第6話 シフト:中谷さんの場合

「あ、中谷さん。初めまして、よろしくお願いします」


「あーい」


今日は急遽シフトの人が入れなくなって、別の店舗から中谷さんというベテランさんが応援に来てくれた。


なんでも中谷さんはオーナーのお墨付きらしく、困った時はこの店を含めて都内のコンビニは粗方飛び回れるそうだ。


どんな生活をしているのか、どういう経緯でそうなっているのか、気になることは沢山あったが、一番気になるのはその身なりだ。


かなりグレーゾーンな清潔感。髪の毛はなんとなくここ数日洗ってなさそう。ユニフォームもかなり年季が入っており、油汚れなのかホコリなのか、かなりくすんだ色をしている。


年齢は40代くらいと聞いていた。身長は自分と同じくらいで、百六十センチ後半。例の出雲さんとは仲が良いらしく、一度絡んでいるのを見た時は、鼠男が笑ったような表情と笑い声が印象的だった。


「えっと、そうしたら自分は」


「あー、適当でいいよ、適当で。レジだけ見ててくれてもいいし」


「は、はい」


ぶっきらぼうで、やる気がなさそう。え、こんな感じの働き方もありなのか。そう気にしながらも、検品やら品出しの速度は異常だった。おおよそのことを覚えているんだろうけれど、おにぎりとかほとんどラベル見ないで完璧に並べてるし。


その他、前の時間で終わりきらなかった掃除や細かい補充業務は、中谷さんのおかげでほとんど終わってしまった。お客さんがいない間、俺は何もすることがなくなって、レジの中で地蔵になっていたくらいだ。


「ありがとうございます」


「あ?? 何がよ」


「いや、全部やってもらっちゃったので」


「……楽しいか?」


「え?」


「バイト、楽しいかって聞いてんの」


「あ、いや、まあ楽しい、です。結構勉強することもあって」


「へー」


中谷さんは面白くなさそうに、背中を掻きながら語った。


「って言ったって、どうせすぐ辞めんだろ?」


「いや、すぐってわけじゃないですけど」


「別に良いんだよ、お前ら学生が入らなきゃ、その分俺が稼げるんだから」


「そ、そうですよね、すみません」


「別に怒ってるわけじゃねぇんだよ。ただ、こんなとこより面白いところなんざ、いくらでもあるぜ? 居酒屋とかよ、バーテンダーだって高校生でも見習いくらいさせてもらえんだろ」


中谷さんは何を考えてるか、さっぱりわからない。レジの中でタバコでも吸い出しそうなだらだら振りで、挨拶もほとんどしない。昼の時間帯なら間違いなくパートさんにぶん殴られているだろう。


けれど、どうしてそんなことを言うんだろうか。猫背でレジに佇んでいる中谷さんの横顔を見つめながら。


「……まあ、自分は正直あんまりバイトする気なかったので。一応、家からも近いここで募集してたので」


「お前のことはあんまり興味ないんだよ。見るからに良い子ちゃんだしな」


「は、はぁ」


「俺は昔バーテンやってた。面白かったけどな、店長がクズだったから給料もまともに寄越さねぇで、頭来たからレジの金、丸ごとかっぱらってやったんだよ」


急に始まった一人語り。なんとなくどのスタッフも一人語りが多いような気がする。別にお客さんもいないからいいかと耳を傾けて。いや、にしてもどうなんだ、その話。


「そしたら1週間後にばれちまって、足の小指ないんだわ、今」


「え、マジですか」


「おうよ、マジ。見るか?」


「い、いや」


「はは、ビビっちゃって。要は、そういうリアルな経験したことあるかっつー話だよな。ヒリヒリしねぇと生きてる感じしないだろ、人生」


「そう、ですね」


「若いうちになんかやっとけよ。コンビニなんてぬるま湯に使ってたんじゃ、腐っちまうぞ。てかもうお前上がれ、いても邪魔だ。別にタイムカードは時間まで書いときゃ良い」


「い、いいんですかね」


 あまりにも乱暴で終始押されっぱなしだったものの、彼は彼なりのやり方があるようで、有無を言わさず残りの仕事は自分でやるぞと言わんばかりに、俺を無視して動き始めた。仕方なく自分はバックヤードに下がった。


 さっきの武勇伝が本当かどうか、正直どっちでもいい。ただ、なんというか、面白かった。出雲さんといい、中谷さんといい、主婦さんもそうだけれど、普通に過ごしていたら会えないような、独特な人ばかりで。


「……廃棄もそうだしな」


本当なら捨てられてるはずの廃棄。世間から見たら、なんの疑問ももたれていないだろう。けれど、それを密かにバイトが食べて、それを生きがいにしている人もいる。この世界は知らないことだらけだって、思い知らされる。


「……と、次は」


カレンダー、シフト表を見て次回の出勤日を確認する。そこには堀之内、の文字。少しだけ意識してしまうものの、頭を振って雑念を消す。別に、ただシフトが重なるだけだ。


『去年の十二月、居たでしょ』


その声が蘇る。彼女のコスプレ姿、もしくは何かの出し物? いずれにしても、見られたくなかったのだろうか。いや、声をかけてくれなかった、なんて言い方をしていた。今の方が面白いだの、一々言い回しがもどかしい。


そもそも、何度思い返しても彼女との接点はその十二月にしかない。中学の頃に親しくしていたならまだしも、なんで彼女が俺に興味を持っているのか分からなかった。いや、違うのか。そういうコミニュケーションが、普通なのか?


考えても分からない。こうしてる間にも、彼女の術中にハマっている。それならいっそ、次回聴けば良い。なんてったって俺の方が先輩なんだから。


掌に残ったひとかけらのシュークリームを口に詰め込むと、中谷さんに一礼してから帰路についた。予想通り、彼は何も返してくれなかったけれど。


八月の夜はまだまだ蒸し暑かった。













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