第2話 怒涛のバイトデビュー

 俺は自分が思ってるほど、人見知りじゃないと思っていた。


 けれど、いざレジ前に出てみれば。


「い、いらっしゃいま……」


「ちょっと! アンタ学生さんでしょ? もっと声張りなよ!」


「は、はい、すみません……」


 と、情けない始末。そりゃ、授業で前に出て喋るとか、友達の前で仕切るとか、そういうのとは訳が違う。着てみたら思ったよりダサいユニフォームとか、誰も聞いてないいらっしゃいませー、ありがとうございましたー、またお越しくださいませー、なんてのを全力で何十何百と繰り返すなんて、恥ずかしいでしかない。


 なんて、ちょっと馬鹿にしていたというか、舐めていた。コンビニの業務全般。


 実際レジに立ってみると、全然景色が違った。お客さんが何をしているか分かるし、レジの中にはお客さん側からでは見えないように、ありとあらゆるところに色んなもののストックが収納されている。


 ホットスナックのチキンだって、ちゃんと定期的に補充されているが、これも計算しなければいけない。揚げ過ぎても、売れなければ廃棄になってしまう。お昼の売れ時にはいつもより多くのチキンを揚げるが、そういうときに限ってフランクやアメリカンドックばかりが売れてしまったりする。


 レジ応対が終われば、今度は店内の掃除、灰皿の掃除、ゴミ箱の掃除、トイレ掃除、バックヤードの掃除って、掃除ばっかり。


 ようやく戻ってきたら、今度は店の棚が穴だらけ。1時間もすればお菓子だってペットボトル飲料だって、お弁当、おにぎりも売れてスカスカになるのは当然だ。全部前に出して、足りなければ補充する。その途中でレジに呼ばれて、チケットだったり何かの支払いの受付、宅急便やネットフリマの受付までこなさなければならない。


 こんなもの、全て覚えられるだろうか。一応、記憶力は悪くない方だけれど、あまり自信がない。


 というか、それを全て当たり前のようにこなして、声が通る挨拶が当たり前に出来ているパートさんたちは、やはりすごい。


 俺はだって、キャラじゃないしな、同級生にみられたら、正直キツイ。


 そう思っていながら、日に日に声が出せるようになってくると、パートさん達からも明るく接してもらえるようになっていった。


「松葉くんだっけ? 今日も顔堅かったけど、大丈夫〜? そろそろ慣れた?」


「あ、はい。すみません、でもちょっと慣れてきました」


「ま、声も出せるようになってきたしね。今のうちにちゃんとやっとかないと、夜の時間帯任せた時、大変だからね。やる気のないバイト君も沢山いるから」


 今は夏の時期ということもあって、昼の時間、パートさん達と一緒に入らせてもらっていた。ただ、実際今後も続けていくなら学校終わりの時間も考えないといけない。


 パワフルなパートさんは西浦さん。子供が二人いて、一人は中学生とか。もう一人、マネージャーと呼ばれていたパートさんで、早口で喋るのが牧さん。確か子供はいなかったと思うが、旦那さんと仲が良くて、よく旅行に行くらしい。


と、早速牧さんのマシンガントークが始まった。


「そうそうそう、大変よ? 本当ね、ここだけの話そういう子たちが当たり前って思われると、店の評判もバイトの質も落ちてきちゃうわけ。別に給料変わんないけどね、この先社会人になって仕事する時大変よぉー? なんでも中途半端って子になっちゃうから。あれが私の子供だったらぶん殴ってるわ」


「わ、牧さん本当に殴っちゃいそう、ウケるわ。あ、そういや松葉くんあそこ通ってるんだって、東仁福。いいわぁ、この辺じゃトップの高校でしょう? ウチの子の勉強教えて欲しい。ちょうどね、来年受験なのよ」


「あはは、まあ、自分なんかでよければ……タイミングが合えば……」


「ダメよ、松葉君。この人すぐ誰かにタダでやってもらおうとするんだから。西浦さんはね、優しくしとけばチョロいから。あ、最近痩せました? ようやく100キロ切りました? とかなんとか言っとけば1万円くらいくれるかもよ。で、で、その上勉強も教えたらプラス5万円で、って」


「誰が100キロよ、そんなないわ! せいぜい90だっつーの! てか誰が5万もくれてやるか。5万って言ったらアンタ、こんなオバハンと一緒に何日働かなきゃいけないと思ってんのよ」


 と、二人は大爆笑。主婦さんたちの弾丸トークを聴きながら過ごす、バイト終わりの時間は嫌いじゃなかった。そして何より、お目当てがあったのだ。


 シュークリーム。当たり前といえば当たり前だが、毎回食べられるわけじゃない。本当に売れ残ってしまって、店のオーナーがOKを出してくれた時だけ。


 それがなかった時は、自分でお金を出して買ってたけれど、今日は初めて廃棄のシュークリームを食べる。いつもと同じビジュアル、待ってましたとばかりにかぶりつく。


「松葉くん、シュークリーム好きなの?」


「あ、本当ね。前も食べてたんじゃない? なんだか意外ね、甘いものとか苦手そうなのに」


「自分、シュークリーム大好きなんですよ。バイト入ったきっかけもそれで」


「なぁにそれ」


 別に笑いを取るつもりじゃなかったのに、主婦さんたちに大受け。可愛い、今度買ってきてあげる、なんて言われながらその日は終了した。


 正直、シュークリームだけが特別好きなわけじゃない。このコンビニのシュークリームに、自分でも良くわからない思い出があって、ある種の願掛けみたいなものだった。


 そういう小さな幸せを噛みしめつつ、3ヶ月ほどで目的だったパソコンも買うことが出来たが、想像以上にコンビニのバイトが奥深くて、気づけば丸一年間働き続けていた。


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