第3話 サンタコスの彼女

 一年の間に色んなことがあった。けれど、特に記憶に残ってるのは、知り合いと顔を合わせることだった。


 中学の同級生、高校の同級生、友達の親、兄弟。


 店長が小煩い人だったせいか、あまり友人が来た時も馴れ馴れしい接客をするなと言われていた。


 それがまだ親しい間柄ならネタにもなるが、ちょっと苦手な奴がいた時、妙な恥ずかしさが辛かった。


 中学で有名だった、同級生の木田。金髪にしてガムを噛みながら、友人数人を連れて笑いながらレジに近づいてきた。すると、何かに気がついた様子で。


「あれ、松葉じゃん」


「……いらっしゃいませ」


「あっれー、お前、進学校行ったんじゃなかったっけ」


「まあ、行ったけど」


「の割に、バイトとかしちゃってるのウケるよな。あ、21番カートンで」


「……」


「んだよ、いいだろ。別に、お前が困るわけでもねぇし」


 と、不良連中がいいようにして、そのまま駐車場を溜まり場にしてくることもあった。内心でため息を吐きながら、売るのは売ってしまう。あの連中に自分から注意しても無駄だと思ったし、確かに未成年でタバコを吸おうが、俺が困ることじゃない。確かによくはないことだろうけど。


 実際、それを知ってタバコを売れば、店が罰せられる。出来るだけ対策は取ってもらわないといけないだろうと、店長にそれとなく伝えた。すると、どういう方法を取ったのか、それ以来彼らが溜まり場にすることはなかった。


 そんなある日だった。


「いらっしゃいませー」


 十二月のクリスマスシーズン、これもまた恥ずかしいサンタコスチュームに身を包み、それでも淡々と品出し作業をしていた。


 すると、同じようなサンタコスチュームの若い女性が来店した。思わず目線を向けると、どこかで見たような気がして、それとなく観察を続けていた。他にお客はいない。


 彼女は店内をぐるりと一周し、暖かいお茶とシュークリームを一つずつ、レジに置いた。


「……合計、302円になります。袋にお入れしますか?」


「お願いします」


 と、その声で思い出した。確か、中学時代の……名前が出てこない。


 けれど彼女はこちらに気付いていないようだった。それもそうだ。おそらく話したこともない、ただ名前だけ知ってるような関係だ。スマートフォンを片手に、こちらの袋詰めを待っている。


 彼女のコスチュームは、かなり凝っていた。赤と緑に黄色を散りばめた色使い。ただのサンタとか、トナカイとか、クリスマスカラーというわけじゃなくて、細かく装飾が施されていた。あまり詳しくはないが、手作りされたステージ衣装のような感じにも見えた。


「あ」


「え?」


「あぁ、いやすみません。こちら、お品物になります」


「……」


「ありがとうございました」


 品物を渡す寸前、名前を思い出した。堀之内だ。堀之内雪綺。って、下の名前、漢字は覚えてるけど、読み方を知らない。


 そういえば、そんな女子もいたな。勿論、何かのロマンスが起こるわけもなく、数秒のやりとりで思い出にすらならない。ただ自分自身の記憶力の良さを再認識出来たくらいだ。


 彼女が店を出てからちょうど雪が降り始め、俺はいそいそと傘立てを準備してから、これまで通りの業務へと戻っていった。



 そして今に至る。ちょうどバイトを初めて一年、彼女は突然同じコンビニのバイトを始め、今日初めて同じシフトに入っていた。


 何か後ろめたいことがあるわけではないが、あえて挙げるとすれば、中学の頃の先輩の話だった。それと、謎のサンタコスチューム。


 俺の中では中学時代に付き合うなんて、とてつもなくハードルが高かった。何せ、校内の成績ランキングとばっかり向き合っていた人間からすると、恋愛なんて興味があっても意識してはいけないと刷り込まれていたから。それと同時に、知らず知らずのうちに恋愛に対するコンプレックスが膨らんでいたのかもしれない。


 高校二年になった今、学内に友人は増えたものの、依然として異性交友は薄い。女友達なんて言葉は正直、都市伝説だと思っていた。


 ともなれば、同い年の女子の扱いは、慣れていない。その自覚はあるものの、人見知りのこの俺がここまでスムーズな挨拶が出来るようになったんだ。前までのガリ勉松葉ではないってことを教えてやりたい。


「いらっしゃいませー」


 通常通りの挨拶。俺は本気過ぎでもない、ルーチンでもない、絶妙な発声加減をマスターしていた。それに、やはり声を出すと仕事にリズムも生まれてくる。仕事へのやる気、お客さんへのアピール、そして……彼女に対するアピールというか、牽制? 先輩と呼ばれて嫌な気はしないが。


 が、肝心の彼女はこちらのことなど気にしていなかった。彼女はもう一人のパートさんに教えられ、頷きながら相槌を打っていた。遠くから見ていても感じのいい雰囲気、お客さんから見ても快活なバイトに見えるだろう。


 そういえば彼女の部活はなんだったか……さすがに思い出せない。バスケではなかったはずだ。もちろん今何をやっているかなんて知らない。苗字以外、何もしらないのだ。


 って、気がつけば彼女に興味を持ち始めていた。我ながら女性免疫のなさに辟易する。勘違いするとすぐ好きになっただなんだと思い込んでしまうから、気をつけないと。


 少し時間が経って、不意に彼女から声をかけられる。


「松葉、これってどうすればいい?」


「あ、えっとこれは右の方のボタンを押してもらえたら」


「分かった。で、この場合は?」


「この時は、画面をタッチすれば行けます」


「そっか……てかさ」


「?」


「敬語、気持ち悪くない?」


 彼女からレジの打ち方を聞かれて教えていた時に、不意打ちで指摘された。そういえば無意識のうちに敬語だったかもしれない。思わず背中がじわっと熱くなる。


「ご、ごめん」


「いや、謝ることじゃないけどね。私が敬語を使うならまだバイトの後輩だから分かるけど、松葉は先輩っていうか、そもそも同級生でしょ?」


「まあ、確かに」


「……ま、いいけどね」


 彼女はそう言って、いらっしゃいませーと明るい声を店内に響かせた。それは妙なくらいキラキラして、眩かった。彼女がレジで見せる笑顔は、ある意味コンビニに似つかわしくないものだった。


「? どしたん?」


「あぁ、いや。なんでも」


 じっと見つめていたのが気づかれてしまったかと思って、逃げるように品出し作業に戻った。こんなのは意識したら負けだってのに。ちょっと容姿が整っているからって、無駄に意識するのがいけないんだ。俺はそう言い聞かせていたが、気づけばまたレジ前で微笑む彼女の表情が忘れられなくなっていた。


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