渋くて苦くて少し甘い
百道浜もも
第1話 プロローグ
「零、昨日の『メル』の動画観た? あれコメント欄、超荒れてたよな」
「見た見た。あれくらいで炎上するって、ネット民ってほんと暇だよな」
――とある春の日の昼休み
俺、小倉零(おぐら れい)は、いつものようにクラスメイトと談笑をしていた。
話題は、動画投稿サイト「MyTube」上で人気の動画投稿者について。
正直、俺はこの話題があまり好きではない。というか、本当はMyTube自体に興味が薄い。
でも、このクラスではMyTube、特に人気MyTuberについての話題に乗れない人間は、スクールカーストの下位に追いやられてしまう。
俺たちは、この福浜(ふくはま)中学に入学したばかりの一年だ。
俺は、コミュニケーション能力のずば抜けて高いクラスのリーダー的存在の同級生男子、城南優太(じょうなん ゆうた)にカラオケに誘われて一緒に行ったところ「歌が上手い」と気に入られ、仲良くなった。
そのおかげで俺は今、カーストの上位グループにいる。
カーストの上位グループにいると、学校生活が楽になる。何故なら、「人間関係を構築する」という煩わしい行為に割く労力を抑えることが出来るからだ。
周りの連中からも「イケてるグループ」として見られ、表向きには尊敬や憧れの眼差しを向けられる。まあ、裏では嫌われている、文句を言われている、なんていうことも分かってはいるんだけど。
俺は小学生の頃まではカーストの下位にいた。いやカーストにすら入れて貰えないような浮いた存在だった。
でも、中学に入学してからはそんな自分を変えてやろうと、私服から髪型、美容など、ありとあらゆる部分を見直し、努力し、改善して「中学デビュー」を狙っていた。
土台は元々悪くなかったのか、努力の甲斐もあって俺はそれなりにイケメンになった。そんな俺と仲良くなろうと城南が近寄ってきた。
そして今、俺はカースト上位のグループにいるという状態だ。
俺はこのまま、順風満帆に中学生活をやり過ごす。
……その予定だった。
×××
「またあいつ、畑上と揉めてるよ。ほんと懲りないなー。あんな奴、無視しておけばいいのに」
その日の放課後、事件は起きた。
うちのクラスの担任で問題教師でもある畑上(はたがみ)と、別のクラスの女子生徒が揉めているのが俺の目に入った。
畑上は髪の毛が殆ど生えていない、面長でサングラスをかけた低身長、50代の男性教師。
畑上はいつも、自分のクラスの生徒を名前で呼ばず、変なあだ名をつけて呼んでいる。例えば、よく喋る生徒のことは「口から生まれたベラ男(ベラ子)」だとか。
他にも畑上はいつも、「お前たちは人間じゃない。コンニャクだ!!」という訳の分からないことを叫んでいる。
俺が一番ヤバいと思ったのは、授業中に酒の臭いを口からプンプンさせながら、自分のお気に入りのキャバクラや風俗店の嬢の名刺を生徒たちに見せ、自慢話をしていること。
まあ、そのくらい「ヤバい」教師だということだ。
その畑上の問題行動をあの女子生徒が咎めて揉めている、という状況のようだ。
教師といっても人間だ。
まともな教師もいれば、畑上のように頭のおかしいのもいる。
だから、畑上みたいな頭のおかしい教師は無視するに限る。下手に正義感を持って注意したところで人間、そう簡単には変わらない。
そして、こういう揉め事には下手に首を突っ込まない方がいいことも俺は理解している。
火中の栗を拾いには行かない。揉め事には首を突っ込まない。
……そう思っていたし、そのつもりだった。
畑上はその女子生徒に行動を咎められたことで頭に血が上ったのか、頭から顔全体を真っ赤に、まるで茹蛸のようになり、その女子生徒に暴力を振るおうとした。
俺は母さんから「女に暴力を振るう人間だけは許してはいけない」と、厳しく教育されてきた。
……だから、この状況だけは見過ごす訳にはいかない。
「畑上、やめろ!!」
俺はとっさに両手を目一杯に広げて、その女子生徒を庇う形で畑上の前に立つ。
すると一旦、畑上の行動は止まった。
「小倉ぁ。教師に歯向かうとは、いい度胸してるじゃねえか!!」
「教師に歯向かう? お前は教師じゃなくて、ただの暴漢だ。お前みたいなのが『教師』を名乗ること自体がおこがましいんだよ。たかだか教員試験に合格して教員免許を持っているだけの暴漢が、偉そうにするな」
俺の口は止まらなかった。
「誰が暴漢だ!!」
そう言って畑上は俺の首を絞め、俺たちの揉めている場所、校舎の一階から同じ階の職員室にそのまま俺を引き摺って行った。
俺は畑上の手と俺の首の間に手を入れて隙間を作ることで、なんとか完全には首が締まらないようにしていた。
そのまま職員室へと到着。
まず若い教師が、俺の首を絞めている手を放すように畑上をなだめる。
その後、俺と畑上は別々の部屋に呼ばれ、事情を話した。
今回、完全に畑上が悪いということで俺は解放された。ただ、畑上のやったことも厳重注意のみで済んでしまったようだ。
まあいい。
俺は帰宅する為に、教室へと自分の荷物を取りに戻った。
教室へ戻ると、まだそこには城南がいた。
「いやー優太、大変な目に遭ったわー」
俺は「大したことなかったけど、ちょっと揉めてしまった」という雰囲気、そして笑顔で城南に話しかけた。
だが、城南は俺を無視した。
何故、俺は無視されたのかこの時は理解できなかった。でも、教師に首を絞められるほどの揉め事を起こした奴から「大変な目に遭った」と話かけられても、何と返していいか分からないよな。
そう自分に言い聞かせ、俺はその日は普通に帰宅した。
×××
次の日の朝。
俺がいつものように登校し自分の教室へ行くと、何やらこそこそ話が聞こえてくる。
「俺たちのグループに小倉がいると、俺たちまで畑上に目を付けられるかもしれないぞ」
そう話しているのは、城南だ。
俺がいつもいるグループの連中全員にそんな話をしている。
このままでは不味いと思い、俺は話を遮るように大和に話しかける。
「優太おはよう! 昨日のメルの動画、観た?」
いつもなら、このままメルの話で盛り上がる。
今日だってきっと盛り上がり、昨日のことなんてきっと無かったことに出来る。
……-そのはずだった。
しかし、城南は大声でこう言い出す。
「俺たちに気軽に話かけないでくれるかなー『メンヘラ汚物』君!」
すると周りの連中も「メンヘラ汚物って超ウケるんだけど」と、一斉に爆笑。
「え? 優太、メンヘラ汚物って何? でも、面白いネーミングだな!」
俺は気にしていない感じを装って話しかけ、城南に近づいた。
「うっわ! メンヘラ汚物が感染(うつ)るから、俺たちに近付くの辞めて貰えますかー?」
城南は俺を「汚物」扱いし、俺から離れた。
ここで俺はやっと理解した。「グループから外された」のだと。
ああ、そうか。俺が昨日、畑上と揉めたからか。
恐らく、普段から目立つ行動、校則違反などをしている城南たちは、自分たちが畑上に目を付けられて面倒なことに巻き込まれないように、自分達の保身の為に俺をグループから外したのだ。
それだけならまだいい。
今まで「イケてるグループのメンバーの一人」だったから俺に話かけてきていた連中もそれ以来、俺に話かけなくなっていった。
それは一人一人増えていき、俺はクラスの連中全員から話しかけられなくなってしまった。
イベントごとなどでグループを組む際も、俺と組むと大和たちからハブられる可能性があるからなのか、俺とは誰とも組みたがらなかった。
畑上もあれ以来、俺に目を付けてことある毎に俺に因縁を吹っかけてきた。こんな担任だから当然、相談できるはずもない。
そして俺は、だんだんと学校に行くのが嫌になり、退学にならない程度に出席日数を計算しながら気が向いた時にだけ学校に行く「半不登校児」となってしまったのだった。
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