第12話 【九回目】百道浜紬とデート

 一二月二四日。


今日はクリスマスイブ。


 俺は数日前、ココアで百道浜に連絡を入れた。


『俺、女子と二人で遊びに行ったことがないからそういうのに免疫がない。だから、デートの練習相手になって欲しい』


『待ち合わせ場所は、中央区の大画面前。時間は午後一二時』


 既読は付いたが返信は無し。


 来てはくれないかもしれないけど、念の為に福浜市中央区の駅前にある巨大なモニターの前を待ち合わせ場所に指定し、そこで待っている。


 そして待ち合わせ時間である一二時になった。でも、百道浜の姿は見当たらない。


 んー。ルール違反ではない、はずなんだけどな。でも、来てくれない可能性がある理由も自分の中では分かっているから、来ないなら来ないで仕方が無いと思っている。


 まあ、これは駄目なんだろう。帰るか。


「零くん、お待たせ」


 そうやってその場から離れようとした時、そんな声が聞こえてきた。

 百道浜だ。


 頭には白のニット帽を被り、首には白のマフラー。ベージュのコートに中は刺繍の入った白いニットを着て、裾にレースの付いた白地にリボン柄のスカートを履いている。


 ベージュのブーツを履いているからなのか、いつもより若干、身長が高く見える。


「今更だけど、先約とかなかったのか? こんな日にデートの練習相手になってくれって、タイミングが悪かったなあと思ってさ」

「先約なんてないわよ? それよりも、私なんかがこんなにカップルの多い日にデートの練習相手なんかしちゃって大丈夫? 香椎さんとかの方が良かったんじゃない?」


 そうか。百道浜はスーパー特進コースだから知らないのか。香椎と柴田が付き合っていることを。


「香椎は柴田と付き合ってるからダメなんだよ」

「あ、そ、そうなのね!」


 百道浜はあたふたしながら笑顔で答えているが、安心してくれ。俺は別に香椎のことを恋愛対象として好きだったことは一度も無い。


 時々、香椎と俺が付き合っているだの、俺が香椎のことを好きだのと噂が流れていたことがある。だから百道浜も多分、そう思っていたんだろう。でも、そんな事実は一切無い。だから、振られたとかじゃないから、そんなに気を使わなくていいんだぞ?


「俺、昼ご飯を食べてないんだけど、百道浜は?」

「あ、私も食べてないわ」

「じゃあ、そこのカフェでいいか?」

「ええ、私は大丈夫よ」


 俺たちは、ここから歩いて五分のところにあるカフェで昼食をとることにした。

 中学生の財布にも優しい、ワンコインランチのあるカフェだ。


 そしてカフェに到着。俺たちは中に入る。


 適当に空いている席に着き、料理を注文する。

 まあ俺たち中学生なんで、こういうお店ではワンコインランチくらいしか頼めないんだけど。


 ランチはパスタランチ。


 百道浜はナポリタンを選んだので、俺もそれにすることにした。


「お飲み物は何にしますか?」


 ここのワンコインランチは、ドリンクにサラダ、スープまで付いてくる。なんて財布に優しいお店なんだ。


「じゃあ、ミルクティーで」

「あ、私もそれで」


 俺たちは二人共、ミルクティーを頼んだ。


「そういえば、部室でミルクティーって出たことないな」

「だって、牛乳を用意するのって結構面倒なのよ?」


 確かにそうなんだろうけど、その割にティーカップとかちゃんと用意してるよな。

 まあいいか。


 料理とドリンクが到着し、俺たちは昼食を食べ始めた。


「百道浜、お前のおかげで俺は今、もの凄く学校が楽しいよ。あの時、お前が助けてくれなければ今の俺はいなかった」


 俺はふと、そんなことを口にした。


「私はあくまでアドバイスをして、話を聞いただけ。行動、努力をしたのは零くん自身よ」


 百道浜はそう言うけど、でもその努力もお前がいなかったら出来なかった。本当に心から感謝している。


「あと一回でこの関係も終了だな」

「そうね」


 そう言う百道浜の顔を覗くと、その表情は憂いていた。


「まあでも、一〇回まで到達しても、俺がスーパー特進コースの教室まで行けばお前には会えるんだよな?」


 すると、俺たちの間に少しの沈黙が流れた。


 そして百道浜が口を開く。


「最初の頃にも説明したけど、会えないわ。どうやっても会えないの」


 その辺りの理由が本当に分からない。


「それは何故だ?」

「今、私の口からは言えない」


 別にもう、相談が終われば「相談役」と「相談者」の関係ではなくなる。だったら、普通に友達関係になってもいいはずだ。


 そしてまた、少しの間と沈黙。


「だから、最後の一回は慎重に使ってね」


 百道浜は、顔を落としたままそう言った。


「そこは大丈夫だよ。それより、せっかくのクリスマスイブだ。もっと楽しもうぜ!」


 俺は出来る限り明るく振舞った。


 一〇回の相談が終わった後、俺と百道浜の関係がどうなるのかは本当に分からない。でもだからこそ、今この時、この瞬間を楽しもう。


 そして俺たちは昼食を食べ終わり、映画館へと向かった。


 そこでは百道浜の要望で、今大人気の邦画の恋愛映画「甘酸っぱくて刺激的でほろ苦い」を観た。


 二人のヒロインの間で揺れ動く、優柔不断な男子高校生とそれを取り巻くヒロイン達の映画だ。


 恋愛というかラブコメだからなのか、百道浜は映画を観ながらよく笑っていた。


「私、瞳ちゃんの気持ちもなんとなく分かるな~」


 百道浜は、振られた方のヒロインに特に感情移入をしていたようだ。


 そして俺たちは、大型ショッピングモールへと移動。

 中でお互いの洋服を見たり、ゲームセンターへと寄った。


 ゲームセンターでは、クレーンゲーム系のグループMyTuberが企画で一つだけ好きな商品を取ってくれるということをやっていた。


 そして俺たちは、そのMyTuberたちに企画の対象として選んでもらえた。


「私、あれが欲しいわ」


 そう言って百道浜が指をさしたのは、鼻の大きな犬のぬいぐるみだ。


「お前って犬派だったのな。てっきり猫好きかと思ってた」

「そうやって、人を見た目や雰囲気だけで判断してはいけないのよ?」


 俺は百道浜からお叱りを受けたが、それでも百道浜の表情は明るかった。


 そしてMyTuberのお兄さん達は一発でそれを取ってしまった。流石はプロ。


「はい、どうぞ。これからも二人、仲良くね~」


 MyTuberのお兄さんたちは、全員揃ってニッと笑った。


「……私たちってさ、傍から見ると恋人同士に見えるのかしら?」

「見えるんじゃないの? 知らんけどさ」

「そう……」


 やはり、そう言った後の百道浜の表情は仄暗かった。


「そう勘違いされた相手が俺で、なんだか申し訳ないな」

「違うの! そうじゃないの!!」


 俺がそう言うと、百道浜はとっさにそれを否定した。

 その迫力に、俺は気圧されてしまった。


「あらやだ。そんなに強く否定してくれるなんて、惚れちゃう~!」


 俺はそんな空気少しでも明るくする為に、そうおどけてみせた。


 それを百道浜も察したのか、ふふふと笑ってみせた。


×××


午後一七時。


「零くん私、人込みに少し疲れてしまったわ。人通りの少ない場所に行かない?」


 特に気分が悪そうには見えないのだが、それは単に俺が鈍感なだけかもしれない。


「じゃあ、全く人がいない訳じゃないけど、裏の公園まで移動するか」


 そして俺たちは公園まで移動した。


 公園は、地面一体が芝生になっている。その芝生に俺たちは座った。


 今年は暖冬ではあるが、それでも一二月下旬の冷気は肌に冷たく、痛い。

 すると百道浜は俺から距離を空けず、ピッタリとくっついてきた。


「さ、寒いから」

「そ、そうだよな」


 マスカットのシャンプーと、そしてほのかなミルクのような香りが百道浜からはした。


 俺の心臓の鼓動がバクバクと早くなるのが自分でも分かった。


 できることなら、ずっとこうしていたい。そんな風に思わせてくれるほど、百道浜とそうやって一緒にいるのは心地いい。


 その状態で、ぽしょっと百道浜は呟く。


「零くん、助けてくれてありがとう」


 百道浜の放つ言葉の意味が俺には分からなかった。


「何が? 俺のほうが助けられたんだから、お礼を言うとしたら俺のほうじゃないか?」

「ううん。私の方が先に零くんに救われたの。私が畑上と揉めている時、庇ってくれてありがとう」


 一瞬混乱したが、その言葉の意味を俺はようやく理解した。


「そうか、あの時の女子はお前だったのか」

「そう、私。私のせいで零くんがイジメられるようになってしまって、ずっと罪悪感に苛まれていたの」

「でも、お前のおかげで今の俺がある。あの時は確かに苦しかったけど、助けてくれたのもお前だ」

「でも、そもそも私が揉めさえしなければ零くんが助けに入って、それが原因でイジメのターゲットになることもなかった」

「あのままだとイジメのターゲットは百道浜、お前になっていたと思う。俺は女子がイジメられている姿を見る方が辛い」


 少し間を置いて。


「イジメのターゲットになったのがお前じゃなくて俺でよかったよ」


 すると百道浜は悲しそうな声でこう言う。


「……零くんはそうやっていつも優しい。ずるい。ずるいわ」


 百道浜の顔を窺うと、その表情は後悔や感謝といった感情が入り混じっているのか複雑で、そして目からがボロボロと涙をこぼしていた。


 俺は軽く百道浜の肩を抱き、こちらの方へその身体を寄せた。


そしてそのまま、少しだけ時間が過ぎた。


×××


冬の空が暗くなるのは早い。


俺たちがそうしている間に、辺りはすっかりと夕闇に包まれていた。


公園に設置してあるイルミネーションがとても綺麗に輝いている。


「……そろそろ帰るか」

「ええ、そうね」


そして俺たちは帰宅することにした。


「そういえば、百道浜ってどの辺りに住んでるんだ?」


今まで俺が思っていた疑問を、ここでぶつけてみた。


謎の契約に、一〇回までしか会えないという謎のルール。


普段、連絡先を知っていても連絡を取ることすらままならない。


本当に謎の多い女子、百道浜紬。


俺や香椎、柴田、俺たちは誰一人として百道浜の住んでいる場所や地域を知らない。


「……福浜中学の旧校舎よ」


そう呟いて、百道浜はふわりと俺の元から消えてしまった。


俺は何が起きたのか頭が追い付かず、その場で呆然としてしまったのだった。

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