野盗は生えるよどこまでも
3日で4回
これは王都を発ってからユアたち一向が野盗の襲撃にあった回数である。
そして今まさに襲撃記録が更新されようとしていた──。
「おらさっさと降りてこいやっ!」
「ちんちくりんなガキから先にぶっ殺してやろうかっ!」
「──カイルの言う通り野盗って本当に至るところから生えてくるのね……」
荒ぶる声を馬車の中で聞きながらユアの抱いた感想がそれだった。
初日に襲われたときはカイルが守ってくれるとわかっていても、不安で心臓がうるさいくらいの音を奏でていた。しかし、それが3日のうちに5回も襲撃が続けば、またかと呆れる気持ちしか沸いてこない。
苛立ちまぎれに息を吐く音がカイルの口から漏れ出た。
「それにしたって生え過ぎだろう」
「カイルの考えが裏目に出ちゃったね」
ユアが今乗っているこの馬車はジェミニ家が所有する馬車の中でも一番豪華なものらしく、扉にはジェミニ家を象徴する翼竜の紋章が輝いている。
キングスレイヤーの異名は国内外に轟いている。ジェミニ家の馬車をあえて使うことで余計な面倒ごとを避けようとしたカイルの打算は、つまりものの見事に打ち砕かれてしまったということだ。
「ああ、野盗が紋章の認識もできない馬鹿だとはさすがに予想できなかった。これは大いに反省すべき点だな」
「ねぇのんびり話しているところ悪いんだけどさ。アレどうするの?」
幌越しから面倒だと言わんばかりの声が飛んでくる。
カイルは幌に背を向けたまま後ろへ向けて鬱陶しそうに手を払い、
「いちいち聞くな」
「だよねぇ」
「ツヴァイにばかり大変な思いをさせてごめんね」
謝れば、ツヴァイは粘りつくような目を向けてきた。
「癒しの力で追っ払うことはできないの?」
「そんな力があればもちろん使うけど……」
「つまらんことを言うな」
「はああぁぁ……」
ひと際大きな大きな溜息を吐くと、ツヴァイは御者台からひらりと飛び降りた。
☆彡
☆彡
☆彡
(めんどくさいなー。どうして野盗ごときで僕が動かないといけないんだ? ──まぁ僕しかいないからしょうがないんだけど……ってあれ? 今度の野盗は青持ちが一人混じっている。貴族崩れかな?)
立ち塞がるように並ぶ三人のうち中央の男は瞳が青く、左右の二人は赤い瞳を有している。
リーダー各だと思われる青持ちに向かってツヴァイは話しかけた。
「このまま回れ右をすれば怪我もなく家に帰れるよ」
三人の男たちは互いに顔を見合わせる。そして、次に見せた行動は腹を抱えて笑うというものだった。
(また笑われた。別に面白いことなんて何も言ってないのに)
口を尖らすツヴァイに、男たちは好意的な目を向けてきた。
「ガキのくせに笑いのセンスがあるじゃないか」
青持ちは無精ひげを撫でつけて、
「その度胸に免じてお前だけは見逃してやる。だから中で震えている奴らをさっさとここへ連れて来い」
「あのさぁ。今襲っている馬車がジェミニ家のものだってわかってる? 悪名高いキングスレイヤーだよ?」
これまでの野盗はキングスレイヤーの名を出せば一目散に逃げていった。今回もそうなるだろうと高をくくっていたツヴァイの予想は見事に外れることとなる。
「もちろんわかってるさ。最低でも俺たちを慰めるくらいの物は身に着けているってこともな」
「キングスレイヤーの名を出せば俺たちがビビるとでも? それはおあいにくさま」
左右二人の男がくつくつと笑う中、一歩前に進み出た青持ちが腕を乱暴に横へと払う。
ゴウと風が左脇を通り抜けると、左手の甲がぱっくりと割れ、線上にプツプツと血が滲んできた。
(ふーん。風の
ツヴァイはできた傷口にペロリと舌を這わす。
「俺は気が短い。これが最初で最後の警告だ」
「やるねおじさん。でも僕も言ったよね。回れ右をすれば怪我なく帰れるって。もう後戻りはできないよ」
ツヴァイは青持ちの警告を無視し、堂々と歩きながら三人との距離を縮めていく。
「どうやらやる気らしい。子供でもそれなりの使い手はいる。油断はするなよ」
青持ちがツヴァイに向けてツンと顎を上げたことで、抜剣した二人の男たちがツヴァイを左右から挟み込むようにして襲い掛かる。
赤目の特徴である膂力を存分に活かした突きと薙ぎ払い。
そこに素人臭さはなく、それなりに修練を積んだ形跡が垣間見える。
「残念だけどそれなり程度じゃあないんだよねー」
どちらも当たれば致命の斬撃を、しかし、ツヴァイは最小限に足を引くことでなんなく回避してみせる。間違いなく仕留めたと思っていたのだろう。男たちの顔は驚愕で染まり、動きは完全に止まっていた。
機を逃すことなく男たちの首筋にそれぞれ手刀を放ちつつ、背後から猛烈に迫る風の衝撃を跳躍することで回避。
男たちが糸の切れた人形のように崩れ落ちる中、そのまま体を後ろに反らしながら青持ちの背後を取ったツヴァイは、次の瞬間予想だにしなかった光景を目にすることになる。
青持ちは不利な態勢を維持したまま、風の力を上乗せした豪速の後ろ蹴りを放ってきたのだ。
符氣を操る者は体術をおろそかにする傾向が強い。符氣だけで相手を圧倒できるという強い自信の表れであり、事実圧倒できるだけの力を有しているからに他ならない。
青持ちが見せた蹴りは間違いなく体術を修めている者の動き。しかも、符氣と体術を組み合わせた攻撃は思いつきでできるものではなく、かなりの修練を必要とする。
一瞬でも空白を生じさせたら最後、体が粉々に打ち砕かれることだろう。
(だけど)
ツヴァイは不敵に微笑む。
迫り来る蹴りの軌道に合わせる形で体を半身にずらしつつ、左手を使って蹴りをいなした結果、相手の態勢を大きく崩すことに成功する。
「──ッ⁉」
今度こそ確実に決まったと思い込んだのだろう。青持ちは致命の空白を生み出してしまった。
「相手が悪かったね」
ツヴァイは空いている右手を手刀に変える。
青持ちの首が胴体から離れたのは、二人の男の首が転げ落ちてから間もなくのことだった。
灰被りの聖女 彩峰舞人 @ponta-ponta
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