第53話  これからずっと(最終話)


「そんなん無理。私やったら耐えられへんわ。『推し』が結婚てありえへん!」


 テレビの画面では、言いたい放題だけど面白いと評判のタレントが言う。

「なんでよ。かまへんやん。めでたいことやねんし。気持ちよくおめでとう、て

言うたげたらええやんか」

 もう一人の相方のタレントがなだめるように言う。

 話題は、圭の結婚についてだ。

 彼女たちは、双子の姉妹で、バラエティー番組のMCをしている。その週の様々な話題を取り上げて、2人で、好き放題にコメントをしつつ番組を回し、ゲストからも楽しい話題を上手に引き出すので、人気の番組だ。


 実は、なだめている側の妹の方は、ずっと前から圭のファンを公言していて、以前、圭がゲストで出たときには、大喜びしていた姿が印象に残っている。

「そんなん、結婚とか、ファンへのうらぎりとちゃうん」

 姉の方が、言った。

「なんでそこまで」妹は答える。

「いや、あんた、自分の『推し』が結婚するんやから、めっちゃショックちゃうん?」

「うん。そら、めちゃめちゃショックやで」

「ほらな」

「いや、でもさ、わたしは、ショックやけど、うらぎりとかまでは思えへんし」

「じゃあ、どう思うねんよ?」

「ショックやけど、よかったなあ、て。大好きな人が嬉しそうにしてるの見たら、なんか、自分も嬉しいやん」

「ようそんなん思えるなあ」

「そら、めっちゃさみしいで。でも、私は、ファンとして、彼がこの世にいてくれてるだけで、幸せやねん。同じ時代に生まれて、生きててくれるだけでめっちゃ感謝やねん」

「なにそれ~。けなげすぎて、泣けるわ~」

「そやろ。……でもな、ほんま、めっちゃさみしい。別に何を期待してたわけでもないねんけど。やっぱ、さみしい」

「ほら、泣いてええよ。慰めたるから~」

「ありがと~。え~ん。やっぱ、さみしい~。でも、圭くん、お幸せに……」

「……あんた、まるで、人魚姫みたいやな。相手の幸せを願って、自分は耐える、とか」

「え? 人魚姫? なんか、ええな。ちょっとロマンチックやわ。これから、私のこと、人魚姫って呼んで」

「何言うてんの。人魚姫って言うより、チョウチンアンコウみたいなカオしといて」

「それを言うなら、あんたかて、チョウチンアンコウってことになるで」

「あ、そうか。ほな、やっぱ可愛い人魚姫ってことにしとこ」

「なにいうてんねん」

 2人はそっくりな笑顔で、笑って、次の話題に移っていった。


女性タレント二人の会話は、アイドルファンたちの共感と涙を誘った。

『その人がこの世にいてくれるだけで幸せ』

 その言葉に、力一杯うなずきながら、それでもやっぱりさみしい、と泣いてしまうところまで、共感の嵐が、テレビ上でもネット上でも起きていた。

たとえ推してる相手はちがっても、誰かを思う気持ちは、みんな一緒なのだ。


その二人の会話のおかげもあってか、めちゃくちゃさみしいけど、祝福しよう。自分はつらくても耐えて、『推し』の幸せを祈ろう。

そんなファンたちの気持ちが、『人魚姫シンドローム』と呼ばれるようになり、その言葉が、今、巷で流行り始めているらしい。



 圭は、テレビの準レギュラーで、週1回出演している、情報バラエティー番組で、

結婚について、控えめな笑顔で、それでも抑えきれない喜びをにじませながら、MCや他のゲストの問いに答えていた。

 出会いの場所を問われて、書店で、本を一緒に選んでもらって、そのあと、知人の家で再会したというのを聞いて、他の出演者たちは、「え~。奇跡みたい。そんな偶然ってあるんだ」と大いに沸いた。

 さらに彼女が育てている甥っ子を自分の息子として、圭もこれから一緒に育てる

というのを聞いて、

「何て呼ばれてるの? やっぱパパ?」と司会者に聞かれ、

「いえ、とうちゃん、て呼ばれてます」

 照れくさそうに笑った圭の顔が、とろけんばかりに幸せそうだ、というので、『とうちゃんはアイドル!妹尾圭!』などという見出しが、スポーツ新聞や芸能ニュースを、にぎわせた。



 多くのファンたちは、さみしいと言いつつも、相手が女優やモデルではなく、自分たちと同じ一般女性であること、しかも子連れであることも含めて、彼らの圭への好感度は、微妙に高まっているようだ。

 出会った書店はどこだ? とシンデレラの居場所を突き止めようとする人たちもいたが、特定はできなかったようだ。



 そして、今日。

 参列者は、圭の両親とそれぞれの家族、想太の父、水原氏の一家、英子だけの

小さな結婚式を、行うことになっている。


 控室で、白いドレスを身につけた佳也子のところへ、白いタキシード姿の圭と、スーツ姿に可愛い蝶ネクタイの想太が、はち切れそうな笑顔で、やって来た。

「かあちゃん、きれい。かわいい」

 想太は頬を赤くして、興奮したように言う。

「ほんとだ。めちゃくちゃきれいだ。すごく可愛い」

 あまりに二人が、うっとりとみつめるので、佳也子は、照れて思わずうつむいてしまう。

 圭が、佳也子と想太の2人を、まとめて抱きしめて、言った。

「ありがとう。……俺の願いが叶った」


 圭が、佳也子の目をみつめながら言った。

「俺ね、初めて会ったときから、予感があったんだ。この子たちと、いつかきっと、家族になるって」


『いつかきっと』

 その言葉が、ずっと、心にあったのだと言って、圭はほほ笑んだ。

「大好きだよ。これからずっと一緒にいようね」

 圭の温もりに包まれて、佳也子も想太も、圭を抱きしめ返す。

「うん。ずっと一緒にいようね。大好きだよ」

「だいすき! とうちゃん!」



―――そして、その日。

『いつかきっと』は、『これからずっと』にかわった。


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いつかきっと 原田楓香 @harada_f

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