第8話 【五回目】体育祭の長距離走で一位を目指そう

 九月も中旬になり、緑色だった木々の葉は黄葉しはじめ、辺りには金木犀の香りが漂っている。


 暑さはまだまだ残っているものの、季節的には秋だ。


 この時期くらいから、十月の体育の日に開催される体育祭の準備が始まる。


 うちの学校の体育祭は、紅組と白組で分かれて競う非常にシンプルなものだ。


 今日から体育祭の組決め、競技決めなどが行われ始める。ちなみに本日は紅組・白組を決めることになっている。


 紅組・白組の分け方は、うちのクラスではくじ引きだ。


「小倉、何組になった?」

「俺は紅組になったわ。柴田は?」

「俺、白組。敵だな」


 柴田はそう言ってニヤリと笑った。


 こいつ、無駄に運動神経いいから体育祭が楽しみで仕方ないんだろうな。今時点で既に体育祭を楽しみにしているのが凄く伝わってきた。


「香椎は何組になった?」

「私も小倉くんと一緒、紅組だよー」


 俺が尋ねると、香椎はそう答えた。


「俺だけ仲間外れかよー」


 柴田は少し肩を落とし、残念そうにしていた。


 夏休み中に一緒にプールに行って遊んだことがプラスに働いたのか、俺は香椎だけでなく柴田とも仲を深め、夏休みが開けてからは教室内ではこの三人で一緒にいることが多くなった。


 ここに百道浜もいれば完璧だったんだけど、まあそれは仕方がない。


 体育祭で俺はどのように立ち回った方がいいのかもアドバイスが欲しいし、久々にテレパス倶楽部へ行くか。


×××


 放課後、俺はテレパス倶楽部へとやってきた。


 扉を開けると、ふんわりとリンゴの甘い香りと紅茶の芳醇さが俺の鼻をかすめた。


「よお、プールに行って以来だな」


 俺はいつものように百道浜に声をかけた。そして席に着き、百道浜の淹れたアップルティーと、お菓子をいただく。


「この時期にあなたがここへ来たということは、体育祭についての相談かしら」


 相変わらず察しの良い奴だ。


「体育祭でさ、俺はどのように立ち回ったらいいのか分からなくてな。特別に足が速い訳でもないし、でも何かしないと不安なんだよ。何かアドバイスを貰えないか?」


 俺は曖昧な言葉で百道浜にアドバイスを求めた。


 すると百道浜はいつものように胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、うんうん唸りながら何かを考えている。


 そして、考えがまとまったのか口を開く。


「体育祭はクラスの紅組・白組を一人ずつ出して行う競技があるわよね。例えばスウェーデンリレーとか。それのどれか自分の得意な種目にあなたも出たらいいんじゃないかしら」


 なるほど。確かに何も出ない人間よりは出た方が目立つ。ただ、出る種目を間違うと恥をかき、下手したらまた城南なんかにバカにされる対象になってしまう。


 俺が得意な種目ねぇ。


 あ、そうだ。


 俺は小学生の頃からマラソンが得意だ。体育祭でも長距離走、一五〇〇メートル走という種目がある。それなら、俺でもいけるかもしれない。


 長距離走は基本的に誰も出たがらない。だから恐らく、立候補したら出ることはできるだろう。ただ……。


「俺が得意なのは一五〇〇メートル走だ。学年でもトップクラスに速い自信がある。ただ、俺よりも速い奴が一人いる」

「城南ね?」


 そう、城南はサッカー部のキャプテンを務めているということもあり、運動神経が抜群にいいだけでなく、体力もスピードもある。


 実際、百道浜の話では、一年の頃の体育祭の一五〇〇メートル走は城南がトップだったらしい。俺は不参加だったから知らなかったんだけど。


「恐らく、俺が一五〇〇メートル走に出たら城南と一騎打ちになると思う。負ける可能性が高いし、負けると恐らくまた陰でバカにされる」


 そんな弱気なことを俺が言うと、百道浜はこう返してくる。


「でも、城南から逃げてばかりもいられないでしょ。それに、城南に勝つことだけが全てではないわ。あなたにはもう友達がいる。そういう人たちに応援してもらえるだけでもいい気分になるし、頑張っている姿は周りの人の心を突き動かす材料になるわ」


 ……確かにそうかもしれない。


 百道浜の『頑張っている姿は周囲の人間の心を突き動かす』という言葉が、俺の心に響いた。


「お前の言葉で一五〇〇メートル走に出る決心がついた。ありがとう」


 今回ばかりは分が悪い。でも、自分の勝てるフィールドでばかり勝負しても意味がない。


 そして下校時間になるまで、俺は百道浜と紅茶を飲み、お菓子を食べながら他愛のない話をして過ごした。


×××


 俺はその日以来、ランニングをする距離を伸ばし、スピード練習なども取り入れた。


 運動後にはプロテイン、サプリなども摂取。本格的に体育祭に向けての体作りを行った。


 毎日毎日、天気が悪い日でもカッパを着て練習を行うなど、何があろうと絶対に練習を休まなかった。


「努力」と「継続」こそが何かを成功させる為の鍵。そう俺は信じて練習を続けた。


×××


そして体育祭当日。


 空がキリッと秋晴れに澄み上がっている。絶好の体育祭日和だ。


 そんな中、開会式や各種種目も終わり、「一五〇〇メートル走二年の部」への出番がやってきた。


 やはり予想通り、城南も出場するようだ。


 俺はスタート位置につく。隣には城南。


「メンヘラ汚物の癖に、いつまでも調子に乗れると思うなよ」


 城南は小声で俺にそう言ってきた。


 気にするな俺。平常心を保て俺。そう頭では分かっていながらも、心臓はバクバクいっている。


 そして、スタート。


 真っ先にトップに躍り出たのは、城南。俺はその後ろにピッタリと付く。


 グラウンドは一周三〇〇メートル。


 一周目を過ぎた辺りでもう先頭集団は城南、俺、陸上部の牧島の三人に絞られていた。


 次第にペースを上げていく城南。でも俺は、そのペースに合わせてずっと後ろに付いたままだ。


 三周目まで特に状況は変わらず。


 だが、四周目で更に城南がペースを上げる。俺もだいぶ体力の限界が近付いているが、それでも城南に合わせてペースを上げた。


 すると、陸上部の牧島は城南と俺のペースには付いてこれず、先頭集団から脱落してしまった。


 俺と城南の一騎打ちだ。


「小倉も城南も頑張れー!」

「小倉くん、ファイトー!」


 柴田と香椎の応援の声が聞こえてきた。ていうか、柴田は白組だから俺を応援しちゃ駄目だと思うんだけど、そういうのを関係無しに城南だけでなく俺のことも応援してくれている。本当に良い奴だ。


 それと、もう一人。


「零くん、頑張って!」


 百道浜だ。柴田と香椎と一緒に応援してくれている。


そうか、まさか百道浜をテレパス倶楽部以外で見かけるとは思わなかった。体育祭だから同じグラウンドにはいるはずなのに、何で俺はそう思ったんだろうな。


 ラスト一周。


 城南は更に加速を始める。

 俺も負けじと加速する。


 そしてラストの直線で、俺は城南の横に並んだ。

 すぐに二人共、ラストスパートをかけた。


 俺と城南は追い抜き、追い抜かされを繰り返している。


「零くん、あなたならやれるから! やれるから!! お願いだから勝って!!」


 ここで百道浜の応援の声がまた聞こえてきた。


 もう何かを考える余裕は無い。だが、あいつが応援してくれている状態で負ける訳にはいかない。


 ゴールの瞬間、まだ俺と城南はどっちが先頭だか分からない状態だ。だがここで俺は叫ぶ。


「ど根性ー!!」


 そう叫んだ瞬間、一瞬だけ身体に、脚に力が沸き、俺の身体は少しだけ前に飛び出した。


 そしてゴール。


 そのまま俺は盛大にコケた。


ゴロゴロと身体が地面を擦るように転げてしまって、体操服が砂まみれだ。

肝心の判定は?


……。


『一位は白組、二年A組の城南優太くんです!』


 放送席から、そうアナウンスが聞こえてきた。


 ……そうか、俺はやっぱり負けたのか。


 でも何故だろう。柴田や香椎、それだけでなくクラスの連中の多くが俺に駆け寄ってくる。


「お前、運動部でもないのにすげえな!」


 ……え?


 俺は城南に負けたはずなのに、クラスメイトたちがそう俺に声をかけてきた。


「最後の『ど根性ー!!』ってなんだよ! 超面白いじゃん!」


 どうやら、最後のゴールの仕方が面白かったのと、運動部でもないのにあの城南と競り合ったというだけでもかなり凄いことだと周囲の目には写ったらしく、俺は優勝とは違う形で注目を浴びたようだ。


 他クラスの、今まで城南のことを気にして俺に声をかけてこなかった連中も、今回のことをきっかけに声をかけてきた。


 一位になったから本来なら注目を浴びるのは城南。でも、何故か俺のほうが注目を浴びてしまったから城南は恨み節でも俺にぶつけたそうにしていたけど、何も言わずにその場を去って行った。


 様々な連中に声をかけてもらえるのは嬉しいんだけど、取りあえずは今回の結果を百道浜に報告したい。


『頑張っている姿は周囲の人間の心を突き動かす』


 このことに気付かせてくれたのは百道浜だし、それを俺は今しっかりと感じ取ることができているから。


 だけど、どこを探しても百道浜の姿はなかった。


「柴田、百道浜は?」

「いや、知らないけど? 俺も勢いでお前のところに飛び出してきたから。さっきまで一緒だったんだけどね」


 体育祭中、どう探しても百道浜の姿は見当たらなかった。


 それは、スーパー特進クラスの待機場所を何度も覗いても。


 そのことは不思議で仕方が無かったけど、今は考えてもしょうがない。

 まあ、近いうちにまたテレパス倶楽部に顔を出すか。

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