ヒトモドキの生態
高黄森哉
研究者遠野
「これが私が採集した Hitomodeky のサンプルであります」
「これは、ヒトモドキというくらいだから、人ではないのですね」
「ええ、人でなしです。分類することは出来ません」
長い髪の研究者、遠野は女性にしては低い声でそう断言した。彼女は長年、人に化ける怪物、ヒトモドキの研究を行っている。彼女がそれに出会ったのは学生の時だった。
「それでは彼らは何の仲間なのですか」
「いいえ、彼等には仲間はいません」
「仲間がいないのですか」
「群れることはします」
「一属一科ではないのですか」
「いいえ、動物ではありません。これはウイルスのような、すなわち生物もどきであります。ちょうどプリオンのようにタンパク質で構成されている機械のようなモノです」
「なぜ動物でないと判明したのですか」
「彼らは生殖をする能力がありません。もし生物だと考えると、生物の原則である生殖に違反するのです」
「これは生殖器ではないのですか」
「似たような働きはありますが性交をする能力はありません。おそらく飾りでしょう」
記者は理解が出来なかったため質問をした。
「それは不妊ということですか、それとも不能ということですか」
「いいえ、無能ということです」
机の上で昏睡状態にされている人モドキのサンプルが呻く。
「人モドキ、………… 人モドキ」
「これは、先生。これは私達のことを言っているのでしょうか」
濁った眼が記者の方を恨むかのように見ていた。
「彼らは気に入った言葉を繰り返す傾向があります。これは群れで共有します。私が命名したときの言葉を覚えているのです。これは自発的なものではありません」
「そうですか。普段はどのような言葉を使っているのですか」
「意味の分からない単語群を呟き、群れがそれぞれ、各々の都合のいいように解釈しています。極めて原始的な群れなので、それだけで事足りるのです」
「そうなのですか」
「彼らの単語を繰り返す本能は、脳みそにあたる部品の、生物学的解釈で理解かのうです」
遠野はお手洗いに案内する。記者の郷はどぎまぎした。綺麗な秀才学者の遠野と男子トイレの個室で二人きりである。
「ここで解剖を行います。不衛生なので、触らないようにしてください。もし皮膚に付着したら、便器の水で洗い流すようにしてください」
ハンマーを叩くと脳味噌が露出した。
「わっ、これはひどい」
「ええ。脳みそが委縮しています。考えることを放棄した人間の物によく似ていますが、決定的に違うのは、これのニューロン一つ一つに欠陥を抱えているということです」
「ニューロンがあるのですか」
「相同器官ではありません。収斂の結果です。つまり便宜上ニューロンと呼んでいるだけでそれほど複雑な構造は有していません」
記者は思った。
「ひょっとして電極を刺すと、発達障害に似た信号を示したりしませんか」
「不謹慎です。彼等は、明確に人間です。我々と彼等を隔てる者は何もないのです。線引きは相対的であり、その名称は多数決論者の妄想です。私達だって全身脱毛症の猿の筈です。それに誰だって欠陥は抱えています。ほら、私だって」
遠野は胸を見た。確かに彼女の胸は小さかった。
「僕はそれは欠陥ではないとおもいます」
「話を戻しましょう。つまり遺伝子の欠陥は進化のきっかけとなります。つまり人類を前進させる可能性があるのです。障碍者は人類の期待の星なのです」
遠野は熱弁した。彼女は今を生きる人間として、前時代的差別心から解放されていた。もし捨てきれないのなら愚かだろう。それは遅れた人間である。
「しかし人モドキは違います。そもそも生殖をすることが出来ません。それに進化のブーストたり得ない。しかも彼等は人類に不利益をもたらします。学会では、障碍者から者の部分を抜き、障害と呼称する案もあります。人類と彼らは、片利共生といっても過言ではないでしょう。寄生虫と同じですが、寄生虫は生物なので寄生虫と呼ぶと語弊があります」
「ははあ」
「それでは他の部位の解説に移ります」
遠野は脳みその欠片を便器に流そうとした。
「ちょっと待ってください。それを下水道に流しても衛生上問題はありませんか」
「幸い彼等に毒性はありません。公共の施設に不衛生なものを流すという倫理的な理由を除き、これを細かくして便器に流しても問題はないでしょう。ゴキブリを天ぷらにして食べることと同様です」
そして遠野は切り刻み始めた。
「これはいままでに多くの影を落としてきました。これが人でないと気が付いた人間は何人もいました。そして、これらの物はこう呼ばれてきました。それはこうです」
切り刻まれたペニスに見える部品が便器に流されていく。
「ネット民」
ヒトモドキの生態 高黄森哉 @kamikawa2001
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