第13話 【十回目】百道浜紬の元へ
俺は頭の中が真っ白になりながらもなんとか帰宅した。
そしてその後から、その日の出来事が頭の中をグルグルと巡りだした。
傍にいたはずの百道浜が消えた。どういうことだ? どういうことだ?
嫌な予感しかしなかった。
これはもう、真相を確かめるしかない。
冬休み中でも運動部の連中なんかが部活動で使用する為、学校自体は開いている。
じゃあ、旧校舎には入れるだろうか? ……分からない。
そもそも、今までなんで閉鎖されているはずの旧校舎に入ることが出来ていたんだ。そういった不自然な点は沢山あったはずなのに、俺はずっとそれが目に入らなかった。いや、そんな心の余裕がなかったんだ。冷静になれるようになった今だから、そういう不自然な点が複数思い浮かぶ。
でも、あれが不自然これが不自然。そんなことは今、どうだっていい。
百道浜に会える最後の一回の権利。それを行使するべきなのは、明日。
一刻も早く百道浜に会わなければ不味いであろうこの状況下で、権利行使を躊躇している余裕はない。
明日、必ず学校に、テレパス倶楽部に行こう。
×××
次の日。
十二月二五日、クリスマス。
本来なら楽しい気分で過ごすべき日だが、俺は焦燥感に襲われている。
気付いた時にはもう、俺は学校に到着しテレパス倶楽部の入り口へと来ていた。
扉を開けると、ふんわりと柑橘系の紅茶の香り。柑橘の正体はレモン。レモンティーだ。
そして、いつもの席にいつものように座って、百道浜は紅茶を飲み、小説を読み、お菓子を食べている。
「百道浜、昨日のあれはどういうことなんだ? いや、それ以外にも聞きたいことは沢山あるけど、まずは昨日の件について聞きたい」
俺の言葉を聞いても百道浜は動揺一つせず、ニコッと笑ってこう返す。
「きっと、それを聞きに今日ここへ来ると思っていたわ」
あんなことが起きて不思議に思わない奴なんていない。勿論、俺だって例外じゃない。
「住んでいる場所がこの旧校舎。そして昨日、姿がすっと消えた。ずっとおかしいと思っていたんだ。クラスの連中と話しても誰も百道浜紬なんていう奴を知らない。特別進学コースへ行くことがあってもお前の姿を見た人間が一人もいない。この部活の謎の契約書に一〇回しか会えないという謎ルール。今日でお前に会えるのはその契約どおりならこれで最後。なあ、教えてくれよ。お前は一体何者で、何の目的で俺にこんなにも……こんなにもよくしてくれているんだ?」
俺は自分の感情を乗せて言葉をまくしたてた。
「それについては、今から少しずつ説明するわね」
そう言いながら百道浜は一枚の新聞紙を取り出し、俺に見せてきた。
そこには『福浜17歳女子生徒飛び降り自殺』という見出しの記事が載っている。約一〇年前の記事だ。
自殺した場所は、福浜中学校。うちの学校だ。
「その自殺した女子生徒は私」
……言葉にならなかった。そうか、そうなのか。
そして続けざまに百道浜はこう話す。
「私の本当の名前は『牧野 紬』。校長の牧野は私のお父さん」
段々と点と点が繋がり、一本の線になってきた。
そういえば牧野校長は以前、少しだけ話の中で「自分の娘はイジメが原因で自殺をした」と話していた。恐らく、これはその時のニュースだろう。
「じゃあ、何でお前は俺に『百道浜』と名乗ったんだ?」
「きっと本名の『牧野』を名乗ると早い段階であなたが勘付いて、私の過去を知る。そしてきっと、恐ろしがってここに、私に近寄らなくなる可能性があると思った。だから偽名を使ったのよ」
百道浜は、どこか寂しそうな表情で言った。
でも確かに、早い段階で知っていたらそうしていたかもしれない。
まあ待て。少し落ち着こう。
心を落ち着ける為に、俺はティーカップに少し口をつけた。口の中にレモンの酸っぱさと紅茶の芳香さ、砂糖の甘味が広がる。
「じゃあお前は、幽霊とかそういった類の何かなのか?」
「幽霊や思念、そういった類の何かだとは思うんだけど、自分でもよく分からないの。ただ、時々あなたのようにここに飛び降り自殺をしようとしにくる生徒がいるから、それをずっと止めてきたわ。その人にあった方法を考えて、学校を辞めるように促したり、あなたに行ったように学校に復帰する為の手助けをしてきた」
そう言って百道浜は、俺に顔をグイッと寄せてきた。
「そんな可愛い幽霊さん、ってところかな」
不意打ちの行動に、俺は顔を赤くしてしまった。
「……じゃあ、そういった時以外はずっと独りだってことだろ? 寂しくないのか?」
「寂しいわよ? でも、こうやって零くんのようにお茶をしにきてくれる人がいたり、たまに遊びに誘ってもらえたり、割と私は私なりに今の生活を楽しんでいるかな」
そして、少し間を置いて。
「イジメられていた時よりはずっといい」
百道浜は嬉しさや悲しさの入り混じった複雑な声と表情でそう答えた。
「じゃあさ、別に一〇回とか限定せずに、普通に会えるようにしたらいいじゃないか。そっちのほうが俺も気軽に会えるようになれるし、百道浜も寂しさが紛れるんじゃないか? ほら、香椎や柴田にもここの存在を教えたらもっと楽しくなると思うし!」
俺も一年の頃は寂しい思いをしてきた。そんな状況の中で助けてくれたのは百道浜だ。だから俺は、少しでも百道浜に恩返しをしたい。そんなつもりで言ったはずだった。でも……。
「一〇回というのはね、私への枷なのよ。回数を限定しておかないと、きっと私はあなたに依存してしまう」
「今まで手助けしてきた奴らは回数制限がなかったのか?」
「なかったわ。でも、だからこそ私は彼ら彼女らに依存してしまうことがあった。だから、今回は回数を制限したの」
「でもさ、回数を宣言したところで今までの思い出は消えない。だったら、回数を制限して一切会えなくなるほうが辛くないか?」
すると百道浜は、寂しそうにこう答える。
「……一定期間経つと、みんな私の存在を忘れてしまうの。それは零くん、恐らくあなたも例外ではないと思うわ」
……どういうことだ? 俺が、百道浜のことを忘れる?
「……俺の今までの百道浜との楽しかった思い出も全部、消えてしまうっていうのか?」
「ええ、恐らく。ココアの連絡先も記憶も全て消え去ってしまう。だから、私は零くんに依存しすぎないように、恋愛感情なんかを持たないように、そういう意味も込めて今回は回数制限を設けた。そして、零くんが私に恋愛感情を持たないようにしたのも、そんな感情を持たれると私は嬉しくなってしまう。嬉しい状態から無の状態に突き落とされるだなんて、そんな悲しみを味わいたくないからよ」
家族や友達がいなくて、俺みたいな迷い子がたまに現れた時にだけ寂しさを紛らわせることができる。でも、それも一時的なもので、結局は独りになってしまう。
百道浜はずっとそんな生活を送ってきたんだ。旧校舎という、何もない寂れた建物の中で。
俺の目からはボロボロと涙がこぼれだす。
「……すれたくない。……忘れたくないよ。嫌だよ。俺は百道浜のことを忘れたくなんかないよ」
「……私も嫌よ」
百道浜の目からもポロポロと涙がこぼれだした。
「……俺、お前のことが好きなんだ。だから、ずっとこうして話していたい。話せるだけでいい。付き合いたいなんて我儘は言わない。だからせめて、忘れずにいたい」
ついに契約を破ってしまった。いや、既に俺は契約を破っていたんだ。『百道浜紬に恋愛感情を抱いてはいけない』そんな契約、とっくの昔に破ってしまっていた。俺はずっと、百道浜に恋をしていたんだ。ただ口に出さず、想いをひた隠しにし、契約を破っていないふりをしていただけ。契約を破って百道浜に会えなくなるのが嫌だから。でも俺は我慢出来ずに、とうとう口に出してしまった。
「……本当は駄目だって、自分でも分かってるんだけどね」
百道浜はそう言って席を立ち、こちらに近付いてきた。
そしてそっと、自分の唇を俺の唇に重ねた。
俺は百道浜の身体を自分の身体に抱き寄せる。
「ずっとこうしていたい。離れたくない」
すると次第に、百道浜の全身は白い光を放ちだし、その姿がだんだんと薄くなっていく。
「今までありがとう」
百道浜はそう口にした。
「嫌だ!! 嫌だよ!! 百道浜のことを忘れたくないよ!! なあ、どうやったらいい!? どうやったら忘れずに済むんだ!? 忘れたくない!! 忘れたくないんだ!! なあ、教えてくれよ百道浜!! 今までみたいに俺に教えてくれよ!!」
……気が付いた時には、俺は独りで部室にいた。
×××
冬休み明け。
俺はあれから、毎日のようにテレパス倶楽部の部室を訪れていた。
でも、もう百道浜の姿はなく、今まで置いたあった湯沸かしポット、二人でよく会話をした対面に並べた机と椅子などは消え、ただ単に使われていない机や椅子だけが埃をかぶってそこにはあった。
綺麗に消してあったはずの黒板も落書きだらけだ。
そして冬休みが明けた今、俺はいつものように香椎や柴田と話している最中、こんな話をしてみた。
「なあ、香椎、柴田。特別進学コースの『百道浜 紬』って女子、知ってる?」
香椎も柴田も首を横に振る。
そして昼休みには第二校舎に行き、特別進学コースを覗いて何人かの生徒にも同じことを尋ねてみた。
でも結果は同じ。みんな首を横に振った。
担任の山下にも、特別進学コースに百道浜紬という生徒がいるかどうかを聞いてみたけど、「そんな名前の生徒はいない」という返答だった。
そして放課後。
俺は校長室の扉をノックし、中に入る。
そして牧野校長にこんな話をしてみる。
「校長、俺、娘さんに会ったことがあります。黒髪ロングヘアで色白。若干釣り目がちではあるけど目はパッチリ二重で大きい。今言ったのが娘さんの見た目の特徴です。紅茶が大好きで様々な種類のティーバッグを持っている。鼻の大きな犬のぬいぐるみを大切にしているくらい犬好き。そんな子です」
初めは驚いた様子の牧野校長だけど、「その話をもう少し詳しく教えてもらってもいいかな?」と俺の話に食いついてきた。
「校長、信じてもらえるかは分かりませんが……」
俺が自殺しようとしていたところを百道浜が助けてくれたこと。相談に乗ってくれてアドバイスもくれて、学校生活を楽しく送れるようになったこと。そのきっかけとなったのは、百道浜が畑上の日頃の行いを注意して畑上に暴力を振るわれそうになっていたところを俺が助けたこと。
俺は牧野校長に、今まで起きた出来事を全て話した。
「うちの娘ならやりかねないな。娘は正義感が強く困っている人をほっとけない性格でね……」
そうして牧野校長は、話したくはなかったであろう亡くなってしまった娘さんの話、百道浜いや、牧野紬について話をしてくれた。
この学校で校長と俺だけしかしらない存在、『百道浜紬』。
そのうち忘れてしまうであろうこの名前を、せめて今だけでも、俺は深く胸に刻み込んだのだった。
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