドを咎めるけど、メイドにはそれに気付く余裕もなさそうだ。
やがてテーブルの脇にワゴンを押してくる。
ワゴンの上にはクーラーボックスサイズの、
「なんなんですの、仰々しいですわね。大げさな容れ物に入れれば高級だとでも思っているのかしら? 浅知恵だこと」
私が自分以上にヴァンブルグ帝国語を話せたショックからようやく回復したのか、また口が回り出したわね。
中身も見ずにその決めつけ。
果たしてどちらが浅知恵かしら?
メイドが青い顔のまま震える手で小型冷凍庫を開き、中身を取り出す。
「「「「――っ!?」」」」
途端にジャクリーヌ様と取り巻き令嬢達が息を呑んで固まった。
メイドは私達に配り終わると、次は母親達のテーブルへ移動して、同様に震える手で配る。
「「「「――っ!?」」」」
母親達の方でも、お母様以外の四人が、娘達同様に息を呑んで固まった。
「どうでしょう? 本日は特に日差しが強く暑いですから、少しでも涼しくと思い、
「こ、こ、ここ……!?」
ジャクリーヌ様、鶏の真似ではないわよね?
なんて、よっぽど驚いたみたいね。
氷菓子と言えば、王族や大貴族でさえ滅多に食べられない程、とんでもない金額の金貨を積み上げないと口に出来ない、非常に珍しい超高級なお菓子だ。
何しろ、雪山から雪や氷を溶ける前に運んでこないといけないから。
それこそ、こんな幼い侯爵令嬢のお茶会で出せるような代物ではないわ。
本来ならね。
「
私の解説に、取り巻き令嬢達が騒然となる。
「シャーベットだかなんだか知らないけど! こ、氷菓子だなんて!」
「そ、そうよ! こんな高価なお菓子を!」
「お、お金をかければいいと言うものではないわ! こんなあからさまな! はしたない!」
「あら、我がゼンボルグ公爵家にしてみれば、この程度の氷菓子など、大したものではないですよ。好きなときに好きなだけ食べられますから」
「「「「――っ!?」」」」
「「「「――っ!?」」」」
娘達と母親達が再び絶句。
だって、冷凍庫があればいくらでも作れるわけだし、ねえ?
もちろん、そんなこと教えてあげないけど。
最初は各種クッキーやショートケーキも考えていたの。
でも、やっぱりゼンボルグ公爵派の貴族家にある程度広まって、それらはゼンボルグ公爵領特産のお菓子と言う認識が出来てからにした方がいいと思ったから。
それに、こういうのは一つに絞って、より大きなインパクトを与えたいじゃない。
確かに、一見するとまるで金貨袋で殴っているような、そんなはしたなさがなきにしもあらずだけど、実際には全然違うしね。
材料費だけならクッキーより遥かに安いわよ。
「さあ、溶けないうちにどうぞ」
勧めるけど、誰もがシャーベットを見つめて、おいそれと動けないでいる。
だけど私とお母様は、そんなのお構いなしで食べた。
「うん、冷たくて美味しい♪」
その後は、ジャクリーヌ様も取り巻き令嬢達も、ちゃんとシャーベットを食べた。
やけくそだったり、氷菓子自体食べるのが初めてで感動し過ぎだったりと、かなり情緒不安定な様子だったけど。
母親達も含めて、珍しさと高価さと美味しさとで、それはもうリアクションがすごかったわ。
それから。
「こちらのシャーベットは、我が家のジエンド商会が王都で構えているゼンボルグ公爵領料理を出すレストランで、コース料理の一品として提供を始めました。もちろん、デザート一品分のお手頃価格で。是非、皆様お誘い合わせの上、お越しください」
ちゃっかり、宣伝もさせて貰ったわ。
「う、嘘よ!」
「氷菓子をそんな値段で出せるわけがないわ!」
と、母親達も含めて、阿鼻叫喚になってしまったけど。
「では、お店へいらして、ご自身の目と舌で確かめて下さい」
余裕の微笑みを返したら、言葉を詰まらせ、黙りこくられたけどね。
これは後日聞いた話だけど、噂が噂を呼んで、王都に滞在している貴族の大多数から予約が入ったらしいわ。
そのほとんどが、嘘を暴いてやろう、不味いと扱き下ろしてやろうと言う目論見だったみたいだけど。
でも、結果なんて、聞かなくても分かるわ。
あまりにも安価に、これまでにない全く新しく美味しい氷菓子が食べられると大評判になって、リピーターが続出だったそうよ。
もちろん、珍しい西方の海の魚や、柔らかく口の中でとろけるようなお肉もね。
これは布石。
これで今後、ゼンボルグ公爵領から王都へ運ばれてくる様々な品が注目を集めやすくなったわ。
同時に、田舎の品と馬鹿にして見向きもしなかった古参の貴族達の、手を出す心理的なハードルも下がったはずよ。
今はまだゼンボルグ公爵領の特産品だけだけど、いずれアグリカ大陸および新大陸原産の珍しい品が運ばれてくるからね。
「やっぱり暑い日はシャーベットに限りますね♪ そうは思いませんか?」
そうしてその後のお茶会は、ジャクリーヌ様も取り巻き令嬢達もボロボロで、ろくな嫌味も言えず、目を逸らしたり黙り込んだり。
私が圧倒的かつ一方的な勝利を収めて、幕を閉じた。
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