第7話 元気のない彼女
彼女とバイト始めに顔を合わせると、どことなく元気がなさそうだった。彼女にしては珍しい。
「お疲れ」
「あ、うん。今日もよろしくね」
「……なんか」
「うん?」
「あぁいや、なんでもない」
何かあった、なんてスマートに聞けたら苦労しない。けれど、こんなことも聞けないんじゃ、これまでの謎だって聞けやしないだろうと思いながら。
実際この日は少し混み気味だったこともあって、大した雑談もしないままバイト終わりが近づく。それはそれは平和だったが、なんとなく燻っているものがあった。
一通り仕事が終わって、残り十分。気まずい沈黙を破ろうと思って、何か喋ろうと考えたら。
「そういえば、前のシフトで中谷さんと一緒でさ」
瞬間、彼女がびくっとした。気のせいだろうか。
「そうなんだ。私、まだ一緒に組んだことないや」
「まだない? まあ、進んで一緒になる必要はないと思うけどね。他の人もそうだけど、結構特殊な人多いじゃん、この店」
「……そうだね」
彼女はやはり、様子がおかしかった。いつもはもう少しテンションが高いと言うか、距離が近いというか。いろいろ質問してきたり、なんてことない会話をしてくるのは彼女の方なのに。
やっぱり何か聞いた方がいいのだろうか。そう思っていたら。
「ね、松葉さ」
「何?」
「中谷さんから、何か聞かなかった?」
「何か、って」
「……ううん、なんでもないならいいんだけど」
「なんか気になるけど……まあ」
彼女の意味深な言葉に、ついつい言葉が止まってしまう。けれど、流石に喉が支えるような感覚があって。
「中谷さんと何かあるの?」
「ううん、何もないよ。会ったことも、ないし」
「そうか」
「……聞かないの?」
彼女はしおらしく、そう問いかけてきた。思わずドキッとしてしまう。けれど、理解できない。どう見たって聞いて欲しくない雰囲気だっただろう。女子の心は分からない。この場合はどっちが正解なんだろうか。
「……聞かないよ。話したくないだろうし」
「ふーん……」
「そっちが何か話したい時は——」
「そういえば、さ」
しおらしくなったかと思えば、言葉を被せてくる。流石にマイペース過ぎるだろと思った矢先。
「私のこと、名前で呼ばないよね。わざと?」
「あ、いや、別に」
「じゃあ呼んでよ、他人行儀じゃん」
「……堀之内、さん」
「ほら、さん。どう考えたって名字呼びでしょ、そこは」
彼女は不安そうな顔をどこかに置いてきたみたいに、小さくくしゃっと笑った。俺は彼女のペースに飲み込まれていた。
「じゃあ、堀之内で」
「うん、それでよし。あ、もう時間だ。上がろ上がろ」
そう言って彼女はタイムカードを切って、軽くスキップをするみたいにしながら廃棄をとりに向かった。
俺は後ろからついていくみたいにして、店の冷蔵庫裏に向かった。廃棄は実際に捨てるまで、冷蔵庫で保管するのだ。
と、彼女が冷蔵庫に顔を突っ込んだかと思うと、すぐにこちらを見て。
「松葉、どうしよ。シュークリーム一個しかない」
「……食べたらいいじゃん」
「だって松葉も好きでしょ」
彼女にそう言われ、目の前にシュークリームを差し出されると、その魔力に吸い込まれそうになる。確かに、毎日これのために頑張っているような所もあるが、流石に女々しくないだろうか。
「私はダイエット中だから、いいよ」
「ダイエット? 別に必要ないんじゃ」
「女子はそれがモチベなんだって。はい」
そう言って半ば無理矢理渡されると、少し複雑の心境のままひとまずシュークリームを受け取って、バックヤードに戻った。
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