遅咲き初恋シュークリーム

eLe(エル)

第1話 シュークリームに恋をして

 クーラーの効かないコンビニのバックヤードで、二人きりで食べたシュークリームの味は、今思い出しても甘いままだ。俺はあの時、恋をしたんだと思う。


 *


「あっ、松葉じゃん」


「あ、えっと、堀之内……さん」


「へぇ、名前覚えててくれたんだ? 今日からよろしく、松葉先輩?」


 コンビニのバイトを始めて二年目。彼女は中学の同級生だった。


 ほとんど喋ったことがないけれど、小さく笑う表情が印象的だった。



 俺は別に、彼女が好きでも何でもない。ただ、クラスではマドンナ的存在で、バスケ部の先輩と付き合ってるって話を知っていた。


「中学で先輩といきなり付き合うとか、エロくね?」


「お前、そういうこと言うなって」


「何松葉、お前堀之内さんのこと実は好きだったとか?」


「そんなんじゃないから」


 本当に、そんなんじゃなかった。俺はガリ勉だったし、恋愛にうつつを抜かす余裕は無かった。


 でも、友達が茶化してきた後に、クラスで彼女と目が合った時、思わずドキッとした。彼女は確かに可愛い。エロいかどうかなんて、流石に想像しちゃダメだろって後ろめたさがあったけれど、先輩と付き合うくらいだから、普通より増せてるんだなとは思った。


 そのまま何も起きることなく卒業。俺は希望の進学校に進んだ。


 ただ、入学してから思ったより成績は伸びなかった。必死にやっても周りに追いつけない、そんな葛藤があった。


 そんな高校一年の夏に、立ち寄ったコンビニの求人が目に入った。高校生ですぐアルバイトをする奴なんて、正直偏差値の低い高校の奴ばっかりだろうって思っていた。髪が茶髪だったり耳にピアスが開いていたり、そもそも将来になんの展望も持っていなかったり。


 けれど、俺はどうしても新しいパソコンが欲しかった。そんなものは勉強の妨げになるからと、親には買ってもらえない。ただ、アルバイトに関しては社会勉強だからやりたいならやればいいと、許可を貰っていた。


 この俺が、コンビニのアルバイト。いやいや、無理だろ。友達以外には人見知りをする俺が。


「いらっしゃいませー」


 パートさんの声が店内に響く。入退店する度に響く電子音と合わさって、コンビニ独特の雰囲気が身に染みる。


 俺は小学校の頃、たまにここのコンビニのシュークリームを買ってもらって食べていた。別にチェーン店のだからどこで食べても同じなんだろうけど、何故か俺はここのシュークリームが大好物だった。初めて食べた記憶がそうさせているのかもしれない。


「廃棄もらいまーす」


 パワフルな声に思わず振り向くと、そこにはいつものパートさんがいた。かなりガタイが良くていつも声が通る。こうやって見てみると、母親くらいの年齢だろうか。


 ハイキ?


 最初はその言葉が理解できなくて、レジ裏のバックヤードに消えていくパートさんをさりげなく目で追った。


 そこではコンビニのユニフォームを脱いでいたので、流石にまずいと目を背けたが、気づいた時にはそのパートさんは普段着だった。店内から見ようと思えば覗けるのに、随分大胆だなと思いながら。


 と、電子レンジの音が鳴る。するとパートさんが出てきて、何かを持って行った。そのまま観察していると、おそらく賞味期限切れの食べ物を食べているようだった。


 ハイキ、つまり廃棄される予定の食材。場所によってはロス、って呼び方も聞いたことがある。食べていい所とそうじゃない所があるだろうが、でも、それってもしかして、あのシュークリームも食べられるんじゃないか。


 俺はただ、その本能に従順だった。いや、シュークリームが食べたいという欲求を口実に、何か変わる理由が欲しかっただけかもしれない。


 そうして俺は初めて履歴書を書き、その翌日に面接を受けて、晴れてコンビニ店員になったのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る