4 資料室の探索

 10分ほどっただろうか。真っ暗で、その上ひとりだと時間の感覚がよくわからない。

 うん、ここを無事に出ることができたらせめて時計ぐらいは買おう。文字盤が光るやつ。なにも見えなくて、しかも時間経過すら曖昧だなんて不安すぎる。

 ここで、脈拍で時間でも計れたら少し格好いいのだが、こんな状況じゃあそれは無理だ。脈が明らかにいつもより早い。まあ、そもそも普段の脈拍だってどれぐらいなのか知らないんだけど。

 それはともかく、どれぐらいの時間が経ったのかはよくわからないが、少なくとも目が暗闇に慣れる程度の時間は過ぎたらしい。試しに部屋の中を壁越しに歩いてみたのだが、2、3メートルくらいの距離ならなんとなく輪郭がわかるようになったみたいだ。

 ちなみに、そもそもこの部屋に閉じ込められる原因となった道徳の教科書は扉のすぐ近くに落ちていた。変なところに隠されてなくて、それだけでもホッとした。

 この部屋は資料室の名の通り棚がたくさんあり、その中には紙がじられたバインダーや、なんらかの資料が入っているのであろう段ボール箱が収納されているようだ。

 棚はどれぐらいあるのだろう。部屋の大きさがわからないので考えようもないが、棚と棚の間の通路は人1.5人分ぐらいのスペースしかないので、かなり詰めて配置されていることがわかる。

「それにしても、案外輪郭ってわかるものなんだね……」

 これなら、壁から手を離してもなんとか歩けるかもしれない。

 幸い棚も多いのだ。棚に手をわせておけば暗闇の中で完全に触るものを見失うということにはならないだろう。

 わたしは勇気を出して壁から手を離し、すぐそばに輪郭だけ見えている棚をつかむ。そして、そこから今度は壁ではなく棚沿いに歩みを進める。

 建物の中だしそんなに広くはないのだろうが、おっかなびっくり歩いているせいか、部屋の端にはすぐにはたどり着かなかった。

「そういえば、輪郭って真っ暗でも見えるものなの?」

 暗闇でも若干の輪郭が見えるのはわずかなりとも光があるからではないだろうか? それなら注意深く探せば光源が見つかるかもしれない。

 そう思いついてからは、わたしは部屋の隅々を見回しながらゆっくりと歩を進める。歩くスピードは遅くなってしまったが、どうせやることもない。誰も助けてはくれない。

 それに暗闇の中ではなにもやらずにじっとしておくよりも、なにか目的を持って動いている方がずっと気楽だった。

 それからしばらくして、わたしは床の一部が輪郭を持っていることに気付いた。目をこらしてよく見てみると隙間から光が漏れているように見える。

 しゃがんで床をペタペタと手で触って調べてみると、床下収納の蓋に付いているような回転式のレバーがある。

 ひょっとしたらどこか別の場所につながっているのかもしれない。

 レバーを引いて床の一部を開けてみると、単なる床下収納ではなく、はしごが下へ下へと続いていた。光源はまだ見つからないものの、はしごの輪郭は周りの本棚よりも少しだけ、はっきりと見えるような気がした。

「この先に光があるのは間違いない……よね?」

 はしごから落ちたりはしないだろうか、わたしが気をつけたとしても、こんな廃工場の、しかも忘れられたかのような床下のはしごである。最後に安全確認されたのがいつかなんてわからないし、はしごが朽ちていて足を踏み外すかもしれない。一番下が何メートル先なのかもわからない。

 床に膝を付けて、試しにはしごを手で持って揺らしてみる。

 ……びくともしない。

 次に床下に下半身をつっこみ、足をはしごに乗せてみる。まだ、手は床に着いているので、そんなに体重は乗っていない。

 うん……、これも大丈夫。軽くジャンプして体重を掛けても問題なかった。

 じゃあ最後に……。

 床に着けていた手を片手ずつ離し、はしごを掴んだ。いま、わたしの全体重がはしごに乗っている。

 ……。

「落ちない、よね? はぁ、よかったぁ」

 まずは1段目。あとは気をつけつつ、1段1段慎重に降りていけばいい。

 足を1段下ろし安全を確認する。手を1段下ろし安全を確認する。逆の手足も同様に。

 着実に進めていけば何事もなく、はしごの最後の段へとたどり着く。しかし、残念なことに最後だとわかった理由はそれ以上足の踏み場がなかったからだった。

「ちょっとこのあとどうすればいいの?」

 精一杯足を伸ばしてみるが、続きのはしごも、ましてや地面に足が着くこともない。

 顔を下に向けてみたものの、地面まですぐそこというようにはとても思えなかった。少なくともはしごから飛び降りるというリスクを冒す気分にはなれない。

「ん? あれなんだろう?」

 穴の底は見えないが、はしごの一番下の段になにかがぶら下がっているのが見える。もう少しちゃんと見てみたいけど、更に下に降りるためには足はそのまま、腕だけ下の段へと降ろさなければならない。

 穴はそこそこの広さがあるので体がつっかえるようなことはないけど……体勢的に結構キツい……。

 それでもなんとか片手を伸ばせば届くところまで降りてこられた。ぶら下がっているのではなくくくり付けてあったそれは、社員証などを入れられるようなストラップの付いたカードケースだった。中にはカードが1枚入っていたが、暗闇のせいでなんと書いてあるかまではわからない。

 こんなのがあっても資料室の扉を開けられるわけじゃないしなぁ。

 とはいえ、せっかく手に入れたものを穴の下に落としてしまうのももったいないので、とりあえず首に掛けておく。

 さて、これ以上は行けそうにないわけだけど……。仕方ない、上に戻るか。

 体勢を元に戻したわたしは、気合いを入れて足ではしごの一番下の段に体重を掛けたのだが、それがいけなかった。『ガコッ』という嫌な音とともに足が求めていた支えは無くなり、驚いたわたしは一番やってはいけないこと――、はしごを掴んでいた手を緩めてしまう。そんな手でじゅうを支えられるわけもなく――

「えっ、ちょっ、いやあああああああああ!?」

 はしごが手から離れていき、わたしは奈落の底へと落ちていったのだった。

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サワーミーツ 四葉くらめ @kurame_yotsuba

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