第2話 謎の女子生徒と自殺

俺は、なるべく学校に行かないようにしていた。


 学校に行かない日は家でゲームをするか、地元の図書館へ行って本を読んで時間を潰す毎日。


 でも俺、何の為に今の学校に固執しているのだろう? 最悪、公立中学に編入してしまえばいいだけなのに。


 ……俺は世間体を気にしているんだ。


 うちの学校は、地元で一番頭の良い私立中学だ。


 片親・シングルマザーで貧乏な家庭にも関わらず、母さんが俺を小学生の頃からしっかりと塾に通わせてくれて今の中学に合格し、通うことが出来ている。


 それを「辞める」と自分から言う勇気が無いんだ。


 うちの母さんは「辞めたくなったらいつでも学校、辞めていいからね。転校してもいいからね」と言ってくれている。でも、俺は言い出せないままでいた。


 学校に行っても、学校では無視されハブられ、体育の授業の際に荷物係に貴重品として電車のICカードや腕時計を預けてもそれを盗まれ、壊されていた。


 城南は普段から俺のことを「メンヘラ汚物」と呼び、それに乗じて周囲の連中も俺のことをバカにする。


 体育の際には誰もペアを組んでくれず、あぶれた生徒が「嫌々」俺と組むか、体育の教師と組むようになっていた。


 係決めでも、俺が休んでいる間に誰もやりたがらない係にさせられていたり、体育祭では誰も出たがらない競技に勝手に出場させられていた。


 周囲にはそれをおかしいと思っている連中も恐らくいる。でも、城南には逆らえないんだ。カーストトップの城南に逆らうと、今の中学での学生生活を順調に送ることが出来なくなるからだ。


 俺は学校を辞めることも出来ず、かといって学校に通うことが精神的な苦痛になっていた。


 元々、学年トップクラスに良かった成績もだんだんと下がっていった。


×××


とある晩秋の日の放課後。


 俺はいつも、昼休みには誰とも顔を合わせたくないので、今は使われていない旧校舎の屋上で昼ご飯を食べている。


 旧校舎の屋上への扉の鍵は壊れているんだけど、それを知っている生徒は恐らく俺だけだろう。何故なら、普通の生徒は教室で昼ご飯を食べればいいし、わざわざこんな新校舎から離れたところに近付く理由が無いからだ。


 俺は放課後には真っすぐに帰っているんだけど、今日はその屋上へと向かっていた。


 今日も屋上への扉を開けると、木枯らしが俺に向かって吹いてきた。

 不思議と寒さを感じない。


 柵の向こうには下校する帰宅部の連中、グラウンドにいる運動部の連中などがよく見える。


「異世界転生の際には、俺に強い能力を授けて下さい」


 そう独り言を呟いて俺は柵を乗り越え、そこから飛び降りようとした。

 すると、入り口の上の給水タンクの方から声が聞こえてくる。


「死のうとしてるのー? それも悪くないわねー」


 ふと飛び降りる足を止め、そっちを振り返る。

 そこには、一人の女子生徒が立っていた。


「お前のことを俺は知らないが、お前を俺の自殺の第一発見者にしてしまうことになる。でも、許してくれ」


 距離がある為に俺の声は聞こえていないとは思うけど、そう言い残し俺は再度、飛び降りようとした。しかし、足がすくんでそれ以上は前へと進むことが出来なかった。


「まだ、この世に未練があるんじゃないー?」


……その通りだった。


俺は別に死にたい訳じゃない。ただ、生きるのが辛いだけだ。

その生きる辛さから解放してもらえるなら、自殺以外の方法を選びたい。ただ、その方法を俺は思いつかない。


 俺が柵の向こう側でそんな考え事をしていると、いつの間にかその女子生徒は俺の元へとやってきていた。


 黒髪ロングヘアで色白。若干釣り目がちではあるが目はパッチリ二重で大きい。

 ブレザーの胸元のリボンの色が赤色。

 うちの中学では入学年でリボンの色が違う。赤色は同級生の色。


つまり、こいつは一年。


「ははは……。自殺しようと思ってここに来たんだけど、ご覧の通り足がすくんでしまって飛び降りることが出来ない」

「恐らくあなたは自殺したい訳じゃない。生きる辛さから解放してもらえるなら、自殺以外の方法を選びたい。ただ、その方法を思いつかないだけ。違う?」


 その女子は、俺の気持ちを的確に捉えて話した。


「お前は何故、俺の気持ちをそんなに的確に捉えることが出来るんだ?」

「その質問に答える前にまず、私は『お前』じゃないわ。紬。百道浜紬(ももちはま つむぎ)っていうの。宜しくね」


 その女子、百道浜は、自殺志願者である俺に対して自己紹介をしてきた。


「ごめんな。俺も名乗りたいところだけど、死のうとしている人間が自己紹介はおかし……」

「零くん。小倉零くん、でしょ?」


 百道浜は、被せ気味に俺の名前を言った。


「何で俺の名前を知ってるんだ?」

「私、学年全員の名前と顔を一致させることが出来ているの」


 俺は彼女のことを知らないのに、彼女は俺のことを知っている。なんだか少し不気味な感じがしなくもない。


 でも、そんなことはもうどうでもいい。


 俺は恐らく、自殺することは出来ない。また今まで通り、苦しみながらこの学校に通うか、退学・転校するしかない。


 いっそのこと、誰か俺を殺してくれ。他殺であれば、俺自身が勇気を出して自殺などする必要がなくなるから……。


「……百道浜、俺を助けてくれないか?」


 初対面の女子に、俺は無意識に意味不明なお願いごとをしてした。

 自殺志願者から「助けて」と言われたところで、どうしたらいいか分からないよな。戸惑うに決まっている。


 だが、百道浜は全く動揺せず、笑顔でこう言う。


「勿論よ。私、あなたを助けにきたんだもの」


 正直、意味が分からなかった。

 初対面の俺を助ける? 何の為に? どうやって?


 その疑問を素直にぶつけてみよう。


「俺を助けるって、具体的には?」

「それを知りたいなら、私のお願いを聞いてくれるかしら?」

「その『お願い』とやらの内容による。でも、こんな俺のできることであればだいたいは聞けると思う」


 すると百道浜は、俺にこう提案する。


「私と、部室でお菓子と紅茶を味わいながらお話をしてほしいの。どう?」


 俺は面食らってしまった。


「そ……それだけ?」

「そう。それだけよ?」


 もっとこう、例えばの話、この旧校舎のどこかに死体があってそれを運び出してほしい、闇の組織から狙われているから守ってほしいだとか、無理難題を押し付けられるものだと思っていたんだけど、その「お願い」とやらは思いのほか普通だった。いや、おかしな願い事ではあるけど。


「それは全然構わない。でも、お菓子と紅茶を味わう部活なんてこの学校にあるんだな。全然知らなかったよ。ていうか、なんだよその部活」

「その話も聞きたいと思わない? それに、私もあなたのように自殺を考えるまで追い詰められている人間のお話を聞くの、凄く楽しみなのよ」


 あまりいい趣味とは言えないけど、遅かれ早かれ俺はこの学校を辞めることになるだろうから、彼女からの願いがこの学校での最後の願いだと思って聞こう。


「分かったよ。俺の話でよければいくらでもする。だから、その部室へと案内してくれ」

「了解」


 そして俺は百道浜の案内の元、その部活の部室へと向かったのだった。

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